1-1、悪役令嬢の変貌
予知持ち聖女は悪役令嬢~予知夢で見た闇落ちの彼を救うために動いたら、彼と彼のライバルに溺愛されていまして!?~
予知夢、というものになるのかもしれない。
レイティア・オルスタフ。十四歳。
彼女は悪逆非道な悪役令嬢としての名をとどろかせていた。
毎晩のようにパーティを繰り広げ、レイティアはたくさんの男たちを誘惑した。
可憐な蝶は今日もダンスホールを舞う。
しかし、その傍若無人ぶりに恨みを買うことも少なくない。
「あっ……!」
その日レイティアは、何者かによって階段から突き落とされた。
その時、レイティアの頭によぎったのは走馬灯――ではなく、身に覚えのない記憶。
『それでも俺は、『ナディア』に愛されたかった』
顔は見えない。
レイティアの膝の上で死にゆくその人の瞳のエメラルドが、悲しげに笑う。
そのまま、彼は『契約した』悪魔によってその命を奪われた。
国中の魔法使いが悪魔を滅するも、それを『手助け』したレイティアもまた、魔法使いたちから総攻撃を受けて、死したのだった。
すべては、あの、エメラルドの君を救うため、彼女は悪役令嬢として、彼と悪魔に助太刀をしていたのだった。
一
レイティアが変わった。それは、すぐに国中に知れ渡った。あれほど他者をもてあそんでいた悪女が、パーティどころか誕生日すら祝わせてくれなくなった。
レイティアは十六歳になっていた。
その間、王立中央貴族学院への入学を決めた。
ひとえに、あのエメラルドの彼を探すためだった。
顔も名前も知らない人。夢の中で見たエメラルドの瞳の彼。
彼が誰だかわからないのに、助けなければとなにかが叫ぶ。
目が覚めた時には、レイティアはそれまでのレイティアではなかった。
あの方を救わねば。そのためにはまず、レイティアが彼を見つけ出し、彼と悪魔の契約を阻止する必要がある。
だからレイティアは、王立貴族学院への入学を決めたのだった。
あの彼は、どうやら身なりからして騎士だったからだ。
レイティアは変わった。悪女としての態度を改め、ひたすらに彼を探し助けるために、心を入れ替えた――もとより、あの夢がレイティアの中のなにかを変えてしまった。もう、元の残虐非道な悪役令嬢のレイティアは、死んだ。
新入生の入学手続きを終えて、自己紹介の時間に入る。
「レイティア・オルスタフよ。よろしく」
世界には魔法が存在する。魔法使いは国の財産とされ、彼らは十五になると特別な学校への入学を許可された。
王立貴族学院。名前の通り、貴族のみが通うことを許された学校だ。この世界の貴族のほとんどは、魔力を持って生まれ落ちる。力の差こそあれど、彼らは等しくギフトを有して生まれてくる。貴族とはそういうもの。貴族とは生まれながらにして特異な存在。誰もがそう信じて疑わなかった。
そしてこの、レイティア・オルスタフもまた、貴族の両親のもとに生まれ、幼いころより魔法の力を磨いてきた一人だ。
そしてレイティアは、あの日を境に剣技も磨いた。でなければ、貴族学院には入学できない。
ここは、将来の騎士や宰相を輩出するエリート校だった。
レイティアの自己紹介に、みながざわつく。
「あれが、レイティアさま」
「ほんと、猫かぶっているって噂よ」
なんとでも言え、と思った。あのエメラルドの青年を救うことしか、レイティアの頭にはない。
それは一目ぼれ、なのかもしれない。
レイティアが自己紹介を終えるも、誰も隣に座りたがらない。ふと、黒髪にガーネットのような瞳の少女が、レイティアを手招きした。
「レイティア! 私、ナディア! 私の隣あいてるよ!」
かわいらしい子だった。
しかし、名前に聞き覚えがある。『ナディア』
あの彼が、最後に口にした名前だ。
「あ……私と関わったら、ナディア……さん、が悪く言われちゃう」
「いいの。レイティアとは仲良くなりたかったし」
ナディアの容姿はいわゆる絵にかいたような、純朴。対してレイティアは、中世的な顔立ち、ブロンズの髪の毛は長くなびき、青い瞳はサファイヤの様に美しい。
はた目から見れば天使にも見まごうほどの美貌の持ち主だった。
レイティアがそうこうするうちに、自己紹介は進んでいく。
「クレス・ストラトフです」
「アンドレア・ゴードー」
ひどく胸が跳ね上がった。
クレスという青年の瞳に、見覚えがあった。
それとも、アンドレアの美しい白銀の髪に青い瞳に酔ったのだろうか。
「なんだよ、じろじろ見て」
「じろじろなんて」
レイティアに突っかかったのはアンドレアである。アンドレアは大きな体をかがめて、机の前に座るレイティアを威嚇した。
「どうせ、猫かぶってんだろ」
「……なんとでも。あなたは私のすべてが気に入らないみたいだし」
「あーあー。本性出したな、おまえ、悪役令嬢のくせに、なんでこの学校来たんだか」
そんなもの、誰にも言えないし言うつもりもない。
あの日見た走馬灯の青年を助けたい、なんて。
そしてそれが、先のクレスのことかもしれないと思ってしまうなんて。
「アンドレアさまって、あのゴードー家でしょう? わたくしは、フォード家の」
「ああ、フォード家なら聞いたことがある。が、こびうるのはやめろ。俺は『王族』とはいえ、恋愛なんて許される立場にない」
かあっとフォード家のアンネが羞恥に顔を赤らめる。さらりと会話を交わし、レイティアは教室を後にした。
生まれながらにレイティアは魔法を宿していた。レイティアの魔法の発現は三歳、レイティアの魔法はほかとは少しだけ毛色が違った。
この時代、男女問わず職業として最も栄誉あるものは騎士や魔法使いとされ、貴族の多くがそれを目指した。ゆえに、魔法は攻撃系のものが有利だ。
しかしレイティアの魔法は、そうではなかった。
だから、レイティアはあの日以来、エメラルドの君を救うため、死に物狂いで剣技を磨いてきた。
レイティアは本来負けず嫌いだ。レイティアはその欠点を補って余りある剣技の才で、この王立貴族学院に入学が決まった。この学校は基本的に推薦か、実技式の入学試験が課せられている。レイティアは後者でここに入学してきたひとりだった。
「おまえ。周りにヘラヘラして。たいした魔法もないくせに、生意気」
教室を出てすぐに、レイティアに絡んできた男がいた。先ほどの自己紹介でレイティアと同じくらい目立っていた男子生徒だった。
その見た目はレイティアとは違い、男性らしい美しさをはらんでいる。青色の瞳と銀色の髪は、雪にように美しく儚い。しかし、その釣り目気味の瞳は鋭くレイティアを射止め、レイティアはふっとため息をついた。
「なによ。アンドレア・ゴードー」
「はっ、気安く呼ぶな」
「ほかに呼び名もないでしょう。で、用件は?」
面倒くさそうにレイティアがあしらう。慣れっこなのだ。
レイティアは元悪役令嬢で、しかもあのオルスタフ家の跡取りとなれば、先のように敵意をむき出しにする人間に絡まれることも少なくない。
アンドレアから見るとレイティアはひどく不快なようだ。
前の学校でも同じようなことは何度も経験しているが、レイティアはそれらをレイティアの才能で黙り込ませてきた。すなわち、レイティアの魔法の才能である。
「おまえ、オルスタフ家だかなんだか知らないけど、そうやって余裕ぶるのも腹立つし。それにナディアだって。ナディアがこの国の聖女候補だって知ってて、おまえ近づいたんだろ」
「ナディアが聖女候補……?」
レイティアから敵意が消える。なるほど、ナディアが聖女候補で、あの日死んだエメラルドの君はその敵。
なにがあって、悪魔と契約を結んだのだろうか――そして、レイティアもまた、それに協力したのだろうか。
「聞いてんのかよ」
肩をつかまれ現実に引き戻される。レイティアはアンドレアをにらんだ。
アンドレアと同じ青い瞳には、しかし悪逆な色は一切見えない。
アンドレアはそれに多少なりとも動揺した。悟られないよう振舞っては居るが、これがかの悪役令嬢のレイティアなのだろうか。
「じゃあどうするの? 私のこと消すの? それともなに、私と一戦交えてみる?」
挑発的に笑うレイティアに、ぶちりとアンドレアの血管が切れた。
アンドレアは短期らしい。レイティアはアンドレアの変わりゆく表情にため息を着いた。経験上、こういったことはよくある。
悪役令嬢のレイティアに対して抱く感情といえば、嫌悪か媚びだ。アンドレアは前者だが、前者の方が何倍も気が楽だ。
他者に取り入ろうとする人間は好かない。
「上等だ! 表出ろ!」
くいっと顎で指されたのは特別訓練室だった。この教室は実技訓練に使われる教室で、特殊な魔法が施してあり、多少の衝撃なら外に漏れない。
背の高いアンドレアと並ぶと、レイティアはか弱く小さな女の子だった。
ふたりが特別訓練室に歩くのを、ナディアを始めとしたクラスメイトが見守っている。
「どっちが勝つと思う?」
「アンドレアさまでしょ」
「でも、レイティアが卑怯な手を使うかも」
聞こえてるわ、と思いながら、レイティアは表情一つ変えずに歩いていく。




