(二)気づいたうえで近づく
◆ 尾は駄目、ほかならよい
シジミは尾の先を一度動かした。
姪がすぐに言う。
「しっぽ動いた」
よく見ている。
うちの人間は、
「うれしいのかも」
と言った。
なぜそうなる。
うれしくて動かしたのではない。
気にしている。
これ以上近づくのか見ている。
少し落ち着かない。
その程度である。
姪はうちの人間の言葉を聞いていなかった。
シジミの尾を見続けている。
尾の先がもう一度動く。
姪の目が少し大きくなる。
そして、手を伸ばした。
シジミはすぐに尾を体の近くへ寄せた。
姪の手が止まる。
「かくした」
分かっている。
触られたくないから隠した。
うちの人間が言う。
「しっぽは触られるの嫌なんだよ」
珍しく正しい。
姪はうなずいた。
「いやなんだ」
理解したらしい。
だが、次にシジミの背中へ手を伸ばした。
尾が嫌なら、背中ならよいと思ったようだ。
情報の使い方が違う。
尾を隠した。
ならば触らない。
ではなく、
尾は駄目。
ほかならよい。
になる。
シジミは立ち上がり、長椅子の下へ移動した。
姪はすぐに床へ手をつき、下をのぞき込んだ。
「ここにいる」
うちの人間が笑う。
「シジミ、かくれんぼしてるのかな」
していない。
距離を取ったのである。
姪には、それも分かっている。
シジミが移動する直前、体へ力を入れたことを見ていた。
急に逃げたのではない。
自分が手を伸ばしたから移動した。
そこまで理解しているはずだ。
◆ 嫌だから見る
それでも、長椅子の下へ顔を近づける。
シジミがさらに奥へ下がる。
姪も少し横へ移る。
シジミの顔が見える位置を探している。
「目、細くなった」
そのとおりである。
落ち着いて眠くなったのではない。
これ以上来るなという顔である。
うちの人間が言う。
「眠いのかも」
違う。
姪はしばらくシジミを見た。
「ちがうよ」
少し感心した。
姪には分かっている。
「いやなんだよ」
正しい。
うちの人間が少し驚く。
「そうなの?」
見れば分かる。
姪は顔を上げ、うちの人間へ言った。
「こっち見てるもん」
嫌なら見ないのではないか、と大人は考える。
だが、嫌だから見ることもある。
何をするか分からない相手から、目を離せない。
姪はそこまで言葉にできないだけで、感覚では理解しているらしい。
うちの人間は長椅子の下をのぞいた。
「シジミ、ごめんね。びっくりしたね」
びっくりはしていない。
警戒しているだけである。
◆ 気づいたうえで近づく
姪はその場から一度離れた。
よくできた判断だった。
だが、数分後には戻ってきた。
今度は床へ座り、何もせずにシジミを見る。
シジミも長椅子の下から見返した。
姪は動かない。
手も伸ばさない。
しばらく、そのままでいる。
この距離なら悪くない。
相手が何もしないと分かれば、少し警戒を緩められる。
シジミは前足の力を抜いた。
耳も少し前へ戻す。
姪が小さく言った。
「耳、もどった」
やはり見ている。
うちの人間は台所から答えた。
「慣れてきたんじゃない?」
そこまでは合っている。
姪は、また一歩近づいた。
シジミの耳が横へ動く。
姪は止まる。
ここまでなら、とても正しい。
だが、姪は少し考えたあと、床へ腹ばいになった。
自分の顔を、長椅子の下へ近づける。
距離を詰める方法を変えただけである。
シジミは奥へ下がった。
姪が言う。
「また下がった」
知っているなら、なぜ続ける。
大人の人間は、動物の気持ちへ気づかずに近づく。
子どもは、気づいたうえで近づく。
どちらがよいかは難しい。
少なくとも、姪のほうが相手の反応を正確に見ている。
だが、その観察力が配慮へつながっていない。
興味へつながっている。
シジミが動く。
姪も動く。
シジミが耳を向ける。
姪が喜ぶ。
シジミが離れる。
姪が追う。
相手の反応そのものを楽しんでいる。
若い犬に少し似ている。
相手が動けば、遊びが始まったと思う。
違うのは、犬より静かなことである。
声を上げず、よく観察しながら追ってくる。
そのぶん避けにくい。
※第28話「姪」は全五回です。
続きます。
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