2-2、ドレスを仕立てに行こう
寮に戻ると、ナディアが泣きそうな顔でレイティアを抱きしめた。
「心配したんだからぁ!」
「ごめん。少し体調が悪かっただけだって」
ナディアのこういうところが聖女候補なのだと思い知る。実際に関わってみるとその明るさと思いやりに救われたのは一度や二度じゃない。
レイティアはナディアの頭を撫でながら、どうしたものかと思案する。
「クレスも心配してたよ」
「クレスが?」
予知夢の君からの心配なんて恐れ多い。レイティアは苦笑しながら、
「ただの貧血だよ」
「でも。前にも倒れたって聞いてるよ?」
それは、十四の誕生日のことである。階段から落ちて気を失ったのだった。
確かにあの時も倒れた。今思い出した、予知夢の記憶を思い出す時は、必ずレイティアは気を失う。
なにか、あの記憶と関係があるのだろうか。
「レイティア、あのね」
「うん?」
ナディアはレイティアから離れて、もじもじと、
「今度のおやすみに、一緒にドレスを選びに行かない?」
「……? ドレス?」
「もう! 親睦会のパーティー用の! 私ひとりじゃ、センスに自信がないし。レイティアも誂えるでしょ?」
ナディアは不安そうにレイティアを見上げている。
ガーネットの瞳は宝石顔負けに美しいし、嫌味のない態度だから、クラスメイトからの信頼もあつい。
「いいよ。用事もないし」
「わ。よかった」
「でも、自分のは誂えないから、ナディアのだけ選んであげる」
「なに言ってるの!?」
信じられない、と言いたげに、ナディアが早口でまくし立てた。
「親睦会のパーティーは特別なのよ!? 王さまのご招待にも誂えてなかったし……レイティアも新しいの誂えなきゃダメ!」
「えぇ……いいよ私は」
目立ちたくないし、貴族や王族との繋がりなんて必要ない。だとしたら、新しいドレスなんて無意味だ。
「じゃあ、次の休みね!」
ナディアが含みのある笑みを浮かべている。レイティアはなんら疑うことなく、次の休日を迎えるのだった。
「え、なんでアンドレアとクレスが?」
次の休み、レイティアがナディアと寮を出ると、私服姿のクレスとアンドレアに出くわした。どうやら、ナディアに図られたらしい。
「男子の意見も必要だし。ふたりも正装を買いに行くついでに」
「え、っと」
「はっ、別に、ナディアの頼みじゃなかったらおまえのドレスなんて見てやらねえし」
「とか言って、アンドレアだって乗り気だっただろ」
クレスがレイティアに柔らかな笑みを向けた。おかしい。話がおかしな方向に進んでいる。
クレスとナディアが仲良くなるのはいい。
問題は、レイティアがクレスやアンドレア、ナディアと仲良くなっていることだ。
「私のドレスなんて見なくていいし。ナディアの選んであげてよ」
「えー、私のはレイティアに見て欲しい」
「ならクレスとアンドレアはいらなくない?」
「いいの。男子の意見は大事!」
行こ! とナディアが歩き出して、レイティアはため息混じりについていく。
クレスとアンドレアも仕方なしに歩き出す。クレスは女子に歩幅を合わせたが、アンドレアは先を歩いていった。
「アンドレアって、ああいうところあるよね」
クレスの好感度を上げるチャンスだと考えることにして、レイティアはナディアに耳打ちした。
「付き合うなら絶対にクレスだよね。歩幅合わせてくれるし、道側歩いてくれるし」
「でも、アンドレアは道の小石をどけたり、私たちが後ろについて行きやすくしてくれてるよ」
言われて、レイティアは先を歩くアンドレアに目を向けた。確かに、アンドレアが先頭に立つから人にぶつからないし、道に障害物もない。
いやしかし。ふるふると首を横に振る。
「ナディアには絶対にクレス」
「え?」
「うん?」
「待って。レイティアがクレスのこと好きなんじゃないの?」
ええっ!? とレイティアが声を上げると、アンドレアもクレスもレイティアに走りよった。
「どうした!?」
「なにかあった?」
ナディアでなく、レイティアに対してふたりは優しくしている。その事実が信じ難い。
いや、その前に、ナディアはクレスをなんとも思ってないのだろうか。やはり、ナディアはアンドレアが好きなのだろうか。
「レイティア、どうした?」
アンドレアが体を屈めてレイティアの顔を覗き込んだ。
アンドレアはまだレイティアに気があるのだろうか。
「レイティア、最近の君は変だ」
クレスまでもがレイティアを心配し、額に手を当てられてしまった。
待て待て待て。これじゃあ、未来がどんな展開になるのか、まるで分からない。
「だ、大丈夫……ナディアがおかしなこと言うからびっくりして」
「ナディア、なに言ったんだよ」
「教えなーい。てか、『ふたりとも』レイティアが大事なのね」
にやにやしながら、ナディアはレイティアにだけ分かるようにウィンクした。
待って、違う。これはなに?
「あ、はは……」
未来がおかしな方向に進んでいる。修正しなければ。
まずは、まずはそうだ。レイティアという悪役令嬢を機能させなければ、予知夢の未来から外れてしまう。
「わ、私、誂えたいドレスを思いついちゃった……」
真っ赤なドレスだ。デザイナーに無理を言ってスパンコールを一万個縫い付けさせた、豪華で重い、ドレス。
服飾デザインの店について、ナディアは女の子らしくその綺麗な絹の反物に歓喜の声を上げていた。レイティアはそれどころではなく、どうやって予知を覆すかを考えていた。
「レイティアはどれにする?」
レイティアは貴族だが、ナディアは平民だ。だから、予算の関係もあり既製品のドレスを見て回る。対してレイティアは迷うことなく、この店でいちばん高い赤い絹の反物を指さした。
「これに、一万個のスパンコールを縫い付けてほしい……です」
「……一万個ですか!?」
デザイナーもさすがにしり込みして、だが、
「レイティア。おまえはやっぱり、普通の女とは違うよな」
けっとアンドレアが毒づいた。『レイティア』の名前を聞き、デザイナーがレイティアがあの、貴族中の貴族である、悪名高いレイティアであることに気づき、汗を垂らす。
「か、かしこまりました……では、採寸を」
「ええ。あと、靴も揃いで誂えて……ください」
「かしこまりました。スパンコールをあしらいますね」
デザイナーがレイティアの体を採寸する。その手は震えていた。
「いこうぜ、クレス。俺らの正装も探さないと」
「いや、まだナディアのドレスが決まってない」
クレスは、ドレス選びに迷うナディアに歩み寄る。
うんうんと唸りながら、顔は真剣だ。
「ナディアの雰囲気は柔らかいから、淡い色が似合うと思う」
「クレス、ありがとう」
ピンクと水色のドレスを手に、ナディアはレイティアの元に歩く。採寸を終えたレイティアに、
「レイティア。レイティアも試着するでしょ?」
「いや、私はデザイナーさんに頼んだし」
「でも、着てみないとデザインのイメージも湧かないでしょ!」
ナディアは手に持っていた水色のドレスをレイティアに押し付けて、ふたりで試着室に入っていく。
「ちょ、待ってきつい」
「わ、レイティアって胸が大きいのね」
「ちょ、外に聞こえる」
「いいから。着付けてあげる!」
わいわいと試着室から聞こえる会話を、クレスとアンドレアは聞こえないふりをした。




