2-1、さらなる予知夢
二
レイティアとアンドレアとクレス、そしてナディアの四人で、その日も昼食をとっていた。レイティアの目標は目下、ナディアとクレスの恋愛成就である。あるのだが、
「レイティア? 俺になにかついてる?」
「いや。クレス……って、いつも穏やかだよね」
昨日、クレスとアンドレアは仲直りしたばかりで、そしてふたりは、レイティアに言ったのだ。「好きだ」と。それがなかなか飲み込めない。
「ほらもう、ぎくしゃくして。おまえ、よそよそしくしたらデコピンな」
「アンドレア……」
「クレスだって。おまえに告白したのはけじめだよけじめ。別に、女なんてほかにもいるし……変に意識されるとこっちがいづらくなる」
「……そんなこと言われても」
アンドレアとクレス、レイティアの話を聞いて、勘のいいナディアはすべてを悟った。
ははん、とうなり三人を見渡す。
「なになに、アンドレア、クレス。レイティアを泣かせたの?」
「ななな、そんなわけ!」
レイティアの取り乱し方を見て、ナディアのみならずクレスもアンドレアもバツが悪そうに頭をかいた。
小さな変化すら見逃さず、ナディアがにやにやとレイティアを見る。まるで悪役令嬢の威厳なんてあったもんじゃない。
レイティアは予知夢を見てからずっと、気弱なただの女の子のままだ。本来のレイティアのように悪役に振る舞うことができない。
アンドレアがちっと舌打ちした。いよいよ興味深そうにナディアがレイティアの顔を覗き込んだ。レイティアは耳まで真っ赤にして俯いた。
やめてほしい。
「し、仕方ないじゃない! 普段通りにしないとデコピンするんだもの!」
「だっておまえ、他人行儀なんだよ」
「そうだ、レイティア、君は少し消極的すぎる」
サンドイッチを口に入れながら、ふたりに責められる。
レイティアはふうとため息をついて、紅茶のカップに口をつけた。味なんて分かりやしない。
そもそも、アンドレアもクレスも切り替えが早すぎる。
あきらめてくれた、のだろうか。
じゃなきゃ困る。クレスには、ナディアに恋してもらわないと。
「てか、そうだ。新入生の親睦会のパーティーの話、聞いてる?」
ナディアがまるであっさり話題を変えて、レイティアははて、と首を傾げた。
「親睦会? なにそれ」
「おまえはなんにも知らないんだな。本当に貴族か?」
「だ、だって。ここに進学するのだって予定外だったのよ」
そもそも、レイティアは予知夢の記憶に引きずられて、いまだに自分の役割に自覚がない。
悪役令嬢。
自分はもっと、傍若無人に振る舞わなければ、クレスの恋のシナリオが破綻してしまう。なんとしてもエメラルドの君とナディアをくっつけなければ、クレスが闇落ちしてしまう。
「親睦会には、貴族王族も招待されるから、下手な衣装も振る舞いもできない。だよね、ナディア」
クレスはすでにナディアから話を聞いていたらしく、知らぬはレイティアのみのようだった。
「そうなんだ……王さまの件もあったし、私、出たくないなぁ」
スープをスプーンですくいながら、レイティアが呟く。
つい先日、王さまに招かれてパーティに出たのは記憶に新しい。
あれは、王立貴族学院の生徒のための催しで、今度のは王族や貴族への顔出しの意味があるらしい。
かの悪役令嬢レイティアなら、パーティと聞けば喜んで馳せ参じるだろうに。
アンドレアが「嘘だろ」と言いたげな目をレイティアに向けていた。
「なに、アンドレア、その目は」
「なに、じゃねえよ。親睦会で名前を売って、卒業後に備える。俺たちの間じゃ常識だぞ?」
「そうなんだ」
ズキズキ、ズキズキ。
頭が痛む。なにか大事なことを忘れているような気がする。なんだったか。
「レイティア?」
「ナディア。なに?」
「顔、真っ青――」
がたた、と椅子からレイティアが崩れ落ちる。
ナディアがうろたえ、クレスとアンドレアが俊敏にレイティアに駆け寄る。
浅く息をするレイティアを、抱き上げたのはアンドレアであった。
「医務室、行ってくる」
「ああ。ナディアは俺が落ち着かせる」
取り乱したナディアが、涙を流してレイティアを案じていた。ナディアまで倒れん勢いだったため、クレスとアンドレアは話し合った訳でもなく、すばやく役割分担した。
「ったく、噂と違いすぎだろ」
レイティアと言えば国一番のわがままで、悪名高い貴族の令嬢。それが、親睦会のパーティーのことは知らない、こうやってすぐに体調を崩す。王さまのパーティでは他者の毒を回復魔法で癒したのだって、予想外。アンドレアは、レイティアをはかりかねていた。
「……クレ、ス……?」
「……! ちっ」
医務室まで走る中、レイティアがアンドレアの顔を見て、自分ではない名前を呼んだ。それが気に入らない。
レイティアはクレスに気があるのだろうか。今、介抱しているのはアンドレアだと言うのに。
ズキズキ、痛みと共にレイティアの脳内に映像が流れた。予知夢の、あの未来だった。
予知夢のエメラルドの君とそれを滅する騎士。今回ははっきりと見えた。
あの青い瞳の青年はアンドレアで、エメラルドの君がクレスだ。
そして予知夢では、アンドレアとナディアが、今度の親睦パーティーできずなを深める。
予知夢はさらに続く。
絆を深めたアンドレアとナディアは、最終的には聖女と守護騎士の関係となる。
クレスはナディアに思いを寄せるが、悪役令嬢レイティアの邪魔が入ってナディアとクレスがくっつかない。
レイティアは、国一番のデザイナー屈指の赤いドレスに一万のスパンコールをあしらった出で立ちで親睦会のパーティに現れる。同じ会場にいたナディアも見とれたほどである。そのレイティアが、どうにもナディアたちの邪魔をする。
ナディアが貴族や王族と絆を深めるタイミングは多々あるが、この親睦会はすべての綻びの始まりとも言えた。
つまり、ナディアとアンドレアの絆は深まり、逆にクレスとの距離が開く。
レイティアはナディアのドレスにわざと飲み物をこぼし、親睦会の行われた城の階段の踊り場で泣いていたナディアを慰めるのがアンドレアなのだ。
そしてレイティアはこのパーティーで様々な貴族や王族との繋がりを持つ。後々、レイティアを助けてくれる悪役たちだ。
クレスもナディアを心配して親睦会を抜け出すのだが、すでにナディアのそばにはアンドレアがいて、ここから未来が分岐していく。
そもそも、クレスが闇落ちすれば、自ずとレイティアと結ばれてもよいものを、あくまでクレスは、ナディアの邪魔立てに命をかけるのであり、そのほかは目に入らない。
「私が、私がクレスを救わないと!」
「なんだよ、救うって」
「……あれ?」
夢と現実の堺が分からなくなって、いつの間にかレイティアは意識を取り戻していたようだった。
部ベッドを勢いよく起き上がる。消毒のにおいが鼻についた。
「……アンドレア?」
「クレスじゃなくてがっかりしたか?」
「や。いや、なんか意外だなって」
だが、ならば今はクレスとナディアがふたりきりということは、レイティアの願い通りにことが進んでいるということだろうか。
「おまえ、倒れるなんて。ちゃんと体調管理くらいしろっての」
そ、と頬に手を添えられて、レイティアはハッとしたようにその手を避けた。
今、思い出した。レイティアの予知夢はナディアとアンドレアが結ばれる結末だ。
「避けるほど嫌いかよ」
「や、あ。うん、あんまり好きではない」
乾いた笑いを漏らせば、アンドレアがちっと舌打ちした。
しかし、クレスとナディアを添い遂げさせるには、すなわち、レイティアとアンドレアの絆を深めること――つまり、恋仲になるのが手っ取り早い。
「ないないないない! ぜったいにありえない!」
「なんだよおまえ、倒れたり騒いだり忙しいヤツ」
クレスの闇堕ちも、レイティアとアンドレアの絆を深めることもさせるもんか。ただレイティアは、クレスが幸せになる未来だけを、ただそれだけを目指している。




