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本当に人間ってあさはかな生き物だよね  作者: KEI
第4話 名前は統一してほしい

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(二)にゃーにゃーのほうが正しい

◆ 呼び方くらい統一してほしい


シジミは再び歩き始めた。


太郎。


セバス。


同じ道を少し歩いただけで、二つの名前をつけられた。


この調子では、別の道へ行けば、さらに増えるかもしれない。


クロ。


クロスケ。


ジジ。


くろまめ。


のり。


夜。


人間は黒い猫を見ると、黒いものの名前を思いつくままにつける。


本人へ確認することはない。


一度呼んで、猫が少しでも反応すれば、その名前で正しいと思い込む。


シジミが声の方向を見ただけでも、


「名前、分かってる」


と言う。


猫は名前を聞いたのではない。


突然声を出した者を警戒しただけかもしれない。


食べ物を持っているか確認しただけかもしれない。


道をふさがれないか見ただけかもしれない。


人間は、猫が自分へ注意を向けると、すぐに好意や親しみへ結びつける。


自分が猫から特別に見られていると思いたいのだろう。


それにしても、呼び方くらい統一してほしい。


同じシジミを指すのに、会う人間ごとに名前が違う。


人間同士では、相手の名前を間違えると失礼だと言う。


一文字違っただけでも訂正する。


読み方が違えば、きちんと覚えてほしいと言う。


ところが猫の名前は、知らなければ好きにつけてよいらしい。


自分たちがされたら嫌なことでも、猫なら気にしないと思っている。


猫にも名前くらいある。


名前がなくても、その猫を見分ける方法はある。


匂い。


声。


顔。


体格。


歩き方。


尻尾の動かし方。


猫同士なら、勝手な名前をつけなくても相手が誰か分かる。


人間は名前がなければ不便だから、名前をつける。


それなら、せめて同じ個体には同じ名前を使うべきである。


呼ぶたびに違うなら、名前をつける意味がない。


◆ にゃーにゃー


シジミがそんなことを考えながら歩いていると、前から親子が来た。


小さな子供が、大人の手を握っている。


子供はシジミを見つけると、急に足を止めた。


そして、大人の手を強く引っ張る。


「にゃーにゃーだ!」


大きな声だった。


道の向こうにいた人間まで、こちらを見た。


だが、何を指しているのかは明確である。


犬に向かって、にゃーにゃーとは言わない。


鳥に向かっても言わない。


道の周りに、ほかの猫はいない。


子供はこちらを見ている。


指もシジミへ向いている。


つまり、にゃーにゃーがシジミを指していることは、誰にでも分かる。


太郎より分かりやすい。


セバスよりも明確である。


正しい名前ではない。


そもそも、名前ですらないのかもしれない。


猫という種類を、鳴き声で呼んでいるだけだろう。


だが、少なくとも別の生き物と間違えることはない。


周囲に猫が一匹しかいないなら、誰を指しているのか迷うこともない。


勝手に固有名をつけ、自分だけが分かっている大人より、よほど筋が通っている。


大人が子供へ言った。


「猫ちゃんだね」


子供は大きくうなずいた。


「にゃーにゃー!」


猫ちゃん。


にゃーにゃー。


表現は違うが、どちらも猫を指している。


少なくとも太郎とセバスのように、人間の名前を勝手につけてはいない。


子供はシジミの前へしゃがんだ。


近づきすぎない。


急に手も伸ばさない。


ただ、目を輝かせてこちらを見ている。


大人より礼儀を知っているようだ。


「にゃーにゃー、くろいね」


そのとおりである。


シジミは黒い。


太郎でもない。


セバスでもない。


見たままを言っている。


子供は少し考えてから、もう一度言った。


「にゃーにゃー、おさんぽ?」


これもだいたい合っている。


見回りではあるが、人間の言葉で説明するなら散歩でもよい。


今日会った人間の中で、もっとも正確にシジミのことを見ている。


シジミは子供を見上げた。


そして、短く猫語で答えた。


散歩だよ。


子供は目を丸くする。


「にゃーにゃー、しゃべった!」


シジミは少し感心した。


少なくとも、この子はシジミが話したことを理解している。


何を言ったのかまでは分からなくても、ただ音を出したのではなく、こちらへ何かを伝えたと気づいた。


大人は猫が鳴くと、


「お腹が空いたの?」


「怖いの?」


「甘えたいの?」


と、すぐに自分の考えた意味を当てはめる。


子供は違う。


話した、とだけ言った。


分からないことを、分からないまま受け取っている。


それでよい。


何を言ったのか分からないなら、勝手に決めなければよいのである。


◆ 話したとだけ分かればいい


大人が笑った。


「こんにちはって言ったのかな」


やはり大人は、すぐに意味を決めたがる。


こんにちはとは言っていない。


散歩だと答えただけである。


だが、子供は首をかしげた。


「おさんぽって言ったんだよ」


シジミは耳を動かした。


偶然だろうか。


それとも、本当に少し分かったのだろうか。


大人は困ったように笑った。


「そうかもしれないね」


子供は満足そうにうなずいた。


「にゃーにゃー、おさんぽ、いってらっしゃい」


シジミは子供の横を通り過ぎた。


太郎でもない。


セバスでもない。


シジミという名前も知らない。


それでも、この子供とのやり取りが今日一番分かりやすかった。


名前を知らないなら、猫と呼べばよい。


鳴いたなら、話したと受け取ればよい。


分からない言葉へ、勝手な意味をつけなければよい。


それだけのことを、大人はなぜできないのだろう。


シジミは少し進んだところで振り返った。


子供はまだこちらを見ている。


手を大きく振りながら、


「にゃーにゃー、またね!」


と叫んだ。


少なくとも、誰に言っているのかははっきりしている。


シジミは尻尾を立て、再び歩き始めた。


「本当に人間ってあさはかな生き物だよね」



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/humans-foolish-top

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