4-3、聖女がふたりいる理由
目を覚ますと、すでにアンドレアは支度を済ませていた。察するに、一晩中起きていたに違いない。
「よく寝てたようだな」
「や……アンドレアは寝てないの?」
「仮眠はとった」
「仮眠って」
アンドレアは普段から睡眠時間が短い。
ゆえに、座ったまま寝たり、周りの気配を察知しながら寝ることも日常だ。
だから別に、レイティアが気に病むことではないのだが、ここにきてようやくレイティアは、自分がどうにもお気楽であったことに気づいた。
「アンドレア、あの」
「今度はなんだ」
「あの、私。私の聖女の力って、どうやったら完全に扱えるようになる?」
レイティアはまだ、自分が聖女だという事実を飲み込めていない。だが、このままでは多くの人間に迷惑がかかる。
最低限、自分の身は自分で守れるようにならなければ、いつかはこのアンドレアを巻き込んでしまうかもしれない。
「知らん。そもそも、聖女なんてもの、なりたいのか?」
「なりたいもなにも。ならなければ、この国が大変なことになるし」
アンドレアがレイティアに背中を向けた。召使いが部屋に入ってきて、着替えを促したからだ。
体を清め拭いてから、下着を身に着ける。そのあとは、固いコルセット。
「いた、え、痛いです。これ付けなきゃダメですか?」
「大人はみんな付けますよ。王子さまの許嫁ならばなおさらです」
やはり、レイティアが聖女であることは、城の者たちは知らないようだ。
召使いがきゅっとコルセットを締め上げる。「ぐえ」とレイティアがつぶれたアヒルのような声を漏らした。
アンドレアが声をあげて笑った。レイティアは恥ずかしくて、顔を真っ赤にうつむいた。
「よくお似合いです、レイティアさま」
きつくきつくコルセットを締め上げた後は、動きにくそうなひらひらのドレス。朝ごはんを食べに行くだけなのに、ずいぶん大げさだなとレイティアは思った。
「できたか?」
背中を向けたまま、アンドレアが問う。
「できましたよ、王子さま」
侍女が答える。レイティアは声すらも出ない。コルセットが痛い、苦しい。
アンドレアが振り向く。きれいに髪を結い上げて、正装のドレスに身を包んだレイティアを見て、ほう、とアンドレアが声を上げた。
「馬子にも衣裳だな」
「はいはい、そうですよね。私みたいな人間にはもったいない服ですよ」
髪には宝石の髪留めを挿して、ドレスはシルクだ。とろりとして肌触りが好い。
しかし、足にまとわりついて動きにくい。そのうえ靴は高いヒール。
「ほら」
召使いが部屋のドアを開ける。それに合わせて、アンドレアがレイティアの隣まで歩き、肘を曲げてレイティアにつかまるように促した。
なんてスマートな。腐ってもこの国の王子なのだとレイティアは思った。
「いえ、大丈夫です」
カツ、と一歩踏み出して、さっそくレイティアはドレスの裾を踏んだ。転びそうになるところを、アンドレアに支えられる。
「だから言っただろ」
「でも、でも。アンドレアと腕を組むなんて、無理」
「無理もなにも」
ぎゅっとレイティアの手を取って、アンドレアがレイティアの手を自分の手に絡ませる。
しかし、一歩を踏み出した時点で、レイティアの足が止まった。
いつものドレスなのに、きつい。
成長期の体には、ことさら栄養が必要らしい。レイティアは貴族学院に来てから、食べ物がおいしくて仕方がなかった。
「あ、あの!」
レイティアは意を決してアンドレアを見上げた。
「ドレスのサイズが合わず……きつくて」
「なんだよ、ドレスがきつい?」
「ご、ごめん! 太った……みたい……で……」
しりすぼみに声が小さくなった。恥ずかしくて消えてしまいたい。
そもそも、アンドレアが城に持ってきたレイティアのドレスというのが、レイティアが入学時に着ていたもの――もう半年以上前の体型に合わせたドレスだったのだ。
成長期のレイティアにとって、それはいささか窮屈だった。特に胸が、収まらない。丈も、くるぶしが見えてしまう。これでは正装にふさわしくない。
「申し訳ありません。やせます、やせるので!」
「いや……そうか、おまえまだ、成長期か……」
アンドレアがそろりとレイティアを見た。毎日一緒にいるとわからないのだが、確かに幾分か大人びた顔つき、体つきになった気もする。
まだまだ子供だと思っていたが、人間の成長とは早いものだ。
「じゃあ、今日はドレスの採寸に行くか」
「間に合う? ナディアたちは今も……」
「襲うならもう襲われてるはずだ」
アンドレアが言うには、ナディアたちはレイティアが『完全な』聖女になるのを待っているらしい。
その時、不本意にもレイティアのお腹が鳴った。
「私やっぱり食べすぎ?」
「いや。俺もおまえくらい食べるし、成長もした。だから、謝るなって」
「そうはいっても……やっぱり、お肉がついた気がする。おなかに、このお腹に……!」
ふにふにと自分のお腹をつまむレイティアだが、アンドレアはどこに視線を向けていいのかわからなかった。
自覚するととんでもなく気まずいのだ。レイティアはいつの間にかこんなにも大人に近づいた。
女は男よりも遅く成長期が来るのだと聞いた。しかし、たった半年でここまで変わるなんて、アンドレアも予想外だった。そして、レイティアも。
「やっぱり、成長期にかなり成長するみたいね」
「なんだその、自分の体を客観視しているのは」
「いや、借り物の魂かもしれないと思い出したから」
そうだ、レイティアはある日を境に別人になった。また以前のような悪役令嬢に戻るかもしれないというのに。
「どうかした?」
「いや……俺は外にいるから、ドレスの商人が来たらドレスを頼め。採寸が済んだら呼べ」
はあい、と返事をして、レイティアの部屋に服屋が入り、服屋のおかみに採寸された。
「あらまあ、半年でここまで成長なさったと? なら仕立ても少し大きめにしておきますね」
「あ、はい」
「胸が大きいのは好いことですよ。ああ、王子さまはお胸が大きな女性がお好みと聞いたけど、その片鱗を見抜いておいでだったのかしら」
「ええ、ちょ。いや、違くて」
「違うのですか? あなたさまは王子さまの許嫁だと聞きましたが」
「そ、そうなんですけど!」
あのアンドレアが胸の大小で許嫁を選ぶわけない、と言いたかったのだが、服屋のおかみがにこにこと世間話をやめないため、レイティアが訂正することはついぞなかった。
そんなこんなで、新しいドレスに身を包み、城で大々的に国民に知らしめられた聖女が、かの悪役令嬢レイティアだということはだれもが驚くところだった。
王さまは最終的に、レイティアを国民に知らしめる決意を固めた。
聖女聖別から時間が経つし、現聖女が次代の聖女の教育を終えた、とは、国民みなが知るところだったからだ。
とはいえ、その聖女がレイティアと知り、国民は不安を顕にした。
しかし、最近のレイティアのうわさも聞いているため、好意的な意見も散見される。
「はあ、疲れた」
「ああ。これで心置きなく、悪魔の封印にかかれるな」
そうはいっても、なにか宛はあるのだろうか。
「アンドレア。悪魔の封印って」
「ああ。それは、本来悪魔を封印するのは聖女の役目。その聖女が封印を解けば、悪魔は復活する」
「……あ! つまり、ナディアが悪魔の封印を……?」
「そうだ。それでも、今回の聖女は運よくか、『ふたり』。つまり、悪魔の封印が半分しか解けていないのは、おまえの存在があるからだ」
それなら、レイティアはどうしたらいいのだろうか。
うんうんうなるレイティアに、アンドレアが一筋の光を見出す。
「ナディアを説得して、再び力を合わせて封印することはできれば、悪魔も、それに伴う魔物も、封じることができるだろう」
「じゃあ……!」
「ああ、ふたりを探そう。そんで、納得するまで殴り合いだ」




