(二)詳しい者へ聞く
◆ 連れて帰ってはいけない
うちの人間は両手をひなの近くへ伸ばした。
「とりあえず、うちに連れていこうか」
いけない。
それは保護ではない。
現時点では、拉致監禁誘拐である。
本人の意思を確認せずに連れ去る。
親の存在を確認せずに家へ運ぶ。
親が戻ってきても、ひなはいない。
ひなは知らない場所に閉じ込められる。
人間はそれを、
「助けた」
と呼ぼうとしている。
善意という言葉は便利である。
相手の事情を確かめずに行動しても、自分が善意であれば正しいと思える。
うちの人間の手が近づくと、ひなは口を大きく開けた。
声は小さい。
「親」
「飯」
「怖い」
いくつかの意味が混ざっているようだった。
うちの人間は、その仕草を見て顔を曇らせた。
「お腹空いてるのかな」
そうかもしれない。
だが、何を食べる鳥か分からない。
種類も分からない。
適当に何かを与えるわけにはいかない。
人間は、小さな動物が口を開けると、すぐに何かを食べさせたがる。
自分が知っている食べ物を持ってくる。
米。
パン。
果物。
水。
だが、ひなが必要としているものが、それとは限らない。
食事の種類。
大きさ。
与え方。
温度。
回数。
間違えれば、助けるつもりで弱らせることもある。
親鳥なら、それを知っている。
少なくとも、人間よりは知っている。
うちの人間は、ひなへ伸ばしていた手を止めた。
少し考える。
それから、肩へかけていた鞄の中から絵の光る板を取り出した。
「こういうとき、どうしたらいいんだろう」
最初に調べるべきだった。
だが、連れて帰る前に止まっただけ、まだよい。
◆ 猫が食べない理由
うちの人間は画面を指で動かした。
『鳥のひな 落ちている』
『飛べないひな どうする』
『巣が見つからない』
いくつかの言葉を入れて調べ始める。
シジミは塀の上から、ひなと周囲を見張った。
人が近づけば、ひなを踏まないように注意する必要がある。
犬が来れば、少し距離を取らせたほうがよい。
猫が来た場合は――。
シジミ自身も猫である。
だが、このひなを優先的に食料とみなす理由はない。
現時点では。
小さい。
動く。
捕まえやすい。
獲物としての条件だけなら、いくつか当てはまる。
しかし、シジミには決まった食事がある。
朝と夜。
必要な量が皿へ出る。
食べ物に困っていない。
その状況で、親鳥が近くにいるかもしれないひなを食べる。
親に騒がれる。
うちの人間に騒がれる。
捕まえられる。
口を開けられる。
病院へ連れていかれる。
今後、外へ出るたびに見張られる。
そのような面倒を引き受けるほどの価値はない。
何より、このひなは明らかに誰かが育てている途中である。
親が食事を運び、ここまで大きくした。
人間が知人から預かったハムスターを食べる理由がなかったのと同じだ。
誰かが大切にしているものを、わざわざ優先して狙う必要はない。
非効率である。
◆ まず調べる
うちの人間は画面を読みながら、つぶやいた。
「親が近くにいるかもしれないんだ」
そうである。
「人がいると近づけないことがある……」
先ほどから、その可能性を考えていた。
「すぐに連れて帰っちゃ駄目なんだ」
危なかった。
あと少しで誘拐するところだった。
うちの人間は周囲を見た。
木。
茂み。
屋根。
電線。
「親、いるのかな」
いるかもしれない。
いないかもしれない。
今は分からない。
正しい答えは、それである。
◆ 詳しい者へ聞く
うちの人間はさらに画面を読んだ。
だが、文章だけでは不安らしい。
どこかへ電話をかけ始めた。
「すみません。道端に鳥のひなが落ちていて……」
役所へ問い合わせているようだった。
場所。
ひなの状態。
羽の生え方。
目が開いているか。
歩けるか。
近くに巣が見えるか。
うちの人間は、聞かれたことへ順番に答える。
「羽は、まだ完全じゃないです」
「飛べないと思います」
「目は開いてます」
「少し歩きます」
「巣は見当たりません」
しばらく話したあと、うちの人間は何度もうなずいた。
「近くの高い場所に、仮の巣を作る……」
やはり、その方法になったらしい。
「親が戻れるように、人や猫は離れる」
猫までまとめて追い払われることになった。
だが、そこは仕方がない。
親鳥から見れば、人間も猫も危険である。
シジミに食べる気がないことなど知らない。
相手が警戒しているなら、距離を取るのが一番早い。
電話を終えたうちの人間は、少しだけ安心した顔をした。
「よし。仮のおうちを作ろう」
おうちではない。
仮の巣である。
長く住む場所ではない。
親が見つけ、世話を続けるための一時的な場所だ。
※第30話「謎のひな」は全四回です。
続きます。
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