(三)オレは親じゃない
◆ 覚えるのが早い
覚えるのが早い。
食事を探す方法より先に、人間を起こす方法を覚えてしまった。
親スズメは、少し困った顔をしている。
この庭へ連れてきたのは自分である。
周囲のスズメが鳴けば食事が出るところを見せた。
子が同じことをするのは当然だった。
人間も、子に覚えてほしくない行動を、目の前で平気ですることがある。
光る板を見ながら、
「ずっと画面を見ては駄目」
と言う。
菓子を食べながら、
「好き嫌いせず食べなさい」
と言う。
自分は夜更かしをしながら、
「早く寝なさい」
と言う。
言葉より、行動のほうが分かりやすい。
子スズメも、親の説明より、周囲の成功例を見て学んだ。
鳴く。
人間が起きる。
食事が出る。
実に単純である。
うちの人間が窓を開けた。
庭の木に集まったスズメたちを見る。
「今日は、いつもより多いね」
多い。
朝食軍団に、親子が加わっている。
◆ 次は自分で取れ
うちの人間は柔らかな上着を羽織り、栗色の髪を簡単に後ろでまとめた。
食事を持って庭へ出る。
スズメたちがざわつく。
「来た!」
「飯!」
「降りるぞ!」
うちの人間が食事をまいた。
朝食軍団が一斉に地面へ降りる。
親スズメも続く。
子スズメたちは、少し遅れて飛び降りた。
着地がまだ不安定である。
一羽は地面へ降りたあと、勢いを止められずに数歩跳ねた。
別の一羽は、先に降りたスズメの背中へぶつかりそうになった。
「危ない!」
「どこ見て降りてる!」
「初めてだから!」
「こっちへ来るな!」
朝食軍団は、巣立った子へ特別な配慮をするつもりはないらしい。
食事がまかれれば、早い者が取る。
一粒でも多く食べる。
相手が若いかどうかは関係ない。
親スズメが子へ言う。
「地面を見ろ」
「食べ物を探せ」
「周りも見ろ」
子スズメは地面を見た。
食べ物がいくつも落ちている。
だが、どれを選べばよいのか少し迷っている。
親が一粒ついばむ。
「これ」
子スズメも真似をする。
一度、食べ物ではない小さな石をつつく。
「違う」
「似てる」
「匂いも見ろ」
子スズメは、今度は正しいものをついばんだ。
自分の口へ入れる。
「食べた!」
「次も自分で取れ」
「もう一個ちょうだい」
「そこにある」
「取って」
「自分で取れ」
親が少し離れる。
子スズメは親を追う。
地面には食事がある。
それでも、親の口からもらいたいらしい。
子スズメは体を低くした。
羽を細かく震わせる。
口を大きく開ける。
「飯!」
親スズメは一粒くわえていた。
自分で食べるつもりだったのだろう。
だが、目の前で子が口を開ける。
親の動きが止まった。
「自分で取れ」
子はさらに羽を震わせる。
「飯!」
親は少し迷い、結局その一粒を子の口へ入れた。
「これで最後」
「次も」
「次は自分で取れ」
子スズメは満足そうに飲み込んだ。
◆ オレは親じゃない
だが、問題はここからだった。
庭にはスズメが多い。
親スズメもいる。
朝食軍団もいる。
巣立ったばかりの子には、誰が自分の親かを見失うことがあるらしい。
姿は似ている。
動きも似ている。
地面で何羽も入り乱れている。
親と少し離れた一羽の子スズメが、近くにいた別のスズメへ向かった。
朝食軍団の一羽である。
そのスズメは、大きめの食事をくわえていた。
子スズメは目の前で体を低くする。
羽を震わせる。
口を開ける。
「飯!」
朝食軍団のスズメが固まった。
「何だ?」
子スズメはさらに口を開ける。
「飯!」
「自分で取れ」
「飯!」
「オレは親じゃない」
「飯!」
「違うって」
子スズメは動かない。
羽を震わせ続ける。
口も開けたままである。
朝食軍団のスズメは、周囲を見た。
本当の親を探しているのかもしれない。
だが、親スズメは別の子へ食事の取り方を教えている。
こちらを見ていない。
「おい、誰の子だ」
返事はない。
子スズメが、もう一度鳴く。
「飯!」
朝食軍団のスズメは困っていた。
くわえている食事を自分で食べたい。
そのために朝早くから来た。
人間を起こした。
地面へ降りた。
競争に勝って取った。
それを、知らない子へ渡す理由はない。
「自分で拾え」
子スズメは羽を震わせる。
「飯!」
「だからオレは親じゃない」
「飯!」
「聞いてるのか」
子スズメは聞いていない。
親のような大きさのスズメが、口に食事をくわえている。
自分がねだる。
それで十分だと思っている。
※第26話「巣立ちびな合流」は全六回です。
続きます。
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