2-6、庭の木の下
お色直ししたナディアは、宣言通りレイティアと一曲踊る。踊る中、ナディアはぽつぽつと事情を離した。
心配だったダンスの足運びも完璧だった。レイティアは本来器用な人間だったから、きっとその感覚が残っているのだ。レイティアはそんなことを思いながら、ナディアの話を聞いている。
「あのドレス……お母さんのおさがりだったの」
「え……!? そんな大事なもの」
確かに、ナディアのドレスは、あの日一緒に買いに行ったものとは違った。
最後まで迷って、お母さんの思い出のドレスに選んだのだろう。
それを、レイティアが染み抜きを請け負った。普通に考えてまずいのではないだろうか。
「ナディア、染み抜きだけど」
「うん。レイティアになら、任せられるかなって」
「ええ、でも。ちゃんとしたお店の方が」
「いいの。レイティアのおうちって、なんでも一流だって知ってるから」
るんるんとナディアの足取りは軽かった。こんなに無防備な子だからこそ、聖女として悪に立ち向かって、アンドレアからの愛を勝ち取ったのだろうなと思う。
レイティアの足がもつれる。転びそうになるところを、大きな手がレイティアを支えた。
「なんだよ、オマエ。女同士で楽しそうに」
なにを隠そう、レイティアを支えたのはアンドレアである。
レイティアは、自分よりも幾分も高い位置にある顔を呆けた顔で眺める。
こんなにもきれいな顔立ちのアンドレアに、ナディアが惹かれるのにも納得してしまう。
「な、に。アンドレア」
「いや。……おまえらが浮いてるから、助けに来た。ほら、クレスも来る」
顎で指され、クレスもこちらに歩いているところだった。
ナディアがレイティアから離れて、レイティアの手をアンドレアに添えた。
「ちょ、ナディア?」
「私はクレスと踊ろうかな。そのあと、アンドレアと」
「だとして、私はアンドレアともクレスとも踊らないからね!?」
「そう言わずに、楽しもうよ」
ナディアがクレスのもとに走り寄る。
クレスは慣れた手つきでナディアをリードして踊りだしていた。残されたレイティアとアンドレアは顔を見合わせる。アンドレアの舌打ち。
「わ、わ、嫌な感じ」
「俺だって、オマエとなんて踊りたくねえよ」
だけど、とアンドレアが続ける。
「オマエ、放っておいたらジュースに毒盛られてお持ち帰りされるだろ」
「え、毒?」
「はーもう、おまえさ、その無防備さどうにかならないわけ?」
アンドレアがレイティアの手を強引にとって体を密着させる。
クレスとナディアは楽しそうに踊っている。でもとレイティアは思う。これは、クレスの救済も夢じゃないのでは。
今ここで、クレスとナディアだけがダンスをして、アンドレアをレイティアが独占すれば、アンドレアとナディアの絆は深まらない。
これはまたとないチャンスだ。
「お、踊る! 踊ろう!」
「なんで急にやる気出してんだよ」
「だ、だって、ほら。せっかくのパーティーなんだし!」
レイティアが乗り気でアンドレアの手を握った。体がくっついて、ダンスの足がスムーズに動く。周りの人間の声が聞こえる。
「やはり、レイティア嬢は特別だ」
「しかし、なぜアンドレアさまと」
「だが、アンドレアさまは、地位も高い。お似合いだろう」
お似合いで結構。今日はクレスとナディアの仲を深めるために、アンドレアはこの後もレイティアと行動を共にするのだ。そう、レイティアは決めている。
曲が終わると拍手が起こり、レイティアは、アンドレアの手に自分の手をからませて、「ねえ、あっちの料理、見に行こう?」「庭の方がきれいなんだって」「最上階から星が見たいわ」
アンドレアとナディアに接点ができないように、必死にアンドレアを連れまわした。
「このカナッペ、美味しい」
「だろうよ。このパーティにはさまざまな王族も参加するから。自社の食材の宣伝もかねて、提供者が腕を振るうからな」
「へえ。アンドレアって、意外と物知りだね」
「いやな、オマエが無知なだけだからな!?」
「ふうん」
ぱくぱくとカナッペを食べた後は、オレンジジュースを飲む。レイティアはまるで蝶のように美しく、周りの人間を魅了する。
「アンドレア、次はどこに行く?」
「ああ、庭の木の下……」
「うん? 確かあそこ、なんだか人がたえないねえ」
レイティアは無防備にアンドレアに笑いかけた。
一方、ようやくレイティアを見つけたクレスとナディアが、ふたりに走り寄って来ていた。
ハアハアと息を切らしている。それだけ、レイティアは神出鬼没に会場内を歩き回っていた。
「やっと見つけたよ。レイティア。俺と踊るのがそんなに嫌だった?」
「え? 嫌、ではなくて」
なにしろクレスは救いたい人である。嫌なはずがない。断じて。
「レイティア、だいぶパーティーを楽しんだみたいね。私たちの分も」
「ご、ごめんって。ナディアとクレスがいい雰囲気だったから、ねえ、アンドレア?」
「ん、ああ、まあ」
アンドレアが二人から視線をそらした。どうやらアンドレアも、今日一日がまんざらでもなかったらしい。レイティアは、庭の木を指さして、
「今からあそこに行ってみようって話していたの。四人で行く?」
「え、レイティア。あの木がなんなのか、知っていて言っているの?」
驚いたように、ナディアが詰め寄る。レイティアは首をかしげてアンドレアの方を見た。
アンドレアが顔をそらした。
「あの木の下で告白すると、その恋は成就するんだって」
「へえ。……ん? アンドレア、知ってたの?」
レイティアがアンドレアに詰め寄ると、アンドレアは悪びれる様子もなく、
「知ってた。けど、オマエに告白なんてしねえし。下見だよ下見」
下見、と聞かされて、つまりそれは、ナディアへの告白への下見なのではとレイティアの血の気が引いた。まさかこんなところにまで伏線があるなんて。
レイティアは今一度アンドレアに詰め寄る。
「なにが下見よ! ナディアは渡さないんだから!」
「え、レイティア? レイティア?」
「あ、ナディア勘違いしないで、私じゃなくて――」
ナディアが嬉しそうにレイティアに抱き着く。「私もレイティア以外考えてないよ」なんてお門違いな言葉を向けられて、さてこの誤解をどう解けばいいのだろうかと、レイティアは困り果てた。




