2-9、またもや毒?
昼休み、レイティアとナディアは一緒にお弁当を食べていた。ナディアは最近よく中庭でレイティアと昼を共にする。
「でも、レイティアに好きな子がいるって意外だった」
「や、あの授業のことは口外無用だよ」
「わかってるって。でも、その好きな子が私って可能性もあるもんね」
「ええ、ナディアったら。冗談はよしてよ」
ナディアがご機嫌に弁当を屠る。実際のところ、あの魔法にかかっている間は、自分の意志に関係なく、心の奥底の真実を暴かれるのだから、ナディアの言う通り、レイティアの好きな子はナディアだった可能性だってある。
自分はあの時、誰の名前を口にしようとしていたのだろうか。
「あ、アンドレアとクレス」
「な。私帰る」
「なに、気まずいの?」
「だ、だって」
レイティアははくはくとお弁当の残りをかき込んで、しかし、アンドレアとクレスがこちらに来るほうが速かった。
レイティアの頬がリスの様に膨れるのを見て、クレスは笑い、アンドレアは毒づいた。
「レイティア。そんなにお腹が空いていたのか?」
「ひ、ひがう」
「なんだよ、おまえって食い意地キャラだったわけ?」
「あんどれふぁはうるふぁいよ」
ごくん、と飲み込むも、なかなか胃に落ちずにしゃっくりが出る。
ナディアが笑って水筒をレイティアに渡し、レイティアは冷や汗をかきながらそれを飲み込んだ。
初夏の風は生ぬるく、汗が首筋を伝っている。ごくごくと上下に動くのどを見つめて、クレスとアンドレアは同時にハッとしたようにレイティアから顔をそらした。
「たく、おまえ……調子狂うんだよ」
「へ?」
「まったくだ。レイティア、君は無防備すぎる」
ふたりに責められて、ナディアまでもが「わかるわ」なんて頷いている。
なにが悪かったのかレイティアにはわからず、とりあえず「ごめん」と謝っておいた。
「さっきの授業のレポート、一緒にやらない?」
提案したのはナディアである。クレスもアンドレアも一拍迷って、
「確かに、被験者と一緒だったら、いいレポートが書けるよね」
「俺は――」
「アンドレアは来ないでしょ。私と一緒にいるの嫌がるし」
レイティアが先回りしてフォローしたつもりが、
「行くよ、行く。おまえな、なんでそうやって決めつけんだよ」
「だって本当のことじゃない」
「そ、それは……俺がいつ嫌いだなんて言ったんだよ」
きょとん、とレイティアが固まった。まだ先ほどの薬草の効き目が切れていないのだろうか、アンドレアの額に手を当てる。
熱はない。ならば、
「まだ、薬草抜けてないみたいだね」
「なん……おまえは俺をなんだと」
「なにって……嫌味で嫌なヤツ。でも、頼りにはなるかな」
にこ、と笑うレイティアを見て、三人が三人、赤面した。
花のように美しかった。穏やかで柔らかなほほえみ。
「れ、レイティアこそ、まだ魔法が解けていないようだね」
「ええ、それはないよ」
クレスの言葉を否定して、レイティアがまた花の笑みを浮かべるのだった。
今日のレポートを書き上げるため、昼時を過ぎた学校の食堂で四人はああだこうだと話し合う。
「滑稽だったよな、レイティア」
「なによ。アンドレアこそ」
「俺もレイティアの秘密は知りたかったなあ」
「クレスまで!」
「私も! 完璧なレイティアの弱点ってなんだろう? 案外、私だったりして!」
なんて、話に花を咲かせながら、ナディアは食堂で頼んだじゃがいものフライをつまんでいる。
「ナディア、俺にもよこせよ」
「アンドレアはだめ」
「え、私は?」
「レイティアもダメよ。私、ここのポテト好きなんだから」
この食堂の料理は、国一番の農家から新鮮な野菜を仕入れる。ほかに、学院の管理する畑が別にあって、このじゃがいもはそこで掘れたてを揚げるから、またおいしい。
「でも私、じゃがいもは冬のほうが好き」
レイティアがホワンとした表情を浮かべる。
「あ、わかる! 冬は寒さにあたってしわしわになっちゃうんだけど、その分甘みがぎゅって凝縮されるのよね!」
「ナディア、わかってる!」
もうすっかり、二人は打ち解けあっている。女同士の友情、親愛。
アンドレアはけっと毒づき、クレスは『レイティアを』見ている。
「それじゃあ、レポートもまとまったし」
ナディアが羊皮紙を丸めた、その時だった。
「ナディア?」
ナディアの体がレイティアのほうに傾いて、そのまま、椅子から滑り落ちた。
「ナディア!?」
レイティアは椅子を降りて、床に横たわるナディアを揺り起こす。しかし、返事はない。
顔が真っ青だ。
よもや。
「また……毒……?」
だったら、城での毒の件も、狙いは『ナディア』。
レイティアがナディアの名前を必死に呼ぶ。
「ナディア、しっかり!」
返事はない。
レイティアは、食堂を見渡した。怪しい人間は見られない。
ならば、食べていたじゃがいもが、毒なのだろうか。
しかし、じゃがいもが毒になるなんて。
思案し、状況を飲み込めないレイティアに対し、アンドレアは早急に動く。
キッチンに走って、今日の営業を停止させた。幸いにも、今は昼食後、じゃがいも料理を注文したのはレイティアたちしかいなかった。
レイティアが、ナディアに回復魔法をかける。
「っは、れい、てぃあ……」
白かったナディアの顔に、血色が戻る。
レイティアはほっと息をつく。
しかし、アンドレアはそうはいかない。
「盛ったのか」
問い詰める表情は、疑いのまなざしを含んでいた。
ほら、やっぱり。
だれもレイティアを好きになんて、ならない。心から好いてくれる人なんて、存在するわけがない。
それはそうだ、悪役令嬢の汚名は、一生ついて回る。
だけれど、誤解されることだけは嫌だった。
「私じゃない」
「じゃあ、誰だよ。キッチンの連中か?」
「……じゃがいもは……校舎内の畑のだったよね」
レイティアの言いたいことが分かったらしく、アンドレアはくいと外を顎で指して、レイティアとともにじゃがいもの畑へと歩いていく。
じゃがいもの畑は、すでに収穫が終わっており、コンテナにたくさんの芋が積みあがっていた。
「これが毒だって? ただのじゃがいもだろ」
「でも……」
「じゃがいもの芽や青い部分に毒があることくらい、俺でも知ってる。だけど、このじゃがいもは仮にも王立の学院の管理物。毒になるなんてこと、あると思うか?」
ぷんと、腐葉土のにおいが鼻をかすめる。
アンドレアの言うとおりだ。じゃがいもが毒になるのなら、青い部分があってしかるべき。
しかしこのじゃがいもは日に当ててないし、芽もないし、青くもない。
だったら、調理中に毒が仕込まれたのだろうか。
「俺は正直、おまえを見損なった」
「アンドレア……勝手ね。私のこと、好きって言ってみたり、疑ってみたり」
どれが本当のアンドレアなのか、わからない。それはアンドレアも同じく。
しかし、畑の前にクレスとナディアが合流して、アンドレアはあからさまにナディアをかばった。
……これで、いいのだ。
レイティアが嫌われ役になれば、クレスとナディアが結ばれる未来につながるかもしれない。
現状のままでは、クレスもアンドレアも、レイティアへの好感度が高すぎる。
「私はやってない。けど、疑われるのもわかってる。ごめん、今日はもう、寮に帰るね。ナディアをよろしく」
クレスとアンドレアにナディアを預けて、レイティアは寮に走った。
走りながら、涙がこぼれた。
別に、悪役令嬢な自分は、自分が選んだ道だった。
それをいまさら、いいひとぶっているだけなのは、レイティア自身が一番わかっている。
それでも、ナディアとクレス、アンドレアだけには、わかってほしかったのだ。
寮に戻って、自室で泣き明かす。
自分がなすべきは、クレスの救済。そのためなら、悪役令嬢だってよかったはずなのに。
いつの間にか、四人での時間が楽しみになっていた。
友達という存在が、頼もしかった。
「馬鹿ね、私」
初めからレイティアは悪役令嬢だったのだから、今更誰に嫌われようと、平気だと思っていたのに。
夕刻になって、ドアをノックする音が聞こえた。
レイティアはそれを無視したのに、アンドレアが無理やりレイティアの部屋に入ってくる。
慌てて、泣きはらした目を隠すように、前髪を思いきり引っ張った。
「なにか用?」
「いや……昼間は言い過ぎた」
「いいよ、私だって、この状況なら私を疑うし」
「……クレスに怒られた。ナディアにも。疑うなんて、最低だった。……おまえが前みたいに、悪女に戻ったんじゃないかって。それが怖くて、おまえに否定してほしくて、疑った」
いっそのこと、前のように悪女に戻れたほうが、どんなにか楽だった。
レイティアはベッドに座り、アンドレアを見上げた。
アンドレアの青色の瞳が、揺れている。
こんな時まで、クレスとナディアの仲を取り持つことを考えている自分は、あさましい。
ここでアンドレアの気持ちをレイティアに向かせることができたら、ナディアはクレスを選ぶのではないか。
「大丈夫、アンドレアが本当は優しいの、知ってるから」
「らしくない言い方だな」
アンドレアのほっとしたような顔。
レイティアは笑う。アンドレアは、ぎこちなく、レイティアの手を握った。
「今後一切、俺はお前を疑わない。おまえを信じる、そう誓う」
「アンドレア?」
「……だから……泣くな」
「泣いてなんて……!」
しかし、きっとアンドレアにはお見通しなのだ。真っ赤に腫れた目も、ぐずぐずの鼻も。
だからレイティアは、そっと、そっと、アンドレアの手を握り返して、返事の代わりにするのだった。




