3-4、聖女とて無力
熱が下がり、レイティアとナディアは、現聖女から聖女のたしなみをあらまし教えられる。
そして、ようやく聖女としても第一歩として、前線に出されることとなった。
ナディアは国境の加護魔法を、レイティアは戦争の負傷兵の回復を。
レイティアは、きっと世間知らずな少女だった。
「治ら……ない」
「聖女の力とて万能ではありません」
現聖女に連れられて、負傷兵を治癒する。しかし、体力が限界を超えた兵士に回復魔法を施しても、手遅れだった。
回復魔法は、生来の生命力に作用する。
生命力が枯渇しかけた人間に、どんなに強力な魔法をかけたって、それは意味をなさない。
レイティアの目の前で、負傷兵の男が、死んだ。
「見るな……!」
ともに来ていたアンドレアが、レイティアの後ろから右手で目をふさぐ。
死にゆく負傷兵の、未練の顔。死に顔には後悔しかなく、それをアンドレアは、レイティアから隠した。
しかし、現聖女がアンドレアの手をはがす。
「直視しなさい」
レイティアは、死した負傷兵から顔をそらしていた。しかし、そろりとその顔を負傷兵のほうに動かす。
息をしていない、唇の色がどんどん薄くなっていく。
目は半開きで、すでにハエがたかっている。
吐き気を催して、レイティアはその場から走り去った。
負傷兵のいるテントを飛び出し、木陰でレイティアは、食べたものを吐き出した。
「救えなかった」
だったら、自分が聖女として生きる意味なんてあるのだろうか。
自分の力は万能だと、どこかでおごっていた。
剣の腕だって、誰よりも強い自信があった。
レイティアはいつだって、努力すればなんでも手に入れることができた。
友達にも恵まれた。
依然、レイティアを悪役令嬢をさげすむ人間はいるけれど、それでも自分は、誰かのためになっているのだと、思っていた。
「おまえらしくもない」
後ろから聞こえたのは、アンドレアの声だった。無機質な声に、腹が立つ。
「私らしいってなに? 人が死んだのよ。私のせいで!」
振り向き、レイティアはアンドレアに八つ当たりした。
アンドレアの胸をたたくと、アンドレアはその手をからめとって、レイティアの唇を奪った。
レイティアがアンドレアの頬を殴った。
「なに、す……」
「少しはすっきりしたか?」
わざと、アンドレアを殴らせたらしい。
そんなことまでして、レイティアを慰める理由は、なんだというのだろうか。
「アンドレア、は」
「なんだ」
「私のこと、今も」
「俺は騎士でおまえは聖女。それ以上でも以下でもない」
さえぎられ、レイティアの目に涙がたまる。それを、アンドレアが優しくぬぐった。
「けど。もしもおまえが、ただの悪役令嬢だったら、おまえを好きになんてならなかったし、出会うこともなかった」
「あんどれあ……」
「おまえは無力を知った。挫折を知らない人間は、弱い。おまえは今日、初めて自分と向き合ったんだ。だから、おまえはやれる。おまえなら、聖女として、真摯に国民と向き合うことができる」
それは、アンドレア自身に言い聞かせるような言葉だった。
アンドレアは王子だ。王子となれば、戦線に立たされることもある。
つまり、アンドレアもまた、レイティアのように無力を思い知った経験があるのだろう。
それは、レイティアよりもっと幼いころに。
レイティアは無自覚に、アンドレアを抱きしめたていた。
「レイティア……?」
「これまで、アンドレアは……孤独だったでしょう」
「……おまえにそれを言われる日が来るなんてな」
アンドレアは、レイティアを抱きしめ返すことができなかった。それをしてしまえば、クレスを裏切るような気がして、アンドレアはただ、レイティアの腕の中で、かすかに笑っていた。
聖女に選ばれてからというもの、レイティアは聖女のたしなみを叩き込まれた。
常に国民の見本となるよう、質素な生活を。
その力を悪用せぬよう、悪しき心を持たぬこと。
そして、なにより、護衛の騎士と、片時も離れないこと。
つまり、風呂に行くにもトイレに行くにも、アンドレアはなにも言わずについてくるのだ。
「はあ……息が詰まる」
夏は終わり、冬になる。ナディアとは一ヶ月に一度、聖女の集まりで顔を合わせる程度で、あまり接点がなくなった。
ナディアも大変なのだろう、目に見えて顔色が悪くなっていた。
そしてそれは、ナディアの護衛騎士であるクレスも同じく。
「レイティア。温泉、行くぞ」
「おんせん、とは?」
だしぬけに言うアンドレアに、レイティアは首を傾げた。
なんでも、聖女のたしなみは今日で教え終わったから、正式な聖女になるまで、しばらく遠出はできない。だから、
ナディアとクレスを交えての、最後の旅行を王さまが許してくれたのだそうだ。
それが、温泉。
「温泉は、山などに湧き出る風呂……東洋ではよくあらしい。だから、外交の下見もかねて、東洋に。そこで養生を」
「へえ、温泉。お風呂なんだ」
久しぶりの遠出に、心が弾まないと言ったら嘘になる。けれど、これが最後になるかもと思うと、思い出にとらわれないか不安になるのもまた事実だった。
ナディアとクレスと久しぶりに再会して、馬車に揺られる。
「ナディア、痩せたんじゃない?」
「そういうレイティアは、平気そうね。さすが、あ、いや」
「いいよ、悪女は心も体も強いのよ」
笑いあって、クレスもアンドレアもほっとしたように顔を見合わせていた。




