1-2、レイティアVSアンドレア
ふたりは特別訓練室に足を踏み入れる。
そこにはあまたの武器が保管してある。しかし、これらを使うには本来ならば教師の許可がいる。
だが、今のふたりは頭に血がのぼってそこまで考える余裕がない。
各々に合う剣を手に、ふたりは構え、そして地面をける。
アンドレアは大剣、レイティアもまた、アンドレアほどではないが、重量のある剣を手にする。
どうせ、剣技なんて大したことないと、アンドレアは油断していた。証拠に、振りかぶったレイティアの剣は軽く、アンドレアの大剣に軽くいなされた。
「はっ、軽いな」
キン、と衝突した金属音。しかし、レイティアの剣は止まらない。二撃、三撃と剣を振るう。
その体力は、目を見張るものがあった。
体躯だけ見れば、アンドレアに分があった。アンドレアの身長は優に百八十はある。対してレイティアは、百五十を少し超えたくらいだ。
しかしレイティアの口の端が上がった。
「油断大敵」
がっとアンドレレアの剣をレイティアの手が鷲掴みにした。むろん、ぶしゅ、とレイティアの手からは血が流れる。
一瞬だ。アンドレアの油断なんてほんの一度の瞬きの間だ。女の子を傷つけてしまった。そのわずかな後悔が、アンドレアを鈍らせた。
レイティアはアンドレアから剣を奪い取る。そのままアンドレアの胸倉をつかみ、押し倒す。
馬乗りになって剣をアンドレアの頸にかざす。アンドレアの敗北だった。
「ははっ、ゴードーくん、口だけね」
「おまえ……ちっ、そういう」
アンドレアがレイティアの手を見る。先ほどアンドレアの剣をじかに握って深く切れたはずの手には、傷ひとつなかった。
「おまえの魔法。まるで聖女だな」
「……なにを!?」
レイティアの魔法、それは傷の治癒。
だからこそ、こんな無謀な攻撃ができた。だがそれは、初見の人間にしか効かない戦法であるし、第一魔物には全く通用しない戦い方だ。
「もう一回言いなさい、負け犬」
「だから、おまえの魔法、外れスキルだろ」
あーあ、とアンドレアが悪態をつく。レイティアの顔がみるみる赤く染まる。
レイティアにとってこれは、なによりの侮辱だからだ。自分が一番よく理解している。こんな魔法、悪役令嬢のレイティアが持っていてもなんの役にも立たない。
レイティアが怒りから油断したすきに、アンドレアがレイティアを押し上げ立ち上がる。
レイティアを後ろから羽交い絞めにし、レイティアの頸をぎりぎりと絞める。
「あっ、決着はさっきついたでしょう!」
「いや、おまえは俺を殺してない。俺は降参とも言ってない」
「屁理屈を……」
がん、とアンドレアの腹に肘を入れ、レイティアはアンドレアからかろうじて逃れる。
いつの間にか訓練室に人だかりができている。
しかし、二人の目には入らない。いや、レイティアの目にだけ、入っていない。
アンドレアはここで、自身の魔法を発動する。
ひゅお、っと炎が巻き起こったかと思えば、氷の塊がレイティアを襲う。
「……!? ありえない、炎と氷は別の魔法のはず……!」
アンドレアの魔法をよけながら、レイティアは考えを巡らせる。
訓練室の壁がみるみる壊れていき、大勢の見物人たちも避難を始める。
二人だけの戦い、二人のプライドのぶつかり合い。
しかし、それを終わらせたのは、一つの大きな雷撃だった。
ドン! バリバリ!
二人の間に、剣戟と共も走ったのは、大きな雷鳴、すなわち魔法の力だった。
「こら! 君らこんなことして寮長の俺が怒られるってわかっててやってるのか!?」
割り行ってきた栗色の髪の男は、ふたりをいさめるわけでもなく、ふたりともを威嚇した。
「なんだよ、おまえ」
アンドレアが毒づく。
「私たちの問題に口をはさまないで」
レイティアも冷静さを失っている。
にこり、栗色の髪の男が人好きする笑みを浮かべた。
「俺の名前はクレス・ストラトフ。今日から君たちとナディアと四人で同じ寮に住む寮長で」
クレスの持つ剣は雷をまとっていた。なるほど、彼の魔法は雷。そしてそれを剣技に昇華させた。先ほどの雷撃の衝撃を考えると、彼はかなり『できる』。
レイティアはアンドレアと同時にクレスに対しても備える。
しかし、レイティアには自信があった。剣技の腕には覚えがある。
この二年、レイティアは剣技を磨いてきた。でなければ、癒しの魔法だけではレイティアは生き残れない。騎士にもなれない。世界も彼も救えない。
クレスが地面をける。レイティアはクレスから距離をとる、はずが、クレスはその身体能力の高さから、レイティアとの間合いを一瞬で詰めた。かなりの俊足だ。
おそらく、雷の魔法の応用だ。雷を体にまとわせ、一時的に筋肉を強化している。
魔法により強化された体術の前に、レイティアは敗北を喫した。
一瞬でクレスはレイティアから剣を奪い、そのまま左右の手に剣を持ち、今度はアンドレアのもとへ。
しかしアンドレアも負けてはいない。即座に剣を構え、クレスの魔法を分析した。アンドレアの魔法は魔法の模倣。ただし、相手の魔法を分析できた場合に限るが。
すなわち、今の二人の身体能力はほぼ互角。
勝敗を分けたのは、元来からの身体能力の差だろう。
クレスにはたぐいまれなるフィジカルがあった。しかし、アンドレアにはフィジカルに加えてあまたの魔法を模倣してきた経験がある。
勝ったのはアンドレアだった。そして、レイティアは思い知る。
アンドレアはレイティアに手加減していた。いや、油断していただけかもしれないのだが、レイティアにはなぜだか手加減されたように感じてしまったのだ。
「はあ、は、思ったよりやるな」
「だから、俺の名前はクレス・ストラトフ」
「わかってる。おまえはクレス。俺はアンドレア。で、そっちのはレイティア」
「……? ゴードーくん?」
名前を呼ばれ、レイティアが首をかしげる。
「鈍いやつ。なあ、クレス」
「だな、アンドレア」
ああ、これが友情ってやつなんだと、レイティアもようやく理解する。
「あなたこそ、強いじない。アンドレア」
この後、三人そろって教師に怒られ、一週間のトイレ掃除を命じられたことは、今ではいい思い出である。




