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4-4、VS魔物とクレスとナディア

 一説によれば、悪魔は王都のはずれ、魔の森の奥深くにある魔石に封印されたとされている。

 レイティアとアンドレアは、まずそこに赴くことにした。

 悪魔の封印が解かれたことは、まだ国民には知らせていない。内々に片づけなければ、混乱が起こるからだ。


「でも、もう半分は封印が解けたと」

「ああ。だが、半分ならば、その魔石にはまだ、悪魔が封じられているはずなんだ」


 アンドレアが道々説明する。

 今日は、隠密行動のため馬車には乗らない。

 レイティアも甲冑を着て魔物の森に足を踏み入れる。

 魔の森といわれるだけあって、真昼間なのに薄暗い。

 蝙蝠がぎゃぎゃぎゃと鳴き、魔物の死骸がそこかしこに転がっている。


「魔物の死骸……」

「ああ。悪魔が魔力を『吸い取った』あとだろう」

「じゃあ、やっぱり封印は解かれて」


 しかし、二人が森の真ん中の魔石にたどり着くと、そこはもぬけの殻だった。

 つまり、魔石が、ない。


「ここ……」


 代わりに、魔石があったであろう場所が黒く変色している。悪魔のまがまがしい魔力だ。


「半分しか解けていないはずなのに、なぜだ」

「アンドレア。事態はもっと、複雑なのかも」


 そこで思い浮かんだのは、現聖女のことである。

 レイティアはアンドレアを見る。


「現聖女さまに、助言をもらいましょう」

「そうだな……しかし、現聖女さまの封印をナディアが解いた以上、聖女の力はナディアのほうが上……現聖女さまもそれを知って、大臣からとがめを受けて投獄されている」

「投獄!?」


 だから、アンドレアはじかに悪魔の封印された魔石を見に来たのだ。

 思い至らなかった自分に腹が立つ。レイティアは、自分の師である現聖女を救うためにも、今回の件を収めねばと、改めて誓うのだった。



 城に帰り、牢獄を訪ねる。

 牢獄は陰鬱でじめじめしているはずなのに、現聖女がいる場所だけは、やはり輝くようにレイティアには見えた。


「来る頃だと思っていました」


 現聖女は、投獄されてもなお、国のために祈りをささげていた。

 その清き精神を、レイティアは引き継げるのだろうか。


「聖女さま。ナディアが悪魔の封印を『半分』解きました。しかし、魔の森には、封印した魔石がなかったのです」

「ああ、そういう……」


 祈りの形をとっていた聖女が、立ち上がり鉄格子のほうへと歩いてくる。

 鉄格子越しに、レイティアと聖女は対峙する。


「悪魔を……魔石を取り込めば、半分の封印解除でも、悪魔の力は使えます」

「取り込む……?」

「はい。しかし、悪魔を取り込むとなれば、並みの精神力では……」


 その時思い浮かんだのは、まぎれもなくクレスのことだった。

 レイティアが見た予知夢、その中でのクレスは、悪魔と『契約』だけで済んでいた。

 そして、あの時、クレス側には聖女――ナディアはいなかった。

 つまり、もとからクレスは――


「クレスが、悪魔の魔石を……その身に取り込んだ……?」


 予知夢のことがなければ、たどり着けない答えだった。

 魔石をそのように使うことを、あの予知の中のレイティアは知っていたのだ。

 だからこそ、クレスをその依り代にした。

 悪魔は、クレス自身だったのだ。

 レイティアがその場にへたり込む。


「そんな……クレスだけは、助けたかったのに」

「レイティア、気を確かに持て」


 アンドレアは、慰めてなどくれなかった。レイティアを立ち上がらせると、鉄格子の間から手を伸ばす聖女に、向き合わせる。


「レイティア、これを」


 聖女が差し出した手を、レイティアが握る。

 ぱっと、神々しい光が聖女からレイティアに流れ込む。

 レイティアの額には、聖女の印が輝いていた。

 あまりの神々しさに、アンドレアはめまいを覚える。

 美しい。

 レイティアはまさに、聖女と呼ぶにふさわしい女性に、なった。


「私の聖女の力は、今この時からあなたのもの。悪魔を再度、封印しなさい」

「で、でも、私には」

「あなたがやらねば、国が亡ぶのです。あなたの隣にいる、騎士も」


 その瞬間、レイティアは無意識にアンドレアを見た。

 クレスを好きだったと思っていた。予知夢で見たクレスを救うことだけを考えていた。

 なのに、いつの間にか、救いたい人がたくさん、たくさんできていた。

 レイティアは、聖女としての自覚を新たにする。


「聖女さま、行ってまいります」


 死にに行く覚悟はできた。最悪、レイティアの命を引き換えにすれば、悪魔の封印はかなうだろう。

 レイティアには、迷いがある。

 悪魔を封印するということは、クレスを殺すということ。クレスを殺せば、加担したナディアもただでは済まない。

 なのに、その覚悟が、レイティアにはない。

 だけど、進むほかに道はない。

 悪魔だけを封じる方法を考えながら、レイティアはアンドレアを連れて城を出た。



 魔力をたどり、二人がついたのは王都の真ん中。

 最近はレイティアもアンドレアも魔物に襲われることはなく、油断していたのかもしれない。

 魔物群れが、目の前に急に現れた。転移魔法だ。


「逃げろ!」


 アンドレアが国民に避難を促す。レイティアは足が震えてなにもできない。


「レイティア! しっかりしろ! おまえがこの国を救うんだ!」


 その時である。


「うふふ、あはは。ねえ、あなたたちって本当にクレスの魔物を退けたの?」


 立ちはだかるは、黒の聖女・ナディアだった。

 ふふ、と笑いながら、アンドレアをいたぶるように魔物を使って、甲高い声をあげている。


「ねえ、どう? アンドレアの剣の腕はクレスから聞いていたけど。なんだ、私の魔力を供給した魔物に、歯なんてたたないじゃない」

「魔力を供給……?」

「あは。知らない? もうこれって貴族の間では常識よ。魔物を兵にして自身の魔力を与えて強化して、ひとつの軍を作るの」

「軍……? そんなことして、なにになるの……?」

「本当に純粋なんだから。そんなところが好きだったけど。もうひとりの聖女、私の片割れ」


 だから、とナディアが続ける。


「だから、欲しいものを手に入れるには、軍を持つのが一番よ。魔物を自由に操れれば、そうね、魔物に市民を襲わせて、それを私が救う。そうしたら、みんなが私を本当の聖女に推すと思わない?」

「馬鹿げてる!」


 瞬間、魔物の爪が、アンドレアを切りつけた。

 かはっと喀血して、アンドレアが膝を着く。


「アンドレア、傷が深い」

「こいつはここで消さなきゃだめだ」

「あはは、こいつ? 友達に向ってなんて言い草?」

「もう、友達なんかじゃねえよ」

「……あ?」


 ひゅおっと冷たい風が吹き抜ける。

 ナディアの魔法だった。しかし、ナディアは聖女であって、氷魔法は使えないはず。

 ばっとナディアが自身の右腕の装甲を取って見せる。

 鱗。

 人間には到底ありえないはずのうろこが、そこには生えていた。


「私はね、魔物を自分に移植して、成功したの。私は半分魔物。だからね、魔物兵の洗脳を、自分自身にかけることができるの。そして、悪魔の封印を解いたら、悪魔の半分を私の中に取り込む」

「なんで! ナディアはそんなことするような子じゃ……!」


 レイティアが叫ぶと、ナディアの動きが一瞬止まった。


「誰のせいだと思ってるの」

「え?」

「私はずっと、ずっと四人で仲いくしたかっただけなのに。みんな、レイティアが好きなだけだったのに。なんで、なんでクレスの気持ちも、アンドレアの気持ちも受け取らないの。私とだって、親友なら、相談してくれなかったの!」


 だから、死んで。

 ナディアの氷の魔法がつららになって、二人に向かって飛んでくる――しかし、アンドレアはレイティアをかばいながらそれをよけた。


「アンドレア! 逃げましょう!」


 腐っても聖女、レイティアの判断は正しかった。

 アンドレアは、先のクレスたちの転移魔法を模倣して、戦線を離脱した。

 アンドレアは、移動魔法でその場所から二十里離れた片田舎の、アンドレアの第二の隠れ家である洞窟にレイティアを避難させた。


「なんで……! あの場で俺がナディアを殺せば済んだ話だろ!」


 レイティアがアンドレアを見据えている。


「友達を殺す? アンドレアは私を鬼かなにかだと思っているの?」

「友達って言ったって……あんな奴ら」


 クレスもナディアも、まだ完全な悪に染まったわけじゃない。レイティアはそう信じている。

 レイティアはアンドレアの手を取り、


「私、私がもっと完璧な聖女だったなら、アンドレアをこんな目にあわせなくて済んだのに」


 アンドレアが首を振る。


「おまえは誰がなんと言おうと、聖女に間違いない」

「そう言ってくれるのは、アンドレアくらいだね」

「いいか。聖女というのは、心も強くなきゃならない」

「心」

「そうだ、心。おまえはいつも、自分を信じていない。悪女だったころのようにまでとは言わんが、もっと堂々としていればいい」


 うっと言葉に詰まって、レイティアは涙をこらえた。

 しかし、友達と殺しあうのも不本意だ。


「アンドレア。ここはいったん引いて、計画を立てよう」

「計画もなにも……」


 レイティアが唇をかみしめている。そこから血が流れ、アンドレアはおとなしくレイティアに従うことにした。

 レイティアは誰よりも平和を願っている。レイティアの予知で見た未来は、なんとしても避けなければ。



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