(一)ウグイス色
◆ 鳥であればよい
うちの人間は、庭に鳥の食事をまく。
何の鳥へ与えているのかは、あまり考えていない。
朝になればスズメが来る。
少し大きな鳥が混ざることもある。
食事を置いた本人は、窓の内側からそれを眺め、
「今日も鳥が来てる」
と喜ぶ。
種類までは、ほとんど気にしていない。
鳥であればよいらしい。
小さければかわいい。
数が多ければにぎやか。
鳴いていればのどか。
人間の鳥に対する理解は、だいたいその程度である。
うちの人間は、ときどき果物も庭へ置く。
自分が食べきれなかったもの。
少し柔らかくなったもの。
皮をむいたあとに残った一切れ。
それを庭の木の枝へ置く。
「何か食べるかも」
何かとは何だろう。
どの鳥が食べるのか。
鳥以外のものが来る可能性はないのか。
夜まで残ったらどうするのか。
そこまでは考えていない。
何かが来る。
何かが食べる。
見られたら楽しい。
その程度である。
◆ 何が来るか
その日、うちの人間は半分に切った果物を庭の木へ置いた。
甘い匂いがする。
柔らかい。
くちばしでも食べやすい。
少し離れた場所にいたシジミにも匂いが届いた。
果物そのものには、それほど興味はない。
だが、何が来るかは予想できた。
しばらくすると、小さな鳥が一羽飛んできた。
細い枝へ止まる。
周囲を見回す。
シジミが窓辺にいることにも気づいた。
体を少し低くする。
だが、窓は閉まっている。
シジミがすぐ外へ出てこないと判断すると、果物の置かれた枝へ近づいた。
「甘い匂い」
もう一羽が飛んでくる。
「食べられる?」
「食べられる」
「猫いる」
「中にいる」
「人間もいる」
「見てるだけ」
二羽は、果物をつつき始めた。
メジロである。
体は小さい。
背中は緑がかっている。
そして何より、目の周りが白い。
メジロという名のとおりである。
人間がつけた名前の中では、ずいぶん分かりやすいほうだ。
目の周りが白い。
だからメジロ。
姿を見れば、そのままである。
シジミは、うちの人間もすぐ分かると思っていた。
◆ ウグイスが来た
うちの人間は窓の向こうにいる二羽へ気づいた。
長椅子から立ち上がる。
栗色の髪を耳へかけながら、窓へ近づいた。
そして、うれしそうな声を上げた。
「あ、ウグイスが来た!」
違う。
メジロである。
シジミは窓辺から、うちの人間を見上げた。
二羽のメジロも、果物をつつくのを一度やめた。
「ウグイス?」
「誰が?」
「オレたち?」
「違うだろ」
違う。
どこを見ればウグイスになるのだろう。
うちの人間は、目を輝かせながら絵の光る板を取り出した。
そっと窓へ近づける。
写真を撮るつもりらしい。
「逃げないでね」
逃げるかどうかはメジロが決める。
人間に頼まれて残るわけではない。
メジロたちは警戒していたが、果物のほうを選んだ。
うちの人間が窓の内側にいるかぎり、すぐに危険はない。
一羽がまた果物をつつく。
「甘い」
もう一羽も続く。
「こっち柔らかい」
うちの人間は何枚も写真を撮った。
「かわいい。ウグイスって本当に緑なんだ」
違う。
その緑の鳥は、メジロである。
◆ ウグイス色
おそらく、うちの人間は色だけで判断したのだろう。
人間が使う色の名前に、ウグイス色というものがある。
ややくすんだ緑色。
うちの人間は、以前そのような色の服を見ながら、
「春っぽくていい色」
と言っていた。
その色の印象が、頭に残っているらしい。
ウグイス色。
つまり、ウグイスは緑。
庭に緑の鳥が来た。
だから、ウグイス。
途中の確認が何もない。
目の周りが白いことも見ていない。
体の形も見ていない。
鳴き声も聞いていない。
色だけで決めた。
人間は名前から作った印象を、本物より先に信じることがある。
ウグイス色という名前がある。
ならば、ウグイスはその色をしているはずだ。
本物のウグイスが、どういう色をしているかは関係ない。
自分たちでつけた色の名前に、鳥のほうが合わせるべきだと思っているらしい。
メジロの一羽が、もう一羽へ言った。
「ウグイスって言われてる」
「違うって言えば?」
「人間には分からない」
「じゃあ食べよう」
話が早い。
自分たちが何と呼ばれているかより、目の前の果物のほうが重要である。
正しい。
名前を間違えられても腹は減らない。
訂正しても食事は増えない。
メジロたちは再び果物をつついた。
うちの人間は、その姿を見て満足そうに笑う。
「ウグイスって果物も食べるんだね」
だから、メジロである。
※第27話「メジロとウグイス」は全三回です。
続きます。
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