1-3、レイティアが悪役令嬢になったワケ
一波乱あった入学式を終え、レイティアは自分の寮の部屋に戻る。シャワーもベッドも備え付けてある部屋は実家よりは狭いが、なにも不自由しないだろう。
アンドレアとクレスとの戦闘できしむ体を押して、レイティアは何より先に風呂場へ向かった。
窮屈な制服を脱ぎ捨てて、レイティアは風呂場の大きな鏡に映る自分を見て、はっと笑った。
「大丈夫。私はうまくやれる」
鏡に映るレイティアの姿は、口調に似合わない、柔らかな表情をしている。
あのころの面影はない。悪役令嬢と言われたレイティアは、そこにはいない。
レイティア・オルスタフはオルスタフ家の長子ある。
母であるリタはレイティアを産んだ後、産後の肥立ちが悪く病気がちになった。必然、第二子を望める体ではなくなり、オルスタフ家はレイティアが最初で最後の子供となった。
レイティアが産まれる前、レイティアは大層元気な胎児ゆえに、産婆も「元気な男の子」だと言い両親ももちろんそのつもりでいた。
しかし、実際に生まれたのは女の子、両親、得に父親は酷く落胆した。
イグリス王国は王族を除いて一夫一妻制と決まっており、レイティアの父は妾を迎える訳にも行かず、はじめは自身の子供が娘であることを認められなかった。
女に家督を譲るなら、養子を迎える家も少なくはない。しかし、レイティアの家はオルスタフ家、貴族の中の貴族。この血を絶やすわけにはいかない。
かくなる上はレイティアを王族と結婚させるかと父は思案していた。女に出来ることはそれくらいしかない。自身の妻は、それすら叶わなくなってしまったが。
そこらの貴族との婚姻では血が汚れる。この血筋を遺す手立ては、他にない。
そう思い至ったのはまだレイティアが三ヶ月の時だった。
「リタ。おまえは役たたずだ。女の役割である子もろくに産めず」
「も、申し訳ありません」
「おかあさま? おとうさま、おかあさまをいじめないで!」
幼い頃から両親は喧嘩ばかりで、レイティアを見ようともしなかった。
あまつさえ、こうやって母の味方をすれど、その母ですらレイティアを蔑んだ。
そんな家庭で育ったから、レイティアが冷徹な悪役令嬢になるのも時間の問題だった。
「レイティアは悪い子、お父さまに口答えするなんて。アナタが男の子だったらどんなによかったか」
「おかあさま? レイティアは『おとこのこ』になれないのです?」
嗚呼、神様。と、最後にはレイティアの母リタは必ず嘆く。
叩いたりぎゅっとしたり、リタの情緒はいつも不安定だった。加えて、父は家にいつかなくなった。外で見知らぬ女と逢瀬を繰り返していると知ったのは、レイティアが七つになったころだ。
「お父さま。私……魔法の腕を見てください」
レイティアは学校には通わなかった。オルスタフ家には子供がいる。しかしその性別も年齢も容姿も、誰も知らない。父親が可愛がるあまりだとうわさするものもいたし、母親の介護で出られないからだと言うものもあった。
レイティアはひとりで、魔法の技を磨いた。
昼間、誰にもバレないように屋敷を出て、闘技場に通い、街のなんでも屋の技を盗み。
齢十にして、レイティアの魔法は完全に開花した。聖女なる資格――回復魔法や祈り、加護魔法だ。
「お父さま?」
今しがた、父の腕に残る古傷を、レイティアがポッと治した。できたばからの頬の切り傷を手のひらがするりと撫でた。それだけでぱっくり割れていた傷跡が治り、父はハッとしてレイティアの手を握った。
「その力は、誰にも見せてはならない」
「お父さま? でも私は……」
「なんだ? わたしなにか間違っているか?」
本来なら、魔法が使える時点で女であっても国の役に立てる。聖女がその最たるものだ。
しかし、それでは惜しいと思ってしまった。父は、レイティアにこの国の、いや、世界の頂点までのぼりつめる才能を見出してしまった。
そこから父は、レイティアをどこに出しても恥ずかしくない『令嬢』として育て上げた。
レイティアは魔法の腕をみるみるあげていき、同時に、振る舞いが傍若無人になって行く。
『おまえは特別な子だ。わたしの可愛い可愛い娘。その魔法は、誰にも見せてはならない。おまえを守るためだ。おまえは特別な、わたしの娘だ』
『私は特別……』
『ああ。他の有象無象とは訳が違う。おまえは他の人間より優れた、選ばれた人間なんだ』
歪んだ父の愛に、レイティアが侵されていく。母
は相変わらず、レイティアに辛く当たった。
レイティアの性格が、少しずつ捻れていく。
いつしかレイティアは悪役令嬢などと呼ばれるようになり、毎夜のようにパーティを催した。
しかし、父の言いつけを守り、レイティアは自身の魔法を誰にも明かさなかった。
それが、あの夢を見た翌日から、レイティアは変わってしまった。
父も母も驚きこそすれど、扱いやすくなったと安堵した面もあった。父はいずれ、レイティアの魔法を利用して、この国を裏から牛耳るつもりだ。レイティアはそれを知ってなお、父の言いなりだった。
だから、レイティアはあの走馬灯で見たことを、父にも母にも話さなかった。
父は気づいていないだろうが、レイティアはあの走馬灯以来、父の駒になるものかと決心した。
そして父母が前々から勧めていた、王立貴族学院への入学が決まったのだった。




