1-4、アンドレアは王子さま!?
慌ただしい入学一日目を終えたレイティアは、風呂からあがり、うたた寝をしていたようだ。今日は漸く夢への第一歩を進めた気がする。
しかし寮制度は気をつけねばならない。レイティアの目的がばれないようにしなければ。アンドレアの前で回復魔法を使ったのは悪手だった。
しかし、レイティアにだって譲れないものがある。
「て、あ、起きたんだ」
「あ……ナディア。同じ寮だったんだ」
談話室のソファに起き上がったレイティアに、ナディアが軽食を取りながら笑いかけた。まぶしい。
ナディアはレイティアに、半分にしたサンドイッチを渡してくる。
最初は戸惑った。なにしろ、あの走馬灯にはナディアもかかわってくる。だから、どうすればいいのか全く分からない。仲良くしていいのだろうか。
ナディアはあのエメラルドの君の敵なのに。それはすなわち、レイティアの敵であるということなのに。
しかし、思いに反してレイティアのお腹が、くう、と鳴いた。
「ほら、我慢しないで。かわいいところもあるんだね」
穏やかな少女に流されて、レイティアはサンドイッチをほおばった。
素朴なパンに、具材はシンプルに卵とハム。なのに、こんなにも。
「おいしい」
「でしょう? お母さん直々に教わったの」
「お母さん……」
レイティアの家では、母は病床に臥せっているから交流はない。父も、レイティアを都合のいい駒としてしか見ていない。
レイティアが悪役令嬢、なんて呼ばれるのは、ひとえに家庭環境のなせる業だった。
もしもレイティアが聖女候補になりえるとばれた時には、父によりこの学院を退学させられるだろう。
むろん、レイティアが父に逆らい聖女候補として残れる可能性もあるのだが、なにぶん魔法を偽って入学したため、その罪は免れないだろう。
寮には風呂とトイレは各部屋についているが、談話室と食事だけは共有スペースだ。
濡れた髪を乱暴にタオルで拭く。もうほとんど乾いていた。
「さっきの見たけど」
ナディアが笑顔で話しかける。
ガーネットの瞳は美しく、つまり彼女は、あの走馬灯――夢の中のエメラルドの彼の想い人であり、敵。
なぜナディアが彼の敵なのかを考えていたが、今日、答えが出た。ナディアは聖女候補、しかもおそらく、あの夢の中では、正式な聖女として、悪魔と契約したエメラルドの彼と悪役令嬢レイティアを断罪しに来るのだ。
「さっきの?」
レイティアが聞き返すと、ナディアはまた、花のような笑みを浮かべた。
黒い髪の毛も、黒真珠のようで美しい。
「アンドレアとの一戦……回復魔法……」
しかし、最後まで聞く前に、寮に入ってきたアンドレアに遮られた。
「うへ、おまえ帰っていの一番に風呂とか、乙女かよ」
アンドレアは買ってきたであろうサンドイッチとコーヒーで夕食をとっている。
昼間からはまるで想像もつかないほどに幼いアンドレアの姿に、レイティアはふと気を緩めた。
男の友人――そもそもレイティアは、こうして友人を作った経験がない。
ゆえに、男女の友情がどうあるのかとか、そもそも学校生活に不安ばかりが募っていた。だからこそ、自己紹介の後からんできたアンドレアに、食って掛かってしまったのである。
きっとアンドレアもまた、レイティアのあずかり知らぬところで学校生活に不安を抱いていたに違いない。
そうでなければ、寮とはいえこんな風にくつろいで、無防備な姿をレイティアにさらすはずがないとレイティアは思った。
「あなたとの決闘で汗が気持ち悪かったのよ」
べ、と舌を出してレイティアは食物庫の蓋を開ける。
基本的に食材は配給制で、生徒が昼間授業に行っている間に食物庫へと入れられている。それが週に二回。つまり、今ある材料で三日は持たさなければならない。
「リンゴに小麦粉、人参じゃがいも玉ねぎ。パン」
「お、なんだなんだ? おまえ料理でもするつもりか?」
アンドレアがちょっアンドレアかけるように背後から覗き込む。
背が高いから、かなり猫背にレイティアと食物庫を交互に見ていた。
レイティアはため息混じりに答える。
「『するつもりか?』じゃないわ。毎回買い食いしてたらお小遣いなくなるわよ? ナディアにも言おうと思っていたけれど」
「小遣い?」
「アンドレア。知らないの? この学院はお小遣い管理制。将来の勉強のためにも一ヶ月に使える金は限られてるのよ」
それを、アンドレアは高そうな白いパンのサンドイッチと、貴族でも一部しか手に入らないコーヒーを買ってくるなんて。
ナディアもまた、サンドイッチを咀嚼する動きを止めた。
サァッとアンドレアとナディアから血の気が引く。
「平民って、金勘定しながら生きてんの?」
「……『平民』?」
レイティアが怪訝な目を向けると、アンドレアは「いや、なんでもない」顔を逸らす。
どうやらアンドレアは、とんでもない世間知らずのようだ。
「一応言っとくけど、食物庫の材料は四等分するから、あとは四人が各々料理しましょう」
「待て、料理? 俺が?」
「わ、私も、料理に自信がなくて」
「ナディアは、サンドイッチ自作でしょう? 大丈夫だと思うけれど」
「いや、違うの。私、サンドイッチ以外作れないの!」
ナディアがあわあわと慌てるさまを見て、昼間とは大違いだとレイティアは腹を抱えて笑った。
「わ、笑わないで!」
「なに、楽しそうだね」
そこにクレスが加わって、レイティアはクレスにことのあらましを説明した。
「なるほど。アンドレア、ナディア。君たちって実は魔法以外なにも出来ない?」
「そういうクレスはどうなんだよ」
「俺? 一通りは出来るよ。俺は平民の出身だから」
しん、と一瞬の間。
クレスは変わらず笑っている。平民。
「じゃあ、クレスは平民なのに魔法が使えて、その腕だけでここに入学した、今季の期待の一年生!?」
レイティアが一息に言うと、「大袈裟だな」とクレスが照れたように頭をかいた。
「俺平民って初めて見た」
「アンドレア。それは盛りすぎよ」
とはいえ、レイティアだって平民に会うのは初めてだ。
「いや、レイティア。アンドレアならあながち嘘じゃないよ。なにしろ」
クレスが含みを持った笑いを浮かべる。なにしろなんだと言うのだろうか。大抵のことでは驚かない。
例えばアンドレアが本当は聖女だった、とか。いや、それはレイティアだけで十分なのだが。
「アンドレアってほら、この国の第一王子らしいから」
「おうじ……王族!?」
一瞬理解が追いつかず、しかしレイティアは状況を理解するや、その場に膝をつきアンドレアに跪ずいた。
「ご、ご無礼をお許しください」
昼間のことも、先ほどからったことも。
しかし、アンドレアはケッと毒づき、
「おまえもやっぱり、そういうふうに見るんだな。俺のこと」
分かりきったことだろうに、そろりと見上げたアンドレアの瞳は濁り、蔑むようにレイティアを見ていた。
「俺が王族だと知ったら、きっとクラスの女どもは俺にまとわりつく。まあ知ってるやつもいるけど、黙ってろよ」
「はい。王子さま」
「……はぁ。なんだよ、名前でもう呼ばないつもりか?」
「しかし、王子さまの名前を呼び捨てになど……!」
話すあいだも、レイティアはこうべを垂れたままだ。
アンドレアが膝をつきレイティアと目線を合わせる。
「クレスとナディアは納得してくれたけど」
「なにを、ですか」
「俺と友達になってくれること」
クレスを見やると、やれやれと肩を竦めた。あれは『納得』ではなく『しぶしぶ押された』だ。
しかし、アンドレアが余りにもしょげたように眉を顰めるものだから、レイティアもなぜだか悪いことをしている気分になる。
「友達でいたいなら、なぜ王子さまであることを黙っていなかったのですか」
自分のように、本当のことは黙っていればよかったものを。
「だって、隠しごとしてたら親友にはなれない、って。じいやが言ってた」
変なところで素直な男だ。どれだけ周りに大事に育てられたのだろう。どれだけ周りから疎外されて生きてきたのだろう。
寂しい。と、アンドレアの目が語っていた。
「……努力、します」
「敬語」
「努力……するわ」
ぱし、と軽くレイティアの頭に手刀が入る。まったく痛くはないのだが、レイティアは反応することができなかった。
隠しごとをしていたら親友になれない。ならばレイティアとアンドレア、クレスとナディアはきっと、親友にはなれないのだろう。レイティアが自身の魔法を偽る限り、四人が真の友達になれる日はきっと来ない。
「痛いよ、アンドレア」
やっと絞り出した声に、アンドレアとクレスが声を上げて笑った。




