3-7、すべてを仕組める人間は
有名どころの料理をすべて食べ終えて、お腹がはちきれんばかりに苦しかった。
帰りの馬車では、アンドレアは居眠りなどせず、真剣な面持ちでレイティアを見守っている。
その、肝心のレイティアはというと。
「腐葉土が毒。だったら、これを持ち込める人間……」
「なんだよ、考え事か?」
馬車は、レイティアとナディアは別々のものに乗っている。
実質、旅行先でまた、二人はしばらくの別れなのだ。
レイティアは思案する。まだ憶測の段階ではあるが、アンドレアには話しておかねば。
「農夫さんに聞いたの。じゃがいもが毒になる方法」
「なにが原因だったんだ!?」
前のめりに聞かれて、レイティアはやや驚き表情を見せた。
アンドレアがこれほどまでに必死になる理由はなんだろうか。
「あ、やっぱり巻き込むのは」
「なんだよ、そこまで言っておいて。大体、毒の件が明かされなきゃ、いつまでもいまえが疑われるんだから……」
つまり、アンドレアはレイティアを案じてくれているらしかった。
しかし、この話をするのは気が進まない。進まないけれど、この件はおそらく。
「じゃがいもの毒が、腐葉土からのものだったら? もしくは毒花からの腐葉土だったら?」
「腐葉土? 毒花? なるほど、それならじゃがいもに毒を含ませることも、あのパーティで毒を盛ることもできるな。問題はだれがそれを仕組んだか、か」
レイティアには、もう、思い当たる人物が思い浮かんでいる。けれど、そこまではアンドレアに明かすつもりはなかった。
「……アンドレア、早く国に帰ろう」
腐葉土が毒だったら。
同じ原理で、花が、毒草だったら。
だったら、あの城での毒も、ナディアの毒も、説明がつく。
レイティアの顔に焦りがにじむ。しかし、ナディアとクレスには、『それがない』。あの毒に倒れた本人なのに、原因究明に消極的だ。それはやや不自然だ。
レイティアは、とある仮定を立てる。
「私、悪魔の封印を解く方法、知っているんだ」
城に帰ったあるとき、レイティアがだしぬけに言った。周りには、ナディアとクレス、大臣や騎士たち、元同級生がいる。
今日は貴族学院の進級祝いで、王さまが学院の生徒を城に招いた。懐かしい顔ぶれが揃うからと、レイティアとアンドレア、クレスとナディアも同席していた。
旅行からは一ヶ月が経っていた。
そんな場で、レイティアはなにを考えているのか、先の発言である。
みながレイティアの言葉をわらっている。
「やはり、悪女だから知ってるのか」
「そもそも、レイティアさまが封印を解いたのでは?」
その時、ある人物が、その指を小刻みに動かしていることをレイティアは見逃さなかった。
外れていてほしかった。
「私、城で聖女の教育を受けてるときに、現聖女さまから、悪魔の封印の解き方の大事な書類を託されて。部屋の金庫に入れてて。早く帰って、それを別のもっと安全な場所に移さないと」
「金庫なんだから、大丈夫なんじゃないのかい?」
食いついたのは、アンドレアだった。レイティアの意図を組んだのだ。
「いいえ、金庫の鍵は……水槽の中に隠しているから、勘のいいひとはすぐに見つけるし。ああ、私って本当に聖女失格」
そうしてその一週間後、城の一角のレイティアの部屋の金庫が破られたのだった。
むろん、金庫の中に、悪魔に関する書物なんてない。
「レイティア、金庫破りって聞いたけれど……」
「うん、やっぱり誰かが悪魔の封印を解きたいらさくて」
騒ぎを聞いて、駆けつけたのはナディアだった。
しかし、レイティアは見逃さない。ナディアのドレスの袖が、変色している。
染料が、アルカリに反応して縮んでいた。
「この金庫を開けたのは……ナディアでしょう?」
前置きもせずに、レイティアは核心をついた。ナディアは動揺するわけでもなく、はは、と笑った。
「レイティア。私がなんで?」
「それは……でも、ナディア。そのドレスの袖」
ナディアが両手をとっさに後ろに隠した。
「これは、洗濯係が、失敗して」
「そう……じゃあ、これを塗布してもいい?」
それは、なすの皮からとった色素だった。
金庫の鍵を取る際、水槽に手を入れたら、袖は濡れる。そして、水槽の中の水は、温泉水。つまりアルカリ性。
だから、ドレスの袖が縮んだ。
ダメ押しに、なすの色素を塗布すると、袖が紫から青に色が変わった。
つまり、ナディアな金庫の鍵を取るために、レイティアの部屋にある水槽に手を入れた証拠だった。
「な……図ったの!?」
「じゃあ、本当にナディアが……」
その時、ナディア直々の騎士であるクレスが一歩、前に出た。
その顔は、笑っていた。
「レイティア」
呼ばれた声は、クレスのもののはずなのに、どこかまがまがしさをはらんでいた。
クレスの姿が、黒く染まっていく。
頭の片方から伸びる角――悪魔のそれ。
「クレス……闇落ち、したの?」
レイティアの足から力が抜ける。すんでのところでアンドレアが支えて、レイティアはクレスに向き直った。
「ああ、レイティア。俺はレイティアが好きだったのに。レイティアはいつも、アンドレアのことばかり。ダメ押しに、アンドレアがレイティアの護衛騎士になんてなるから」
すべては、レイティアへのゆがんだ愛だった。
そして、それに乗ったのがナディアだ。
ナディアは、城での毒の事件で、レイティアの素質を確かめた。聖女の資格だ。
そして、ナディアはレイティアの回復魔法の力に安堵した。自分と同じ、聖女になるべき人間。愛している、親友。
それなのに、アンドレアがいつもレイティアの気を引いてやまない。
気づかないのはレイティアだけなのだ。
クレスだって、レイティアに気持ちは伝えていたのに、いつもレイティアはアンドレアのほうばかり見ていた。
「レイティアが悪いのよ」
「ナディア」
「四人で仲良く。できないのなら、こんな世界、いらない」
だから、悪魔の封印を解こうとした。
しかし、その封印は半分しか解くことができなかった。それは、聖女が二人いたからだ。
本来聖女は一人。その力をもって悪魔を封じる。しかし、次代の聖女は二人ゆえに、悪魔の封印を解くにも、二人の聖女の力が必要だった。
「あはは、ばれたら仕方ないわ。クレス、行きましょう」
「待って、ナディア!」
しかし、ふたりはどこへともなく転移魔法で消えていく。
レイティアはその場にへたり込んだ。
どうあがいても、クレスの闇落ちは防げないらしい。
「私が……聖女になったからっ……!」
がん、と床をたたいて、レイティアは涙をこぼした。アンドレアは唇をかみしめて、護衛の剣を強く、強く握りしめるのだった。
その後、クレスとナディアが聖女の城から抜け出したと王さまにも報告が入る。
二人は、悪魔の封印を解き、この世界に再び混沌をもたらしたのだった。




