4-6、そして聖女はひとりになった
最初は、痛みを分かち合えると思っていた。
同じ聖女候補同士、仲良くなれると。
なのに、レイティアはいつも明るくて、アンドレアにもクレスにも好かれて。
ナディアはいつ、聖女聖別の儀式が始まるのか、おびえていたのに。
あこがれは憎悪に変わっていく。
聖女に選ばれても、レイティアはそれをすぐに受け入れたようだった。
そして、運良く変わるくか、聖女の騎士はクレスとアンドレア。
クレスがレイティアを好きなことは知っていた。知っていたから、腹が立った。レイティアが好きなのはアンドレアなのだ。
もしもクレスがレイティアの騎士に選ばれていたら、最後に踏みとどまることができただろう。
なのに。
好きあった二人が、聖女と騎士に選別されるなんて、神さまは無慈悲だ。
だから、ナディアはクレスをそそのかした。
「クレス。アンドレアとレイティア、このままいくと結婚するわよ」
「好きあっているんだ、当たり前だ」
「クレスはそれでいいの?」
一瞬、クレスの顔が曇った。ほら見たことか。
クレスはレイティアを愛している。アンドレアに劣らないくらいに。
すべてを手に入れたレイティアが、憎い。
「ねえ、私もクレスも。この先国のために、聖女と騎士として、生涯自由はないわよ」
「それをわかっていて、俺は騎士になるために……」
「それは本当に? いつまでいい子でいるつもりなの? 好きな子一人奪えないで、なにが騎士よ」
「黙れ!」
クレスが声を荒らげたのは、初めてかもしれない。
ナディアの口が弧を描く。
「悪魔の封印が解けたら、レイティアはどうするかしら」
「どう……再封印するのが、聖女の役目……」
「知ってる? 悪魔を魔石に封印しても、悪魔は魔石の中でずっと、ずーっと生きているんだって」
「それがなんだと」
ナディアは、クレスの耳元に顔を寄せる。
「あなたが悪魔になって、レイティアを巻き込んで魔石に封印されたら。魔石の中で、二人きり。ずっと一緒に暮らせるのよ?」
悪魔より恐ろしい女だ。クレスはそう思うのに、そのささやきが頭から離れない。
結局、クレスはナディアに連れられて、悪魔を封じた魔石の前まで足を運んでいた。
しかし、予定外だったのは、ナディアの力だけでは、悪魔の封印が半分しか解けなかったことだった。
「ぐああ、ナディア、ナディア、助けてくれ!」
「……! レイティアが来るまでの辛抱よ!」
悪魔をその身に宿したクレスは、三日三晩かけて悪魔と融合し、そうして今に至る。
「聖女になりたくないなら、なんで最初からそう言わなかったの!」
レイティアの聖なる力に屈したナディアとレイティアは、光の空間にたたずんでいた。
「そんなこと、言えるはずがない! 聖女は名誉なことだって、誰もがそれを望むのに!」
レイティアには、わからない苦労だったに違いない。
けれど。
レイティアはナディアを抱きしめた。
「友達だ、と思っていたのは、私だけなの?」
「レイ……ティア?」
「ナディア。ナディアのそれ、私がもらうわ」
レイティアには、やるべきことがわかっていた。
ナディアの額に触れると、ナディアの額に黒い聖女の印が浮かぶ。
それを、レイティアの人差し指と中指が挟んで、する、とナディアの額から抜いていく。
抜かれた聖女の印が、レイティアの金色の聖女の印に吸い込まれて、レイティアの額の印は、白と黒、ふたつの文様に変わっていく。
「レイティア……!」
「これでもう、ナディアは聖女じゃない」
「でも、でも……! 私は、悪魔と契約を」
「大丈夫、あとは私がなんとかする。私たち、友達でしょう?」
「レイティア」
ありがとう。
そしてはた、とナディアがその場に倒れる。
クレスもまた、土に膝をついて、天を仰いだ。
「すまない、アンドレア、レイティア」
「やった……のか……?」
傷だらけになりながら、アンドレアはレイティアに駆け寄った。
レイティアは力を使い果たし、その場に崩れ落ちた。
「レイティア!」
「聖女さま!」
「アンドレア……あの二人を、とらえて。決して殺さないで」
そのままくたりと動かなくなる。
「レイティア!」
息を確認する。大丈夫だ、息はしている。
レイティアを安全な場所に移して、市民にレイティアの護衛を任せたアンドレアは、気絶するナディアとクレスを縛り上げた。
「疲れたな……」
悪魔が封印されたことで、魔物たちが消えていく。
市民が、歓喜の声を上げている。
ナディアとクレスは、王によって裁かれることになった。
「そなたたち、いや。この国のすべての悪しき者たちを駆逐する。わたしの残された人生での役割は、それだ」
当然の帰着だ。
しかし、割って入ったのはレイティアだった。
「王さま。今回の件は、私が聖女として浄化しました。どうか、極刑はお取りやめに」
「甘いな。一度悪魔と契約したものは……」
しかし、レイティアの瞳に一切の濁りはない。
王は圧倒される。
見れば、クレスとナディアもまた、すっきりとした顔をしている。つきものが取れたように、その瞳には一切の曇りがない。
「王さま。そもそも、この国に聖女がふたり、現れたのは、この国の転換期を現すのでは?」
レイティアが言うには、ここでナディアを処刑すれば、聖女の力が不完全になる。つまり、この国の聖女は、レイティアとナディア、ふたりでひとつ。
いや、それはレイティアの優しい嘘だ。ナディアの力は、既にレイティアに統合された。ナディアに聖印は残っていない。
だが、ナディアには聖女に匹敵する、加護魔法は残された。それが、ナディアに残された最後の試練だ。
悪しき道に進んだ贖罪を、その加護魔法を持って償うための。
そして、聖女を守る騎士もまた、選別で選ばれる。クレスもまた、ナディアを守り続けなければならない。
レイティアには予知と回復魔法の聖女なる力がある。加えて、ナディアから受け継いだ加護魔法も。
ナディアはその聖女を加護魔法で支える使命が残された。
「そなたは……甘いな。まあ、アンドレアの頼みを断れないわたしも、十分に甘いが」
レイティアはアンドレアを見る。アンドレアもまた、クレスとナディアの命乞いをしていたらしかった。
「しばらくは監視付きで……真の聖女はそなた、令嬢レイティアとすることで、丸く収めよう」
常々、不思議な王子だとは思っていた。アンドレアは、なにかを成し遂げてくれる、そんな予感がしていた。
その条件を出すのなら。
「よかろう。その条件をのむ。代わりに、アンドレア。聖女レイティア。そなたたちが、聖女と騎士として、まずはこの国の政治を担う。将来的には、二人には婚姻を結んでもらう。それが条件だ」
「父上……! 俺はよくても、レイティアはもう……」
ただの聖女だ。そう言いたかったのに、レイティアがアンドレアの手を引っ張って、自分の口元にもっていった。
「私は、アンドレアといられるのなら、聖女でも、許嫁でも、なんでもいいわ」
「レイティア? しかし」
「大丈夫。私にはアンドレアがいるし。それとも、アンドレアは許嫁というのは形だけで、やはり私を娶る気はないの?」
ここでそれを聞くのはずるいと思う。
王が高らかに笑い、アンドレアは苦笑している。そんなこと、あるはずない。許嫁だと言ったのは、確かにあの時はその場しのぎの詭弁だった。
しかし、ほかならぬレイティアが許してくれるのなら、喜んで妻に迎え入れたい。
「まいったな。レイティアにはかなわない」
「私だって、アンドレアにはかなわないよ」
ただの一目ぼれだ。
噂の悪役令嬢レイティアは、たいそう美しい女性だった。
その悪役令嬢と一戦を交えた時、その努力家なところも強気なところも、ましてや聖女になってしまったところも。
すべてがいとおしくてたまらなかった。
ならば、誰かに取られる前に、許嫁としてしまえばいい。そうやって聖女を救って、聖女が拒んだときにはこちらから婚約破棄という形をとって、レイティアを守るつもりだった。
「私はアンドレアが好き。アンドレアは私のことが嫌い?」
「ああ、本当におまえにはかなわないな」
王が二人の間を取り持つ。
まだまだ、この世界の改革は始まったばかりだ。しかし、この聖女――レイティアと、この異端な王子――アンドレアのふたりでなら、新しい世界をより良いものにできるであろう。
王は安堵とともに二人の婚約を正式に認め、そうして二人は、聖女が政治を支える新たな時代へと導くのだった。
これはのちの世で、レイティアが大聖女と呼ばれる所以の、物語。
了




