2-3、淡い色も、悪くなかった
試着室からナディアとレイティアが出てくる。既製品のドレスとは言え、名の知れたデザイナーの店だけに、それだけで見栄えがした。
「見て、レイティアっていつもハッキリした色のドレスばかりだけど、淡い色も似合うと思わない?」
ナディアが着ているのはピンクのドレスだ。オフショルダーで品のある、可愛らしいデザインだった。
対して、レイティアのドレスは胸元を強調した、モダンなデザインだ。胸が大きくなければ貧相なデザインになっていただろう。
「ねえ! ふたりとも、ぼうっとしてないで、なにか言ってよ」
ナディアがくるりと一回転した。キラキラと絹のドレスが揺れた。
「ああ、似合ってる……ふたりとも」
クレスが口元を抑えて顔を逸らした。アンドレアはなにも言わなかった。
「ほ、ほら。やっぱり私には淡い色は似合わないんだよ」
悪役令嬢レイティアは、派手なドレスが良く似合う。それは誰もが知っていることだ。
レイティアがしゅんと項垂れると、クレスもアンドレアもどうして良いかわからなくなる。なるのだが、アンドレアは息を吸って、平静を装って答えた。
「はっ、おまえにはさっきの赤だろ。スパンコールギラギラの」
ようやく口を開いたかと思えば、アンドレアは毒づくように吐き出した。
レイティアがアンドレアをキッとにらむ。
「はいはい、そうですよ。私みたいなのには、派っ手な赤いドレスよね」
「だな」
悔しくて、レイティアはアンドレアの元に歩み寄る――が、ドレスの裾を踏んでしまい、そのまま体が投げ出された。
「っと、たく。なんなんだよ、おまえは」
転びかけたところを支えたのは、アンドレアである。なんで。
いや、でもこれは、いい流れかもしれない。ナディアとアンドレアがくっつかない、かつナディアとクレスがくっつくには、まずアンドレアの恋心を潰す必要がある。
認めたくはないが、クレスを救うためには、アンドレアがレイティアの恋人か――あるいは、唯一無二の親友になる必要があるようだった。
先日、アンドレアの告白を断ったのが裏目に出た。けれど、あの時はまだ、予知夢の君が誰なのか見えなかったのだから仕方ない。
レイティアは一芝居打つことにした。
「あれぇ」
わざとらしく、レイティアがアンドレアにしがみついた。
クレスの顔が歪む。はたで見ているナディアは笑っていた。
「いや、キモイ」
「キモイはひどくない?」
レイティアだって好きでやっているわけではない。我に返ってアンドレアから離れると、入れ替わりにクレスがレイティアの腕を取った。
「歩きにくい? 大丈夫?」
「あ、や。大丈夫……だから、手。離して」
「あ、ごめん」
顔を赤らめるレイティアを見て、アンドレアはあからさまにため息をついた。
「さ、さあ。試着も終わったし。私はこれにする」
気まずい空気を変えようと、ナディアが話題を転換する。レイティアは試着室にそそくさと歩き、さっさとドレスを脱ぎ捨てた。
「レイティア、なんかごめん」
試着室でナディアが出し抜けに頭を下げた。レイティアは首を傾げる。
「なんでナディアが謝るの?」
「いや、余計なことしたかなって」
「余計な……?」
レイティアには分かっていないらしく、ナディアはふるふると首を振った。
ナディアから見れば、クレスもアンドレアも……。
しかし、ナディアは黙り込み、試着室を出ていった。
改まったように、ナディアが場を仕切る。
「さ、じゃあ、男子の正装見に行こうか」
「別に。俺はおまえらの意見なんてどうでもいいし」
「そう? じゃあアンドレアにはアドバイスしない。クレスはなんでも聞いてね?」
「レイティア、おまえほんっとうに性格悪いな」
お互い様でしょ、と吐き捨てて、四人は別室へと歩くのだった。
同じ店でも、メンズの仕切りはかなりシックで落ち着いた雰囲気だった。
男子の正装は似たようなデザインが多いが、その分生地や裏地に洒落込めるのが常らしい。
「この裏地、いいね」
「クレスは渋いのが好きなんだ」
ナディアとクレスが仲睦まじく裏地を見ている。アンドレアは採寸の真っ只中だ。成長期ゆえに、こうして新しい正装を度々誂えているらしい。
「おまえは成長期でもないのに、毎回毎回、あんなにドレス作って保管大変じゃね?」
「あー、まあ、……」
それは予知夢の記憶を思い出す前のレイティアの話だ。
今は着回しているし、さっきのは成り行き上仕方なく誂えただけだ。
「そういうアンドレアは、どんなデザインにするの」
「俺はいつものデザイナーに頼む。家に専属のがいるし」
「え。じゃあなんで今日はついてきたの」
「そりゃ……」
言いよどみ、アンドレアはガシガシと頭をかいた。その視線の先にはナディアが居て、レイティアは慌てて、
「で、でも! 私のドレスにアドバイスくれたもんね!」
「あの嫌味が?」
派手なドレスだろ、と言われたは言われたが、あれは「似合う」というより、勝手なイメージだ。
しかし、レイティアは必死に笑顔を作った。クレスの恋を成就させるためには、まずはアンドレアとナディアの仲をさかねばならない。不本意ではあるが。
「で。おまえは最初からデザイン決まってんのに、なんでナディアの誘い受けたんだよ」
「や、だって」
断る理由はなかったし、誂える予定もなかった。全部が想定外なのはレイティアのほうだった。
「別に。友達の誘いを受けるのって、変かな」
「だから、その『友達』ってのが怪しいんだよ、おまえは」
そりゃあ、レイティアだって信じないだろう。自分が悪役令嬢ではなくなった証拠なんて提示できない。本当は、ナディアを利用しようと猫を被っているのかもしれない。
自分で自分が分からない。
「ま、別に俺には関係ないし」
「他人事だね」
「まあな。ナディアの自由だろ」
アンドレアの視線の先にいるナディアを見て、レイティアはふっと息を吐き出した。
クレスと仲良く笑い合うナディア。このままクレスと上手くいくといいんだけど。
「おまえの淡い色も、悪くなかった」
「え? なにか言った?」
「べ、別に、なんでも!」
思わず漏れた本音を、アンドレアはなかったことにした。本当は、レイティアに一言一句聞こえていたというのに。




