2-7、プレゼントの意味なんて
親睦パーティーを終えて、一難去ってまた一難。
今日はレイティアたちにとっては一大イベント、就職先の見学会である。とはいっても、身分によってほとんどのものが地位を約束されているから、これは形式的なものである。
レイティアは例外なく父の仕事を継ぐだろうし、アンドレアも同じく貴族として、騎士から、最終的には王になるのだろう。
ただし、クレスやナディアに関して言えば、この就職先の見学会は有意義なものである。
ふたりとも貴族ではない平民のため、こういった行事で顔を売ることが必須となる。
「わ、私、政治に興味あるなあ」
ナディアの弾んだ声。しかし、この場にいるレイティアだけが知っている。ナディアは聖女になり、アンドレアはその護衛騎士に。
「俺は騎士かな。アンドレアは?」
「俺は……騎士から始まって王目指す感じかな。親がそうだった」
「レイティアは?」
ナディアに話題を振られて、レイティアは答えられなかった。悪役令嬢レイティアは、世界を亡ぼすために悪魔と契約を結ぶ。なんて、言えるわけがなかった。
レイティアはクレスをちらりと見やる。
茶色の髪の毛に緑色の瞳は、いつ見ても美しかった。レイティアが予知夢で心惹かれただけある。
なんとしても、このままクレスを闇落ちから救わねば。
「私も、親の跡を継いで宰相として政治に――」
「無理だろおまえ。だっておまえ、女じゃん」
アンドレアがケッと毒づいた。その件は、アンドレアが解決すると言っていたのに、きっとアンドレアにとってレイティアとの約束なんてその程度なのだ。
アンドレアはどうも、レイティアにいまだにいい印象を抱いていないようだった。レイティアは、「アナタには話してませんー」とアンドレアに舌を出して、クレスとナディアに向き直る。
「クレスはいい騎士になるよ」
「私は?」
「ナディアも。政治にかかわったら、いい宰相になるだろうね」
そういえば、とレイティアは思う。ナディアが政治に興味を示した時、アンドレアはなにも言わなかった。
ますます腹が立って、レイティアはアンドレアを振り返った。
「ねえ、私は政治にかかわれなくて、ナディアは大丈夫って、偏見ひどくない?」
そもそも、それはアンドレアとナディアが聖女と騎士になる未来、つまりアンドレアがナディアに心を許している証拠に違いなかった。
レイティアは憤慨したように見せかけて、アンドレアとナディアの絆を深めないようにしたのだった。
案の定、アンドレアは黙り込み、クレスがくすりと笑いを漏らした。
「アンドレアにとって、レイティアは特別だからね」
「ナディアじゃなくて?」
「もう、レイティアって、本当に鈍いって言われない?」
鈍い? レイティアが反芻する。
つまり、アンドレアが自分に好意を抱いているということだろうか。
そう考えて、かぶりを振った。
「ないないない。だって、アンドレアって私のこと大嫌いじゃない」
「そうだ、俺はレイティアなんて好きでもなんでも!」
アンドレアまでもがむきになるものだから、余計に話がこじれてくる。
「じゃあ、俺が貰い受けようかな。騎士になった暁には、身分もふさわしくなれるだろうし」
「ええ、クレス。冗談はたいがいにしてよ」
レイティアはふふ、と笑い飛ばした。
面白くないのはアンドレアである。
クレスとレイティアの間に割って入って、レイティアを見下ろして悪趣味な笑み。
「おまえなんて、貰い手なんていないんだからな」
「……! そう、それは……確かにそう」
思った反応ではなかったのか、アンドレアがおろおろしている。
もっと、レイティアならば強気に返してくると思ったのだが、意外にも女らしくしおらしく、しゅんとうつむくものだから、アンドレアはなにも言えなくなった。
「あーあ、アンドレアがレイティアをいじめるから」
ナディアがレイティアをよしよしと慰めている。クレスすらもだ。
アンドレアだけ仲間外れにされて、アンドレアはおもむろに顔をそらした。
「ほらそこ。私語は慎みなさい」
教師に責められて、四人は「はい」と背筋を正す。
レイティアは変わった。
あの、気が強く他者になんの感情も抱かなかった悪役令嬢レイティアは、十四の誕生日を境に人間味を手に入れた。
それは単なる猫かぶりだと思っていたのだが、アンドレアにはレイティアの本心がわからない。わからないから、かき乱される。
きっとそれは、クレスも同じだ。クレスもまた、ばれないようにしているがレイティアを特別に見ている。
親友だからこそわかることがあるし、わかるからこそ、お互いに口にしないようにしている。
就業先の見学が終わって、現地解散となった。
ナディアの提案で、四人は王都の街を散策することとなった。ナディアは平民ゆえに王都の経験がない。それはクレスも同じだった。
「わあ、あの飴細工かわいいね」
「レイティアってああいうのが好きなの?」
「や、いや……あ! あのぬいぐるみもかわいいなあ!」
ナディアのための散策が、いつの間にかレイティアのためのものに変わっている。
レイティアにとってこの世界のものはどれも珍しく、確かにレイティアとしての記憶の中にそれらはあるのだが、なにぶん、予知夢の記憶の方が最近は強くて、レイティアにとってここは異世界そのものだった。
ナディアがレイティアに飴細工を買い、クレスはぬいぐるみを買ってくれた。
「甘い、かわいい。王都ってすごいね」
「レイティア。本当に君ってやつは」
クレスがくすりと笑って、レイティアの頭をひと撫でした。レイティアは予知夢の君からの優しさにしどろもどろだった。
いや、これではナディアとクレスの絆が深まらない。
「ナディアって、クレスのことどう思ってるの」
「え、なに急に。そうだなあ、穏やかで優しくて、私はクレスのこと好きだよ」
「ほう、だって、クレス」
「レイティアは、俺とナディアをどうしたいのさ」
困ったようにクレスが笑って、ナディアも笑った。アンドレアは明後日の方向を見て、ひとり離脱する。
ナディアがまた、レイティアにかわいらしい宝石を買う。
「あまり高いものじゃないけど」
「え、え。ナディア、自分のために買いなよ」
「ううん、レイティアにはお世話になっているから、なにかあげたくて……でも、こんな子供だまし、いらないかあ」
ナディアが渡してきたのは、庶民でも手に入る天然石の髪飾りだった。レイティアの金髪に映えそうな、きれいな緑色。
クレスの瞳の色だ、とレイティアは思う。
「いるよ、いるいる! わあ、私、友達にプレゼントもらうの初めてかも」
予知夢を見る前では傲慢な悪役令嬢だったから、こうやって誰かと街を散策したり、プレゼントをもらうのは本当に初めての経験だった。
レイティアは、受け取った髪飾りをすぐさま髪の毛に挿し、「どう?」とナディアとクレスに見せた。
「似合ってるよ、レイティア」
「うん。俺もそう思う」
三人でにこやかに歩く。と、レイティアはアンドレアがいないことに気づいた。
「アンドレアは?」
「ああ、もうすぐ来ると思うよ」
クレスがにこやかにレイティアに言った。
レイティアは、クレスに笑いかける。柔らかで美しく気高いレイティアに、クレスは思わずレイティアから顔をそらした。
そのタイミングで、アンドレアが合流する。
「アンドレア。どこ行ってたの」
「別に。ほら、これ」
アンドレアは、ナディアとレイティアの二人に、とある包みを渡した。
ナディアは素直に受け取り、レイティアは恐る恐るそれを手に取った。
「開けていい?」
ナディアの弾んだ声。アンドレアが「好きにすれば」とつれない返事をする。ナディアは、レイティアにも促して、ふたりで包みを開ける。
「わ、きれい」
ナディアの包みには、美しいエメラルドのネックレスが入っていた。
対してレイティアの包みには、キラキラのサファイヤのネックレス。
値が張ることは目に見えて明らかで、ナディアはそれを首に下げるも、レイティアにはそれができなかった。
「こ、こんな高いもの、受け取れない」
「別に、俺だけからじゃねえし」
「え?」
と、クレスが口を開く。
「俺とアンドレアから。いつも仲良くしてくれてありがとう。って言いたくて。重かったかな」
そりゃあ、アンドレアだけからなら受け取らなかっただろうが、ふたりからとあらば、少しは抵抗も和らいだ。レイティアは、ナディアに倣って自分もネックレスを首から下げた。
ナディアのはエメラルド――クレスの瞳の色、レイティアのはサファイヤ――アンドレアの瞳の色だ。
「きれいだね、レイティア」
「あ、うん」
これはとりあえず、クレス救済の未来に一歩近づいたということでいいのだろうか。
レイティアには、ふたりの真意がわからなかった。




