3-3、聖なる力にうなされる
聖女として、特別な住まいに移り住んだレイティアだったが、住み始めるなり高熱にうなされた。
城の隣の一角は、代々聖女や聖女候補の住まいとなっている。
それが、次代の聖女は二人のため、どうするか現聖女と王さまで話し合いがもたれた結果、二人を別に住まわせることとなった。
暗に、レイティアによってナディアを汚させないためではないか、とレイティアは勘ぐった。
しかし、そんなことを考える間もなく、レイティアは熱に浮かされている。
「大丈夫か?」
そばにはいつだって、アンドレアの姿があった。
聖女が決まると、それにふさわしい騎士も選別される。それは、聖女の聖別とおなじく、騎士の右手の甲に、その印が現れるのだ。
聖女と違うのは、その聖女の騎士の印は、生涯消えないことだろうか。
聖女の聖別で額に現れた印は、特別な時以外は光らない。だからか、レイティアが本当に聖女なのかを知るのは、あの聖別の儀式の場にいた聖女候補たちしかいない。
「ん……あんどれあ……あつい」
「氷枕、持ってくるから。食欲は?」
「……ない」
アンドレアがかいがいしく世話をするなんて、レイティアにも意外だった。
アンドレアが氷を城に頼み、それが届く間、パンがゆを作る。
パンをミルクに浸して甘く味付けたものだ。
これは、レイティアに教わった料理だ。
「早く元のおまえに戻れって」
そう呟きながら、味見する。
ミルクは栄養豊富だし、そういえば、初めて食べたレイティアの料理も牛乳を使ったシチューだったななどと口元が緩んだ。
弱々しくうなされるレイティアを見られるのは、護衛騎士の自分だけ。
そんな独占欲が膨れ上がり、頬を叩いて自分を律した。
「なに考えてんだよ、俺は」
よもや、自分だけの聖女に――女性にしたいだなどと、そんなこと、許されるはずがない。
レイティアは曲がりなりにも聖女。
だが、聖女が結ばれるのもまた、王族と相場が決まっている。
だったら、王子であるアンドレアにも、その機会はある。
「って、なんでそんなことばっか考えて……」
邪念まみれの自分が憎い。
レイティアのもとに戻ると、折よく氷が運ばれてくる。砕いて氷嚢に入れて、レイティアの額に乗せてやる。
「どうだ?」
「ん、気持ちいい」
「…ミルクがゆ、作ったから。食欲出たら、食べろよ?」
ベッドわきの棚にミルクがゆを置いて、アンドレアは部屋を出た。
とはいえ、聖女の護衛騎士はいついかなる時も聖女から五十メートル以内にいなければならない。
だからアンドレアは、なにかが起きてもすぐに対応できるように、部屋のドアの前に腰を据えた。
「こういう時に、できることってないもんだな」
無力を嘆いても仕方がない。アンドレアは部屋の前で息を殺して、レイティアが目覚めるのを待つことにした。
一時間ほどして、城に来訪者の影があった。
「クレス?」
クレスとナディアだった。
クレスは手に氷を持っており、どうやらレイティアの病状を聞いて駆け付けたらしかった。
ナディアが一緒なのは、クレスがナディアの護衛騎士だからだ。クレスはナディアから離れてはならないから、ナディアを連れてきたのだろう。
甲斐甲斐しい。
「レイティア!」
しかし、思ったものとは状況が逆のようだった。
心配して駆けつけたのはナディアで、付き添いはクレスのほうらしい。
アンドレアへのあいさつもそこそこに、ナディアはレイティアの部屋へと一目散に走る。
ナディアは、痩せたように見えた。
別々の城に住むようになって、会う機会は減った。
聖女同士の交流を絶つのは、お互いを意識させない計らいもあるのだ。
つまり、聖女同士で自分こそが正当な聖女だと、殺し合いにならないように。
「あ……ナディア……」
ベッドに横になっていたレイティアが起き上がり、ナディアはレイティアに抱き着いた。
「こんなに熱い……! クレス、氷を」
ナディアはクレスが持ってきた氷枕を、レイティアの枕の上にのせて、その上にタオルを巻いた。
レイティアをそっと寝かせて、ナディアはその額を撫でつけた。
「こんなに汗まで……気持ち悪いでしょう? 汗、拭こうか?」
「ナディア……それは助かるわ」
結局、アンドレアがどれだけ甲斐甲斐しく世話しても、こういったことは女性同士でしか頼めない。
それを察してナディアが訪ねてきたと気づき、アンドレアはナディアに嫉妬した。
どうあがいても、アンドレアは完全にはレイティアの力にはなれない。
クレスがアンドレアの肩をたたく。
「ナディアがどうしてもっていうから……なんでも、聖女に選ばれると、こういうことはよく起こるらしい」
「こういうこと?」
「熱が出たり、体調を崩したり。聖女の印を受けると、エネルギーが強すぎて」
なるほど、ならば、聖女候補として長く教育を受けてきたナディアならば、こういった事態も予測の範囲内だったのだろう。
アンドレアとクレスは、ナディアに追い払われるように部屋から閉め出された。
ナディアとレイティアの二人きりになって、ナディアは蒸しタオルを持ってレイティアの背中をふいた。
「はぁ、あたたかい」
「だよね。弱っている時って、こういうの染み渡るよね」
「うん……でも、さっきの話。聖女の印を受けても、ナディアはなんともないの?」
「……うん? まあ、体調を崩す崩さないは個人差があるし。時期も、すぐに出る人もいれば、時間差でエネルギーにあてられる人がいるんだ」
へえ、と返事して、ナディアはレイティアの体をふいていく。
その、足に差し掛かった時、痛々しい傷跡が見えた。
とっさにレイティアはその傷跡を隠す。
「これ、どうしたの?」
ナディアが問う。レイティアは少し言いよどんだ。
「これは……私が十四歳の時、階段から落ちて。その時に」
「そう、なんだ。完全無欠のレイティアにも、傷があるなんて」
「完全無欠だなんて。ああ、でも。この傷には感謝しているの」
あの日、階段から落ちなければ、クレスを助けようなんて思うこともなかったのだから。
現状、ナディアとクレスを思い合わせる目論見は、成功している。のだろうか。
本当はナディアは、クレスではなくアンドレアが好きで、クレスはまたも、闇落ちしてしまわないだろうか。
「最近、クレスはどう?」
思わず口をついて出た言葉に、はっと口をつぐむ。
しかしナディアは、「どうって?」と朗らかに笑った。
「クレスってば、レイティアが寝込んだって聞いて、慌てていたわよ。たぶん、クレスはレイティアが――」
「や、そんなはずないよ。クレスは……」
ナディアが好き。という言葉は出てこなかった。確証のない話はすべきではないし、そもそも、クレスがレイティアを好きだと聞いて、レイティアの中になにか、違和感が生まれたのだ。
確かに、クレスには告白されたことはある。が、あれはあの時のみの詭弁で、つまりあの言葉はあの場を丸く収めるためのクレスの優しい嘘だった。
同時に思い出されるのは、アンドレアがレイティアを好きだとキスしたこと。
あの日のやり取りを思い出し、また、熱が上がったようだった。
「レイティア、顔が真っ赤だよ」
「ん、少し休む……あ。パンがゆ食べないと」
「パンがゆ? ああ、これ?」
棚にある冷めたパンがゆを、ナディアが手に取りレイティアに渡す。
レイティアはベッドに座ったまま、パンがゆをスプーンですくう。そのまま口に入れて咀嚼する。
優しい、味がした。
「おいしい」
「……それ、アンドレアが?」
「うん。びっくりだよね、入学してきたときは料理もできなかったのに」
花が咲くように笑うレイティアに、ナディアの顔が一瞬だけ、曇った。
「ナディア?」
「あ、ううん。そうだ、私、果物も持ってきたから。後で食べてね?」
そういって、ナディアはレイティアの部屋をあとにするのだった。
その日の夕方には、レイティアの熱はすっかり下がり、レイティアは隣の部屋にいるアンドレアを訪ねた。
ノックすると、す、とドアが開く。
「なにか用か?」
「あ、いや……ありがとう、って、伝えたくて」
「……ん。そんだけのために?」
「あ。うん……アンドレアがそばにいると、心強いよ」
「それ、ほかの男に言ったら襲われるからな?」
そこでようやく、レイティアは自分の無防備さに気が付いた。
慌てて両手を胸の前で振って否定する。
「ちが、ちがうの」
「わかってる。聖女の騎士は特別な縁があるとはいえ、俺だってわきまえてる」
「そう、だよね」
そうだ、アンドレアが過去にしてくれた告白を、レイティアは断っている。なら、今もレイティアを思っているかもしれない、なんて、とんだ思い上がりだった。
そして、レイティアは気づいた。
「あ……」
「どうした?」
「いや。おやすみ!」
気づいてしまった。レイティアはいつの間にか、アンドレアに心奪われていたことに。
どっどっどっど、わななく心臓を抑えて、レイティアはベッドにもぐりこむ。
あってはならない、そんなこと。ただでさえ、聖女の騎士として縛り付けているのに。
そのうえ、アンドレアは王子だから、聖女と結婚なんてしたら、さらに大事になる。
王族が聖女と結婚すれば、政略結婚と揶揄されるし、そもそも、政治的勢いを抑えるために、大臣たちも警戒する。
「結ばれては、ならない、んだ。私たち」
それが悲しいと思うくらいには、レイティアはアンドレアに心を許していた。
クレスのために、アンドレアとナディアの仲を遠ざけようと奮闘していたはずなのに、四人で過ごした時間が、アンドレアという人間が、レイティアの胸を締め付ける。




