4-5、ナディアの苦悩
作戦はこうだ。
レイティアがナディアの気を引いている間に、アンドレアが魔物たちを討伐する。その間にレイティアがクレスの居場所を探し出し、悪魔との契約を解き、封印しなおす。
正直、計画というほどの計画でもないのだが、心の準備があるのとないのとではだいぶ気持ちが違う。
「アンドレア、傷は大丈夫?」
「ああ。おまえのお陰で回復した」
翌朝、日が昇る前。
アンドレアとレイティアは奇襲をかけることにした。幸いにして、アンドレアは魔力のセンスがある。魔法を模倣する操る力だ。
だからアンドレアには、魔力の探知には人一倍鋭さがある。
こと、魔物兵を一か所に集めれば、おのずとナディアの場所が割れる。
それに。
「アンドレア王子、逃げたのでは?」
市民が武器を取り、森に退避した魔物をうたんと決起していた。
「そなたたちは、隠れていろ。魔物は俺たちが」
「王子さまと聖女さまのふたりで? 無理だ」
市民がくわや斧で武装している。しかし、魔物にそんなものは通用しない。
「皆さん、避難して下さい。私とアンドレアなら大丈夫なので」
「いいや。俺たちは他力本願すぎた。聖女がこの国に牙をむいた今、自分たちを守るのは自分たち以外にない」
「聖女なら私が――」
す、とアンドレアがレイティアの言葉を遮った。アンドレアは市民に向けて、
「ならば。俺が先陣をきる。そなたたちは、後援を頼む」
そして、小さな声で、
「レイティア。危なくなったら市民の命を優先に。俺に構わず、逃げろ」
アンドレアの決断を、断れなかった。アンドレアは誰より市民を思っている。
「ならば、行くぞ!」
アンドレアの号令とともに、市民がわっと動き出した。
都の外れの森の中に、もぐりこむ――しかし、
「やあ。早かったね」
「……! クレス!?」
森に入るや、立ちはだかったのはクレスと、ナディア。そして、その二人の各々の魔物兵。
「おまえ……その姿」
アンドレアの声音は震えていた。アンドレアの背後にいた市民もまた、状況を飲み込めない。
「ああ、悪魔の融合が進んだのさ」
「馬鹿なことを……そんなことをしたら、命が!」
「はは、命? そんなもの……知ってる? レイティア。俺はレイティアが好きだった。アンドレアよりもっと先に」
クレスがぺらぺらとしゃべる。
「聖女レイティアをこの手にする。それが俺の利」
「私の利は、アンドレア。あなたを葬ること」
ナディアも武器を構える。
レイティアは内心で迷いを見せた。市民の動揺が、レイティアを追い詰めたのかもしれない。
もう、殺してもいいのでは?
瞬間、レイティアの魔力が一気に増強された。ずずず、とまがまがしい黒い魔力が、クレス、ナディアを威嚇する。
二人が二人、後ろに退き、冷や汗を垂らす。
「ほら、レイティアだってただの人間だった。今、俺たちを殺したいと、そう思ったんだろう?」
「レイティア、私たちの側に来て。あなたがこちらに来てくれるのなら、私はもう、悪魔には手を出さない」
ナディアが嬉しそうに破顔した。
「なん……」
「レイティア。私たち、ずっと仲良く……クレスもアンドレアも、私も。ずっと友達でいいじゃない」
「それはどういう……」
「だってレイティア、あなたアンドレアを選んだんだもの。だから私、こんな世界いらないって」
そんなくだらない理由で、悪魔の封印を解いたなんて。
「レイティア、俺のものになれ」
クレスが両手を広げる。ナディアはそんなやり取りをにやにやとみている。
がっと、レイティアの肩に手をまわし、アンドレアが抱き寄せた。
「惑わされるな」
「あ、アンドレア」
だが、実際、レイティアは心のどこかで先ほどの感情が否定できない。世の中には死んだほうがいい人間が存在する。それがあの二人ではないかと、心のどこかで思っている。否定できない。
アンドレアがレイティアの頭に手を乗せた。
「それでいいんだ。おまえは聖女でもなんでもない、ただの人間なんだよ」
「アンドレア……?」
「おいおいおい、俺の聖女を穢さないでくれるか? 聖女だってよこしまな感情は抱くさ。そうだね、つらいよなあ。だから俺と一緒にくればいい。人間は醜い。しかしレイティアは美しい。美しいまま俺のものになって、一生一緒に暮らせばいい」
クレスが狂気に満ちた笑みを浮かべた。
市民の士気がややさがる。しかし、
「皆さん。悪魔の封印に協力してください」
「な……では、やはり悪魔の封印は解かれたのか?あなたは悪女でなく聖女さま、なのですか?」
「認められないでしょうが。私は聖女です。でも今は、クレスたちを保護する手伝いを、お願いしたいのです」
市民が信じられない、とどよめいた。悪魔は等しく敵だ。そう、長いこと生きてきた。
アンドレアがレイティアに被せるように口を開く。
「この魔物たちは……クレスと黒の聖女ナディアによって操られているだけ。だから、力を貸してくれ。倒すべきは、黒の聖女と――クレス」
アンドレアが市民に頭を下げた。傍ら、クレスやナディアは侮蔑の目を向けていた。
レイティアの目から、しずくがこぼれた。
結局、こうなってしまった。
クレスを救うために奔走したのに、クレスを闇落ちさせたのはレイティアなのだ。
あの予知でも、今回も。
レイティアはもうなにを信じればいいのかわからない。わからないけれど、これだけはわかった。
レイティアはアンドレアを信じている。そして、今までの自分の人生も。
レイティアは予知に導かれてここまで来た。
「アンドレア。私は悪魔の封印をする。アンドレアはナディアの足止めを」
「だが、魔物の数が――」
「大丈夫。市民の皆さんがついています」
レイティアの顔は自信に満ちていた。出会ったばかりのころのような、自分を大切にしない、なにも信じない、誰も頼らない、そんな雰囲気は一切払しょくされた。
「皆のもの! レイティアがこの三年、皆に危害を加えたことがあったか!?」
「……それは」
「……魔力を感じられる方は分かるだろう? クレスに混じる、悪魔の魔力が」
しん、と市民が静まり返る。
本当だ、そうだ、レイティアは悪魔から自分たちを救うためにこの場に来てくれた。
小さな信頼が積み重なって、大きな絆へと繋がっていく。
市民も今一度湧き上がる。レイティアが聖女だからじゃない。聖女達が裏切ったからじゃない。
レイティアという聖女に、希望を見出したからだ。
「頼んだぞ。レイティア。皆のもの!」
アンドレアが剣を抜く。レイティアはクレスに向けて癒しの魔法をかけていく。
「この、こざかしい!」
レイティアの目論見に気づいたナディアが、狙いをレイティアに定める。しかし、魔物たちを、市民が総出で抑え込む。
「おい、ナディア! レイティアは傷つけない約束だろう!?」
「約束もなにも。手に入らないなら殺して、私だけのものにするわ!」
俊足でアンドレアが二人に突っ込む。
「く、アンドレア。相変らず剣技と魔法が規格外だ」
クレスがアンドレアの剣を受けて、動きを止めた。
「それだけじゃないぞ?」
アンドレアがうなるように言うと、がく、と二人の魔力が落ちる。使えない、いや、抑え込まれている。
「俺の魔法、知ってるだろ?」
アンドレアの魔法は、他者の魔法を模倣する力。それを今まで、ずっと、そのコントロールだけを修練してきた。
市民の一人に、魔力を抑える魔法を持つ者がいたため、アンドレアはそのものの魔法を模倣した。
もともと魔力の高いアンドレアが使えば、その力はより強くなる。
アンドレアの魔法により、クレスとナディアだけでなく、魔物兵たちの魔力も一気に下がる。
「そんな反則じみた魔法、あってたまるか」
「そうよ、私たちならともかく、なぜあなたに!? レイティアだけじゃなく、なんで、なんで!」
ニッと笑うアンドレア、しかし、その鼻から、つ、と鼻血が伝った。
「ナディア。見ろ。こいつもう限界じゃないか!」
あはは、はは、と邪悪に笑い、クレスが自身の魔力を悪魔と融合させていく。
しかし、クレスの表情から余裕が消え、けたたましい叫び声をあげる。
「ああああああ!」
「クレス!?」
レイティアもナディアさえも、クレスを見て固まった。
いまだクレスが苦しそうに叫んでいる。
苦しそうに?
レイティアは違和感に気づく。
クレスには、まだ良心が残っている。だから、完全に悪魔を取り込めない。
ならば。
「悪魔よ、その力を鎮めたまえ!」
「はは、あはは、なにを言い出すかと思えば、他力本願ね!」
ナディアがさらに魔力を上げる。ナディアは自身の魔法を使い、つららと雪、氷の玉を鉄砲の様に弾いてアンドレアに攻撃を浴びせている。
市民が傷を負う。レイティアは魔法に集中できない。早く自分が聖女の力を発揮しなければ、魔物どころか市民すら救えない。
「悪魔よ、鎮まって!」
ぐお、ぎぃ、と、悪魔の動きがわずかに鈍る。市民は息も絶え絶えだ。
その、クレスの体に宿る魔力の中に、ひときわ強大な力を見つける。その魔力は、悪魔の魔力とは違い、どこか『心地よい』。
「クレス……抵抗している……?」
おおよそ、クレスは悪にはなり切れていない。
『すきだ』
レイティアの心の中に響いた声。クレスの本心だとすぐさま分かった。
『殺す気はないわ。ただ、少しでも攻撃を緩めてくれれば、私の魔法で再度悪魔を封印するから』
声にはせずとも、会話ができる。
『なにを。アンドレアを選んだくせに』
『それは……私にだって意思はある。クレス、本当はあなたを救いたかった。けれどそうやって過ごすうちに、いつの間にかアンドレアを――認めるわ。私はアンドレアを愛してる』
アンドレアは極力、魔物兵を傷つけないように戦っている。魔物兵たちの攻撃を剣でいなし、ナディアに剣を振りかざしている。
市民も王子にならい、魔物に致命傷にならない程度の攻撃しかしていない。いや、それくらいしか力を持たぬからではあるが、市民の攻撃には、相手を傷つけまいとする気遣いと迷いが見て取れた。
『このままでは、アンドレアは友であるあなたを殺してしまう。私はこの戦いで、誰一人死なせたくない』
クレスの動きが、止まった。その目から、涙をあふれさせて。
『初めからわかっていたさ。俺は悪魔と契約するくらい弱い。そんな弱い人間が、アンドレアにかなうはずがないって』
ぐおぉおおおお! と悪魔と融合したクレスが吼えた。と同時、魔物たちの動きが一気に止まる。
「なに?」
ナディアがあっけにとられる。
レイティアが祈りの形をとる。魔力は体を巡る。血液のようで魂のようで、血肉のようで。
ああ、繋がってるんだ、とレイティアは思った。
すべてはつながって循環して、かかわりあって生きている。
ぱああっと紫色の光があたりを包み込む。
クレスの目が、ちかちかと光って、やがて赤色からきれいな緑色へと戻っていく。市民の傷をも、癒していく。
「私にまで干渉を……?」
レイティアの癒しの魔法に、ナディアの悪しき心が燃やされていく。
流れ込むのは、ナディアの記憶。
幼き頃から聖女候補として教育を受けたナディアは、国のために死することを強要されてきた。
それが当たり前だと思っていた。けれど、誰だって死ぬのは怖い。
王立貴族学院に入学して、ナディアは悪役令嬢と呼ばれるレイティアと出会った。
自由に生きるレイティアの美しさに、興味をひかれた。
極めつけは、入学したあの日、レイティアがアンドレアと剣を交えた時に見せた、回復魔法。
ナディアは、これほどまでに強い魔法の力を見たことがない。ナディアをもしのぐ、才能だった。
だから試した。レイティアの回復魔法が、他者に施せるのか――聖女たり得るのか。
最終的に、レイティアにはその資格が十分にあった。
だから、聖女の聖別儀式で、わざとチョーカーを教室に置いてきた。お人よしのレイティアなら、絶対に届けに来る。
そして、聖女選別に巻き込んで、やはりレイティアは聖女その人だった。
ただ、予定外だったのは、ナディア自身も聖女だったことだった。




