3-1、海と予知夢の正体
三
夏休みがやってくる。
四人は郷には帰らずに、寮で生活を続けていた。
ことさら暑く、レイティアの服が薄着になると、クレスもアンドレアもたじたじだった。
とはいえ、ドレスの袖が短くなり、胸があいたデザインに、薄手の透け感のある絹に変わったくらいではあるが。
「おまえ、もっと恥じらいを持て」
「でも、この薄手のドレス……普段着用のひざ下のドレス、今流行りなんですって」
さもありなんとレイティアが答えると、アンドレアはそれ以上なにも言えなかった。
目のやり場に困り、顔をあちこちに動かしている。
対してクレスは、最近レイティアによそよそしい。ナディアとふたりで出かけることも増えた。
これは、レイティアの目論見通りではあるが、いささか不安な気持ちにもなる。誰しも、嫌われるのは怖い。
「クレス、今日の料理だけど」
「俺はなんでもいい。ナディアに聞いてくれ」
「……? うん……」
こんな感じで、クレスはレイティアと顔を合わせてくれないのだ。
なにがいけなかったのだろうか。
いや、これは吉兆では。
クレスは、悪役令嬢であるレイティアに愛想をつかし、ナディアに心奪われつつある。
「そっか、ナディアに聞いてみよう」
昼ごはんまではまだ間があるので、レイティアはナディアの部屋へと向かうのだった。
思えば、こうやって二人きりで話すのは初めてかもしれない。
寮のナディアの部屋を尋ねると、ドアを開けてナディアが出迎えた。が、中に入れてくれなかった。
「あれ、珍しいね、レイティア。私に用?」
「あ、うん……ナディア、最近クレスとはどう?」
「どう、……とは」
一瞬だけ、ナディアの顔が曇った気がして、レイティアの息が止まった。
しかし、次にはいつも通りの笑顔を磔、ナディアは、「いつも通りだよ」と答えた。
考えすぎだろうか。
最近、ふたりが『予想外』に秘密を共有している。
とはいえ、恋仲になったのなら、レイティアに隠しごとをするのは当然だ。
「今日のお昼、私が当番なの。なにが食べたい?」
「えー、レイティアのご飯ならなんでも好きだけど……私、サンドイッチがいいな」
「ナディアはそればかりだよね」
「そう。お母さんのサンドイッチが好きだったから、サンドイッチばかり食べていろいろ研究してきて……レイティアのは、パンにマヨネーズを塗るのが好き」
「ああ、なるほど」
食いしん坊なところもまた、魅力的なのに。
クレスはナディアをどう思っているのだろうか。
以前、クレスはレイティアに告白してきた。けれどあれは、告白というよりは、なにか、アンドレアに張り合っていただけのようにも思う。
そして、アンドレアもまた、レイティアにひかれたのではなく、レイティアの変貌というギャップに、恋と勘違いしているだけなのだ。
「じゃあ、サンドイッチに、今の季節だとコーンポタージュかな」
「やった! 私、レイティアのコーンポタージュ大好き!」
こんなに素直で明るいナディアを、好きにならないほうがおかしいというのもだった。
昼食を作り、四人で食卓を囲む。
アンドレアは相変わらずよく食べる。コーンポタージュをおかわりしていた。
そんなアンドレアが、出し抜けに言った。
「なあ、海、いかねえ」
「え、アンドレア、なに急に」
「だって、今の時期逃したら、光浴びる時間なんてねえし」
それはそうなのだ。
貴族たちは夏の間に肌をこんがりと焼く。太陽のエネルギーを体にためるのだ。
イグリス王国は真夏でも二十五度くらいまでしか気温はあがらない。加えて、夏以外の日照時間は少ない。
この時期は、海は人でごった返す。
「でもなあ、海って込んでいるし」
レイティアがしり込みすると、
「アンドレアのお抱えの海があるんだって。そうでしょ? アンドレア」
ナディアがサンドイッチにかじりつきながらアンドレアを見た。
アンドレアが頷く。
いつの間に、アンドレアとナディアはそういう話をする仲になったのだろうか。
まずい。
ナディアの気持ちがナディアに傾くことだけは避けなければ。
「じゃあ、明日、俺の海、行くぞ」
「ええ、私、水着とかないし」
「大丈夫。私が用意したよ!」
ナディアが乗り気なのが少し気になるが、レイティアはしぶしぶ流されることにした。
いざ、アンドレア所有の海は、エメラルド色で美しかった。
水着に着替えたはいいものの、羽織物を取る勇気がレイティアにはなかった。
レイティアはスタイルもいいし、非の打ちどころのない悪女。なのに、ナディアのようにさっそうと水着で海に歩くことができなかった。
意識しすぎなのはわかっている。
けれど、男の子の前で裸に近い姿なんて、さらせるはずがない。
「レイティア、羽織ってたら暑くて熱中症になるよ」
優しく声をかけたのは、クレスである。クレスは自身も、筋骨隆々な体をさらし、砂浜に布を敷いてそこに横になる。
太陽の光が彼の体を美しく照らし出す。
その隣に、アンドレアが陣取った。
「俺らは焼いてくから、女二人で水浴びでもしてくれば?」
「あ……そういうことなら」
羽織を脱いだレイティアは、ナディアのほうに走っていく。ナディアはすでに、波打ち際で戯れている。
純粋無垢でかわいらしいナディア。対して、レイティアの水着姿は小悪魔的で魅惑的だ。
いくらレイティアが変わったからって、染みついた印象はそう簡単には変わらない。
「ナディア!」
「わ、レイティア、来たのね!」
ほら、とナディアがレイティアに海の水をかける。レイティアの体が濡れる。気持ちいい。
レイティアも負けじとナディアに水をかけて、二人は少し深いほうへと足を進めた。
「私、泳げないから、浅瀬しかダメなんだけど」
ナディアが申し訳なさそうに言う。
レイティアは完璧な女の子だから、当然泳ぎもできる。
二人は浅瀬で、カニや貝を見て楽しみ、太陽が頭上に上り詰めていく。
しかし、満潮のことを失念していた。
気づいた時には、ナディアが波にさらわれて、助けを求めていた。
「レイティア! 助けて!」
ばしゃばしゃともがくナディアに、レイティアは迷いなく動いた。
波にさらわれるナディアめがけて泳ぎ、ナディアを後ろから抱きかかえるようにして救助する。
しかし、本来おぼれた人間を救助するのは、プロでも難しい。女の力なら、なおさら。
ナディアもろとも、レイティアの体が沈んでいく。
死を悟った。ならばせめて、ナディアだけでも助けないと。
レイティアは最後の力でナディアを砂浜側に押し流した。
「おい! なにやって……!」
気づいたアンドレが海に飛び込み、クレスはナディアの人工呼吸を始めている。
レイティアの体が波にのまれていく。
海に沈んで、どちらが上化したかもわからない。
その、エメラルドの液体に包まれて、レイティアはアンドレアの姿に光を重ねた。
「きれい」
そのままレイティアは、気を失った。
予知夢は一種の聖女の力だ。
夏休み明けには、聖女聖別試験が行われると聞いている。
レイティアは選ばれないだろうけれど、この予知夢を聖女の力以外のなんと呼べばいいのだろうか。
「起きろ」
世界が破滅する夢。クレスとアンドレア、ナディアは四人仲良く、貴族学院で生活していた。
クレスもアンドレアも、ナディアのことが好きだった。けれど、ナディアはアンドレアを選んだ。
だから、クレスは闇落ちした。悪魔と契約し、国を脅かした。その陰にはいつだって、悪役令嬢レイティアがいた。
そんな予知を見せて、神さまは一体なにがしたかったのだろうか。
「起きろ、レイティア!」
「……っは!」
げほ、と飲み込んだ海水を吐き出して、レイティアは目を覚ました。
クレスとアンドレアが、心配そうに冷ティアをのぞき込んでいた。顔が真っ青だ。
「おまえ、他人助けて自分がおぼれるとか、お人よしもいい加減にしろ!」
アンドレアの声は、怒っているのにかすれていた。泣きそうな顔でレイティアを見ている。
「まったくだ。レイティア、君って人は」
クレスも眉根を寄せている。
レイティアは意識が覚醒してすぐに起き上がり、
「ナディアは!?」
あたりを見渡した。
クレスの後ろに、ナディアの姿が見える。しかし、レイティアから隠れるように、クレスの後ろから動かない。
レイティアは起き上がって、ナディアのほうに歩く。ナディアが一瞬、後ずさった。しかし、レイティアはその体を、抱きしめた。
「よかった、無事で」
その場にいた誰もが、かき乱された。
これがかの悪役令嬢・レイティアなのだろうか。
自分の命よりも、友の命を優先する、そんな女の子だったのだろうか。
「レイティア、怒って、ないの?」
「怒る? なぜ」
「だって、私のせいで危ない目に。人工呼吸だって、アンドレアとクレスが交互にやって、ようやく息吹き返して。二十分も、起きなかったんだよ?」
体感、もっと長いこと予知夢をみていたきもするが、それは今は言及しないでおこう。
ナディアはレイティアを抱きしめ返して、わんわんと泣いている。
クレスとアンドレアは、人知れず顔を見合わせて、グータッチしていた。
「レイティア、ちょっと来て」
「うん?」
ナディアはレイティアの手をそっと握る。そして加護を唱えると、みるみるレイティアの体調が回復していく。いや、ナディアの魔法は加護だ。
回復魔法とはまた違う。レイティア本来の生命力を呼び覚ますような、感覚だった。
これほどまでの力を持っていたとは、レイティアも初めて知った。
「一応、聖女候補だから。加護くらいはさせてね」
「なんだか、ごめん。私なんかに、聖女の力を使わせてしまって」
「だから、なんでレイティアは自分を大切にしないの」
「や……いや、でも。私、過去は消えないし」
レイティアの人が変わったのは、ひとえに予知夢のせい、もっといえば、予知夢で見たクレスへの恋心からだった。
最初に予知夢を見た時の胸の痛さときたら、尋常じゃなかった。
好きな人の死、そして救えなかった後悔、好きな人が別の女性をすいていたこと。
すべてが初めての経験で、レイティアは、自分の生きざまを変えてでも、クレスを救いたいと思ってしまったのだ。




