4-2、おまえを許嫁にした
城につくと、初老の男性が出迎えた。
「なにをしている、この国の王さまだ」
アンドレアがとげとげしく言った。レイティアは一拍遅れて理解して、王にひざまずいた。
「お、王さまとは知らずに……」
「よい。して、おまえ、名は」
名は。
レイティアは恐る恐る面を上げる。王の表情は柔らかく、慈愛に満ちているようにレイティアには感じた。
「レイティアと申します」
「レイティア……? あの?」
「え、と。はい、悪女の」
「そうか。聖女レイティア」
王がレイティアの名前を厳かに呼んだ。レイティアの名前に『聖女』の称号を冠するのは慣れそうにない。
「アンドレアからおおよその話は聞いた。おまえには聖女の力があると」
「それは……」
てっきり、悪女だと罵られるかと思ったが、王さまはココロの広い方だ。
「アンドレアのたっての希望で、アンドレアの許嫁として過ごすがよい」
「え、待ってください。許嫁として?」
「さよう。おまえがまことの聖女なのか、わたしとしても確かめたいところだ。もしも聖女ではなかった場合、アンドレアからも聞いているだろうが、おまえは素性がわからぬものゆえに、わたしのほうでも手に余る」
つまり、やはりレイティアは処刑されてしまうということだろうか。悪役令嬢が聖女だなんて、誰がどう考えてもおかしな話だ。
「だが、悪魔を封印出来たら、わたしも国民も、また話は変わってくる」
「そう、ですね。王さま、私は処刑される、のですか?」
「いや。おまえが聖女ではなかった場合も、生かしておくことになるだろう」
「それは……」
なぜ。とレイティアが聞く前に、
「俺がおまえの身元を引き受けることにしたんだよ」
「え。と、え?」
「つまり、おまえが聖女だろうがそうでなかろうが、おまえは今後、俺の許嫁という名分で、この世界を生きられるように計らった。幸い、それだけの能力をおまえは持ち得ているわけだし」
えええ、とレイティアが大げさにかぶりを振った。
「アンドレアの許嫁だなんて、そこまでお世話になるわけにはいかないわ」
「いかないもなにも。そうしなきゃおまえの生き残る道はない。許嫁ってだけで、婚姻はしない。もとより、俺が誰と結婚しようが婚約しようが、この国では誰も興味がないことだ」
王が隣で渋い顔をしている。
レイティアはあわあわと立ち上がって、ダメです、ダメです、と繰り返す。
「ダメもなにも、おまえは死にたいのか?」
「それは……私だって死にたくないけど。アンドレア、仮にも一国の王子さまが、そうやすやすと許嫁を作ったり、もしかしたら婚約を破棄したりできるの?」
漫画や小説ではよくある話だけれど。とは言わなかった。
「おまえ、俺の話を聞いてたか?」
「国民がどう思おうが私も気にしません。ですが王さま……アンドレアのお父さまである王さまが、こんなにも憂いるお顔をされては、私だって黙っているわけにはいきません」
ふっとアンドレアが王のほうを見る。王の顔が一瞬だけ曇ったように見える。
「だからって、俺よりもおまえ。さっきの魔物たちは俺じゃなくおまえを狙って襲ってきていた。察するに、おまえが聖女だから、魔物としては今のうちに処分するつもりなんだろ」
訳が分からない。先ほど襲われたのは、レイティアのせいだというのだろうか。そもそも、アンドレアは魔物との戦闘に慣れていた。それは、アンドレアが少なくとも悪魔に関する知識があるからだろう。
訊きたいことが山ほどあって、レイティアは言葉に詰まってしまう。
「わたしとしては、アンドレアにこのようなことをさせるのは本意ではない」
王の顔がゆがんだ。
アンドレアの剣の実力を知るのは、この父王のみなのだ。
「でも、私」
「あー、さっきからおまえはうるさい。俺がそうしていいって言ってんだから、おまえはおとなしく従っとけ」
「だそうだ。わたしからも頼む。息子を見守ってほしい」
父親らしい、慈愛に満ちたほほえみを湛え、王がレイティアに耳うちする。
「アンドレアがだれかを傍に置くなどと言い出したのは初めてだ。よほどそなたを気に入っているのだろう。息子を頼む」
そこまで言われて断るほど、レイティアも鬼ではなかった。
久々の帰省なのだからと、王の押しに負けてアンドレアは一晩だけこの城に泊まることになった。しかもレイティアと同じ部屋だ。
「なんでアンドレアと同じ部屋なの」
「現状、聖女を守るにはこれが最善策だろ」
「それなら、お部屋の入口に兵のかたがいるのに」
「おまえ、魔物がどれほど恐ろしいか知らないだろ」
アンドレアの話によれば、アンドレアを襲った魔物は、普段アンドレアが対峙している魔物とは比較にならないほど弱いらしい。
だとしたら、それにすら負ける国一番の魔法使い一行もいかがなものかとは思うのだが。
「そもそも、俺やおまえを襲う魔物は、そこいらの魔物とは一線を画す」
「なぜ」
「俺はともかく……おまえの聖女の力。聞いた話、歴代最強。いずれその力が完全に使えるようになる日が来る。少なくとも俺はそう踏んでいる。ならば、その『いずれ』が来る前におまえを処分したい。魔物――クレスとナディアの考えるところはそこだろう。だから、より強い魔物をおまえに襲わせるのは自然な流れだろ」
うーん、とレイティアがうなる。
「でも、聖女ってなんで魔物に疎まれているの?」
アンドレアが「嘘だろ」と言いたげな目をレイティアに向けた。仕方がないじゃないか、レイティアは聖女について教育を受けてこなかった。
「それは、聖女が悪魔を封印できる唯一だからだ」
「悪魔……って、クレスが封印を半分解いた?」
「ああ。この国は代々の聖女の加護魔法のおかげで、悪魔を封じてきた。その加護魔法がなければ、悪魔たちは人間を襲いたい放題できるってわけだ」
うーん、とまたレイティアがうなっている。面倒くさそうにアンドレアがレイティアのほうに目配せする。言いたいことがあるなら言え、と。
はあ、とため息ひとつ、アンドレアはベッドの上に寝転んだ。
「あの、アンドレア」
「なんだ」
「やっぱり、部屋はべつがいいな、なんて……」
またため息をつかれて、レイティアは困惑した。
「おまえ、危機感なさすぎだ。今日はもう遅い。寝るぞ」
結局、レイティアはベッドで、アンドレアはソファで眠りにつく。疲れているはずなのに、眠気なんて一切来なかった。
許嫁だと言ったって、そんなこと嘘でも言わないでほしい。いや、そうでも言わなければレイティアはあきらめがつかなかったかもしれないが。
改めてアンドレアの顔を見ると、ひどく端正な顔つきだ。
切れ長の目と、サファイアの瞳と銀の髪の毛。身長も高く、鍛えられた体。
目に毒だ。こんな完璧な人間がいてたまるか。
ふかふかの布団は、だけれどレイティアには居心地が悪くて、なかなか寝付くことができなかった。




