4-1、王城へ向かう道のりにて
四
結局のところ、予知は変えられなかった。クレスの闇落ちだ。
しかし、変わったこともある。
クレスの闇落ちのそばには、いつも悪役令嬢レイティアの姿があった。それが今は、ナディアがその座にいる。
「アンドレア、気を落とさないで」
「そういうおまえは、余裕だよな」
「……私の聖女の力は、予知なの」
嘘は無駄だと踏んだ。だから、レイティアはすべてを話した。
クレスはナディアを思っていたけれど、アンドレアを選んだから闇落ちしたこと。そのそばには、悪役令嬢レイティアがいたこと。
そして、アンドレアとナディアは心通わせ、闇落ちしたクレスとレイティアを断罪したこと。
「それを変えたくて、私は動いていたの」
「……それ、もしかしたら俺だった可能性もあるんだな」
「え?」
アンドレアが言うには、つまりもしも今回の聖女聖別で、クレスがナディアではなくレイティアの騎士に選ばれていたら、闇落ちしたのはアンドレアのほうだったのだと。
「なんでそうなるの?」
「おそらくその予知の中のクレスは……おまえがこの世界を嫌っていたから、悪魔との契約を結んだ。おまえを、好いていたんだ」
「え、でも。じゃあ、今回は」
「今回は、おまえが手に入らないから、悪魔に手を出した。そして、ナディアは――」
ナディアは、レイティアに並々ならぬ感情を抱いていた。友達、親友、なんでも話せる人。
恋人よりも深いえにし。同じ聖女。
だから、クレスに協力するに至った。実質、レイティアがアンドレアの――王子の妻と決まったようなものだからだ。
「そんな……じゃあ、今までのことも、予知も……元凶は私……」
変えられない運命というものが存在するらしい。
レイティアの目から、しずくがこぼれた。アンドレアはそれを、優しくぬぐう。
「大丈夫だ。まだ、悪魔の封印は半分しか解けてない」
「でも」
「俺がおまえを守る。おまえの聖女の力で、悪魔を再封印するんだ」
アンドレアがレイティアの頬に触れる。暖かいてのひら。
レイティアの冷えた手が温められる。
「レイティア。やるんだ。やらなきゃ、世界が滅ぶ」
「でも」
「でもじゃない。じゃあ、おまえは聖女の責務を放棄するのか?」
「そもそも、私は聖女になる予定なんかなかった」
そうなのだ、ことがこじれたのは、レイティアが聖女になってしまったことが発端なのだ。
しかし、アンドレアはレイティアの頬を包み込んだまま、笑った。
「予知夢も、今も。なにひとつ変わらない。クレスも、俺もナディアも……悪役令嬢だったころのおまえに、ひかれていた。だからこうやって、運命を変えてなお、同じことが起こった」
「待って、じゃあ、私のせいで」
「せいじゃない。ただ、悪魔の再封印は、避けて通れない道なんだ。おまえにしかできないことなんだ」
そんな身勝手な。
しかし、ここはもう、腹をくくるしかなかった。
魔王の封印の前に、ふたりは当面のやることがあった。
まずは王さまへのあいさつ、それから、聖女が二人いたことを隠すために、レイティアだけでも国民に知らせる必要があった。
アンドレアは、城で退屈しないようにと、レイティアのそばにいつもいてくれる。
「あの」
「なんだ」
「アンドレア、は……なぜ私を助けるの?」
おずおずとレイティアが聞けば、アンドレアが外の景色に目を向け、口を開いた。
「俺と同じだからだ」
「同じ?」
「俺は王子だから、孤独だった」
こてん、と首を傾げるレイティアに、アンドレアはまた、ため息をついた。
「おまえは悪女と誤解され孤独だった。俺と同じ、一人ぼっちだ」
先程、レイティアを世話したアンドレアの配下の魔法使いたちが、ひそひそ耳打ちしていた言葉を思い出す。
「なぜあの悪女が聖女に?」
「レイティアさまがナディアさまをそそのかしたのでは?」
「そそのかされたのはクレスさまのほうだろう」
つまり、そういうことだ。
アンドレアは配下の魔法使いをにらみ、レイティアと馬車に乗った。
今は真冬だ、風が気持ちいい。
ガタゴト、ガタン、馬車が揺れる。それがいきなり、止まった。馬がいななく。
「王子さま、お逃げ下さい!」
御者がアンドレアに声をかけた時には、すでに馬車は魔物に取り囲まれていた。
「くそ、なぜだ」
「アンドレア?」
「逃げるぞ」
アンドレアが剣を片手に馬車からおりる。レイティアの手を取り、馬車の外に出る。
アンドレアが剣を握る。
レイティアは気づく。アンドレアは魔物に対峙することに躊躇いがない。まるで日常茶飯事とでもいうように。そもそも、出会った当初から剣の腕は確かだった。
「まさか、魔物の狙いは俺じゃなく、聖女か……?」
「え、私?」
「おまえ、俺の後ろから離れるなよ?」
「でも、敵の狙いが私なら、アンドレアが」
「おまえも俺の実力は知っているだろう? 剣技には自信がある」
レイティアをかばいながら、アンドレアが剣を振るった。瞬足で一匹、二匹。
このアンドレアは王子にしては強すぎる。それは、初対面で剣を交えたから痛いほどに知っていることとはいえ、レイティアは守られるだけの存在になってしまった自分が悔しかった。
十数匹の魔物達が一瞬にして切り捨てられ、返り血を浴びたアンドレアはまるで、鬼神のようだとレイティアは思った。
「王さまのご意向がまるでわからん。悪魔の封印が半分解かれた今になって、城にあいさつに来いなどと」
レイティアの心根は知ってしまったはずなのに、やはり何回考えても、納得できない。
もしもレイティアがただの悪役令嬢だったらと、何度も思ったくらいだ。




