2-8、秘密の探り合い
今日は薬学と魔法学の授業の日だった。最初の三か月は基礎をみっちり叩き込むだけだったから、アンドレアもクレスも退屈だった。
ことレイティアに至っては、基礎を叩き込む必要もなく、薬学にも魔法にも精通している。
それは悪役令嬢ゆえのものなのだが、レイティアはそれでも、一から学べば多くの発見があり、授業は楽しいものだった。
それが、今日から実践へと移るというのだから、クラスメイトはみな意気揚々としている。
今日は薬学で真実の薬を作り、魔法では、真実を話す魔法を実践する。
つまりは、薬学で試験者になったものは、魔法学では被試験者になるのだ。
公平性を保つための措置とはいえ、嘘をつけない状況に陥るのは、誰でも多少は抵抗があるだろう。
「じゃあ、レイティアとナディアは、薬学で被試験者、俺とアンドレアが、魔法学の被試験者ね」
クレスが場を仕切りなんとか持ったものの、最初アンドレアは自分が被験者になんてなるものかとごねた。
しかし、誰もが一度は試験者にならねばならず、クレスの説得でようやく薬学での試験者を受け入れたのだ。
薬学では、調合が失敗することも多く、失敗すれば、真実の薬は単なる苦い薬草にしかならない。
とはいえ、レイティアが調合に失敗するとも思えず、アンドレアは渋っていたのだった。
「じゃあ、聞くね。アンドレア、名前と自己紹介をして」
「アンドレア。好きな食べ物はくだものと塩辛いもの。身長は百八十二」
「あ、俺より一センチ大きいのか」
「うるせえよクレス。俺のが大きいんだな、ざまあみろ」
つらつらと自己紹介をするアンドレアだが、ふと、とある項目で言葉を止めた。
「好きな人は――んぐ」
「アンドレアって好きな子いたの?」
ナディアが興味を示し、レイティアはまずい、と話題を転換する。
「じゃ、じゃあ次! アンドレアの嫌いなものは?」
「俺は……甘いものが嫌い。あと、うるさい女も。あとはおまえも」
「おまえって、私? 知ってること言わなくていいよ」
「なんだよ、別におまえのこと本心で嫌いとかじゃなくて、俺は本当は――ん」
アンドレアの様子がややおかしい。
クレスが慌てたように自分も薬草を飲み込んだ。
ナディアがクレスに質問をする。
「クレスの秘密を教えて」
「ナディア、それはだいぶ酷な質問よ」
「いいから、レイティアは見てて」
ナディアは自信満々に笑っている。
クレスの秘密、正直に言えばレイティアにも興味があった。
傍ら、アンドレアは今も口を閉ざさんと悪戦苦闘している。
クレスが口を開く。
「好きな子がいて、その子にどうやっても好意が伝わらないこと、かな」
きゃーとナディアが声を上げて、教師から指導が入る。
「すみません、先生」
「あんまり、ひとの秘密を暴かないように。毎年だが、この授業のあとのクラスの雰囲気ときたら」
ならなぜ、真実を吐き出す魔法や薬草を試すのかと言えば、リクエストが多いのも事実だからだった。教師も板挟みなのである。
クレスがレイティアを見て、口を開く。
しかし、かすれて声にならず、レイティアが「ん?」と耳をクレスの方に傾けた。
「レイティアは今日もきれいだね」
「ええ、ナディアは?」
「な、ナディアも。でも俺は、レイティアが――ん」
この薬の効き目は、五分に調整してある。先にアンドレアの効力が切れて、アンドレアはその場にしゃがみ込んで頭を抱えていた。
「あぶね」と聞こえた気もするが、レイティアは気にしないようにする。
クレスもようやくのところで秘密を守り切って、椅子に座ってやめ息をついた。
「アンドレア。この授業、きついね」
「だな。クレス。この後この二人にわからせてやろうぜ」
次は、クレスがナディアに、アンドレアがレイティアに真実の魔法をかける番だった。
魔法は今では使えるものも多くなく、だとしても、アンドレアとクレスの優秀さから言えば、ふたりは覚悟を決めざるを得なかった。
クレスとアンドレアの魔法が成功し、しかし体には一切の変化がない。
「あー。じゃあ、一番知られたくない秘密を話して」
クレスがお返しだと言わんばかりに、ナディアに言った。ナディアの口がきれいに開いた。小さくて果実のような赤い唇。
「私、大切な人がいるの。なんとしても、守りたい関係があるの」
「へえ、それはなに?」
「そ、れは……」
薬学の時もそうだったが、ある程度魔力の高い人間には、薬草も魔法も効力が落ちる。それは先ほどのアンドレアやクレスを見ればわかることだが、ナディアもなるほど、希有な才能を有しているようだった。
「レイティア。おまえの弱みは?」
アンドレアが続けて言った言葉に、ナディアもクレスも耳を傾ける。
「私……よち……いや、私、クレスが……んぐ」
まるで意味の分からない言葉が吐き出されて、ナディアまでもがはてな顔だ。
よち、クレス。
しかし、クレスはうれしさ半分、怖さ半分と言ったところである。
クレスが嫌い、と言われたら、立ち直れそうになかった。
「レイティア。俺が嫌いなの?」
「それはない! むしろ! んん」
なかなか確信を得られないが、嫌われていないようでクレスは安堵する。
しかし、面白くないのはアンドレアだ。アンドレアの名前が一度も出てこない。
アンドレアが質問を変える。
「じゃあ、好きなやつとかいんの?」
「それは……います」
「きゃー、レイティア、だれ、だれ」
ナディアが身を乗り出している。クレスまでもが前のめりで、レイティアは居心地が悪かった。
「この場にいるか?」
「います」
「俺か、クレス、だったりするのか」
「……んん、もうこれ以上は、」
レイティアが涙目で訴えてくる。
今にも泣きだしそうな顔を見て、三人ともがきゅんとしてしまう。
普段あんなに強気なレイティアの意外な一面を垣間見る。
結局、その先は聞かれることはなく、この授業はお開きとなった。




