3-6、つかの間の平和
次は甘いものをということで、胡麻団子を食べた。
アンドレアは正直、先ほどの小籠包は、気が気じゃなかった。レイティアに申し訳ない気持ちと、レイティアを妙に意識してしまう自分。
レイティアにとって、自分はどんな存在なのだろう。自分にとって、レイティアはどういう存在なのだろう。
「わ、甘くておいしいね。私胡麻団子って好き」
「うん、甘くておいしいね。それに、レイティアと
食べるからなおのことおいしい」
ナディアが先ほどから、レイティアの隣を独占している。
レイティアは、胡麻団子をほふって上機嫌だ。
「あいつら、本当に仲いいよな」
アンドレアがクレスに耳打ちする。
「そうだね。あの二人は、特別な縁だ」
クレスの声に張りがない。相当疲れているようだった。
歩きながら胡麻団子を食べて、混む前に昼食にしようという話になった。
露店の飲食店のうち、全部の地方の料理が頼める店をピックアップして、アンドレアとレイティア、クレスとナディアは腰を据えた。
「なんか……素朴な店構えだね」
レイティアは興味津々だ。
「そうね。イグリス王国にはない雰囲気」
ナディアも店を見渡した。
田舎の食堂のような雰囲気だった。客層は、アンドレアたちと同じ観光客と、東洋語を話しているおじさんたちが、昼間から酒盛りをしている。
「紹興酒飲みたかったけど……さすがに未成年だし、外だからな」
アンドレアがメニューを見ながらつぶやく。
「なにそれ、イグリス王国だったら飲むみたいな言い方じゃない」
「え。普通に飲むだろ。外交もあるし。おまえは飲んだことないのかよ?」
未成年の飲酒は法律で固く禁止されている。しかし、それを二十歳まで律義に守る人間もいないだろう。少なくともアンドレアは、何回か親と一緒に外交で酒を飲んだことがある。
「最低だね。アンドレア。見損なった」
「待て。え、俺が普通で、レイティアが優等生なだけだからな?」
「ふん」
ふいっと顔をそらされてしまう。どうやら機嫌を損ねたようだ。レイティアはたまに、不機嫌になる。
「オマチドサマ」
「あ、ありがとうございます」
ナディアは礼儀正しく礼を述べた。
「わあ……!」
料理が運ばれてくると、レイティアの表情は一変、満面の笑みになった。
「レイティアだって、食い意地……」
ナディアとアンドレアの言葉が重なった。
「もう、いいじゃない。上海ガニって初めて。麻婆豆腐も角煮もおいしそう」
テーブルに備え付けの割り箸を一膳取って、レイティアとナディアは「いただきます」ふたりで声をそろえ、まずは上海ガニに箸を伸ばした。
「ん……! 甘い! 濃厚! イグリスの蟹とはまた違ったうまみがあるわね……!」
「うん、これをあんかけにしているのもいいね。蟹のうまみが凝縮されてる!」
次に麻婆豆腐。取り分け皿にレイティアが取り分けていく。
取り分け用のレンゲは、イグリスのスプーンよりも深さがある。
「うん、ホワジャオのいい香りとピリッとしたうまみ……本場の豆板醤の深み……おいしいわね」
常々思っていたが、レイティアの料理の腕はなかなかのものだ。だから、一つ一つの料理への分析も鋭い。
レイティアがまた、麻婆豆腐を口に入れる。しかし、いかんせん辛い。
ホワジャオは辛味というよりは痛みだ。そもそも、唐辛子などの『辛味』は正確には味覚ではなく痛覚なのだとレイティアが笑った。
その辛味。ホワジャオの辛味は舌をしんしんピリピリさせる、今までに経験したことのない種類の辛味だった。
「私水お代わり。アンドレアは?」
「俺も」
レイティアが自然な流れでウェイターさんを呼び、水のお代わりを頼む。
水を待つ間は、豚の角煮を食べることにした。口に入れて咀嚼する。
「わ、香りいい。八角かな」
レイティアに、答えるのはやはりナディアだった。
「うん。ほかにはなんだろう」
「クローブと……あと甘み付けは普通の砂糖のほかに三温糖かな」
レイティアが味の分析をする。アンドレアはレイティアの楽しそうな様子をにこやかに見ているのだった。
昼食を終えて、少しだけ食休みに歩くことにした。
露店の近くにある土産屋に向かう。
「わ、西域の魔除けだって」
「あー、なるほど。そういうのもあるのか」
土産屋に着いて、四人は景色を楽しむより先に、お土産コーナーに足を向けた。東洋名物、西域、その他たくさんの国々のお土産の数々に、荷物が重くなることを気にする様子もなく、アンドレアが商品を買っていく。
その間に、レイティアは、土産屋に出入りする農夫を捕まえる。
「あの」
「ワタシ?」
気のよさそうなおじさん二人組だった。
「あの、じゃがいもが毒になることって、ありますか?」
「緑のじゃがいも?」
「いえ、緑でもなく、芽でもなく」
うーん、と農夫が首をひねる。やはり、なにも得られないのだろうか。
しかし、新たに入ってきた農夫が、
「毒の花は毒を持つよ。だから、毒の花か――植物を腐葉土にしたら、毒を吸った植物は毒になる。って、今年は腐葉土農家に毒草混じって、騒ぎになってるよ」
「……! 腐葉土……!」
そういえば、学院の畑に行ったとき、腐葉土のにおいが強烈に匂った。
あれが、毒草の混じった腐葉土だったら。
それに、はからずも、王さま主催のパーティーでの件も、答えが出た。
あの場で毒に倒れた人間は、はちみつのラスクを食べていた。
「あ、ありがとうございます!」
レイティアは土産もそこそこに、土産屋を出る。
外に出て、向こうに見える海にこぶしを向ける。
「あとは、その腐葉土をだれが作ったか」
「ひとりでなにたそがれてんだよ」
初冬の外は、やや肌寒い。露店は海が近いため、余計に。
アンドレアは気持ちばかりの温かいコーヒーをレイティアに買って渡した。
「ありがとう。アンドレアってそういうとこあるよね」
「そういうとこ?」
レイティアが一口、コーヒーを飲んだ。
「無意識なやさしさ」
「なにそれ。初めて言われたんだけど」
アンドレアもまた、土産屋を遠めに眺めながら、コーヒーを飲んだ。そののち、ばれないようにため息をついた。
隣に立つレイティアを覗き見て、妙に胸が騒いだからだ。
レイティアは友人だ。同士だ。聖女だ。同じ孤独を共有できる、仕事仲間だ。
それ以上でも以下でもない。
「じゃあ、そろそろ露店戻ろっか」
「あ、うん。レイティア、は」
「うん?」
今、楽しいか? なんて、聞けるはずがなかった。
聖女になって、自由は奪われた。
今日はアンドレアが無理を通して外出の許可を得た。
だから、レイティアがこの旅行を手放しに楽しんでいるかと言ったら、きっとそうじゃない。それはナディアも同じく。
だからレイティアは、お土産を買うこともしないし、時折なにかを考えこむ。
「次、なに食べるんだよ?」
結局アンドレアは、そんな無難な言葉しかかけられない。
レイティアが笑う。
「エビせんべいと、ふかひれと北京ダック。今日のメインディッシュ」
「はは、まだまだ腹は余裕ってか?」
「アンドレアこそ、まだまだいけるでしょ?」
ふたりで顔を見合わせて、笑った。この時間が永遠に続けばと、レイティアがそう思っていたことを、アンドレアは知らない。
少しだけ雰囲気のあるお店に入り、アンドレアは背筋をただした。ナディアもクレスも、心なしか緊張している。
さすが北京ダックやフカヒレスープが供される店とあって、その雰囲気は昼食を食べた中華店とはだいぶ違った。
回転テーブルに、まずはフカヒレスープが運ばれてくる。
「わ、大きいね」
「だな。香りも」
透き通った黄金色のスープに、手のひらより大きいフカヒレが鎮座している。
フカヒレは大型のサメのヒレを干したもので、世界三大スープと呼ばれている。
残りは、タイのトムヤムクン、フランスのブイヤベース、ロシアのボルシチだ。四種類あるが、この四つが主な世界三大スープと言われる。
丁寧に取られたであろう鶏ガラスープに本場東洋の調味料で絶妙に味付けされている。酒、オイスターソース、醤油。
アンドレアとレイティアは、大きなフカヒレをレンゲですくい、口に入れた。
繊維がホロホロと崩れて、コリコリした食感。スープの味が染み込んでいて、黄金の旨みの塊。
「うまいな。俺、フカヒレって初めて聞いた。サメの鰭? なんでも食えるんだな」
「ね、びっくり。私も初めて。ナディアは?」
「私? 私はね、東洋には結構通じているのよ」
ナディアの実家は農夫なのだ、とナディアが笑った。
だから、農業の技術を東洋に学びに来ることも多いのだとか。
「王さまに献上する腐葉土も、うちの父が経由しているの」
「へえ、すごい。ナディアっていろんなこと知っているから不思議だったけれど」
レイティアが感心すると、ナディアは照れ臭そうに顔を赤らめた。
そのあとは、無言。スープを飲んで、フカヒレを食べて。おいしいものは人から言葉を奪う。
フカヒレスープだけでもかなりのボリュームだ。
「ふぅ。さて」
しかし、ここからが本番だ。
メインである北京ダックが運ばれてきて、レイティアが声にならない悲鳴をあげた。
アヒルを丸ごと炉で焼く料理である北京ダックは、アヒルの形がそのまま残っていたからだ。それが命をいただくということだとしても、レイティアには少しだけショッキングだった。
「すごいな、あれ。皮だけ薄く削ぐ技術」
クレスはその、ナイフに興味があるようだった。さすがは騎士である。
「うん、すごいね」
対して、レイティアの声はやや上ずっている。
北京ダックは、宮廷料理になるとそれは凄い。なにしろ、アヒルのすべてを余すところなく食べるのだ。
皮を削いだあと、残った肉は肉料理にし、骨は出汁を取るのに使う。
この骨で取った出汁は白濁した鴨湯となる。このヤータンにはアヒルの舌を入れることもあり、アヒルは残すところのない食材なのだ。
今日はアンドレアとレイティア、クレスとナディアの四人のため、アヒルは一匹で頼み、前菜とスープ、揚げ物がついた。
それらはすべて、アヒルを用いた料理で、アンドレアもレイティアも、この『余すところなく使う』精神に感嘆していた。
北京ダックの皮がすべて削がれ、いよいよ実食だ。
薄餅と呼ばれる、小麦粉を薄く焼いた皮に、ネギ、キュウリ、甜麺醤と北京ダックを乗せて巻いて、アンドレアは大きな口でかぶりついた。
レイティアも同じくかぶりついたが、反対側からキュウリが飛び出していた。
「んっま! パリパリの北京ダック、ネギとキュウリがいいアクセントになってる。甜麺醤も甘くてうまい!」
「うん! これは間違いないわね!」
アンドレアはばくばくばく、と三口で食べて、傍らレイティアは、小さな口で苦戦している。
北京ダック単体でも食べてみる。アヒルの独特のクセが、炉という窯で焼くからか、うまみが凝縮されている。
甜麺醤のコクも深い。甜麺醤はそら豆を発酵させた甘味噌だ。東洋では味噌は貴重な調味料らしい。発酵した味が癖になる。
食材もそうだが、特に発酵食品はその国の気候に大きく左右される。
「ふー、うまかった」
「ね。もうお腹いっぱい」
料理屋を出て、レイティアたちはまた歩き出す。
「でさ、次はなに食べる?」
「アンドレアまだいけるの?」
「レイティアだって、まだいけるだろ?」
ふっと笑いあって、ふたりはまた、露店を散策する。懐事情も考えて、主に出店の料理を楽しむことにした。
四人で異国情緒に触れ合いながら食べる料理は、なによりも美味しかった。




