(四)平和とは何も生きていない状態
◆ どこを通ればよいのか
カラスのほうが、まだ道理が通っていた。
カラスは、自分たちで選んだ木へ近づくなと言っていた。
木から離れれば、追ってこなかった。
ムクドリは、人間の家を使っている。
屋根の隙間を巣にする。
雨風を避ける。
安全な空間を使う。
その家の住人が外へ出ると、
「近づくな!」
と鳴く。
それでは、うちの人間はどこを通ればよいのだろう。
屋根を外して家を出るわけにはいかない。
別の場所へ扉を作るわけにもいかない。
家に住んでいる側へ、巣から離れろと言う。
ムクドリにも、子を守る事情がある。
それは分かる。
巣へ食事を運びたい。
入口の近くに大きな人間がいる。
危険かもしれない。
警戒するのは当然である。
だが、そもそも人間が必ず通る場所を選んだのはムクドリである。
場所を決める前に、少し観察すべきだった。
人間が出入りする。
猫もいる。
早朝にはスズメも集まる。
静かな場所ではない。
それでも巣を作った。
そして、住人へ文句を言う。
その点については、シジミもムクドリを擁護できない。
◆ ここ、うちなんだけど
うちの人間は電線のムクドリを見上げた。
「あーもう、何なの?」
ムクドリが鳴く。
「ギャー!」
「ここ、うちなんだけど」
そのとおりである。
珍しく、うちの人間の主張に全面的に同意できる。
ムクドリは食べ物をくわえたまま、うちの人間を見ている。
巣へ戻りたい。
だが、人間が近い。
その葛藤があるらしい。
うちの人間も、買い物へ行きたい。
だが、ムクドリに威嚇されている。
互いに相手が邪魔だと思っている。
ただし、先にこの家へ住んでいたのは、うちの人間である。
シジミは玄関の前へ座り、二者を見比べた。
うちの人間が、少し早足で家から離れる。
ムクドリはすぐに屋根へ戻った。
巣の入口へ入る。
中から子の声がする。
「飯!」
「遅い!」
「もっと!」
うちの人間は少し離れたところから、その様子を見た。
「私が邪魔みたいな顔してる」
邪魔だと思われている。
ムクドリにとっては。
自分で家を選んだことは、すでに考えの外らしい。
巣がある。
子がいる。
近くに人間がいる。
だから人間が邪魔。
原因をさかのぼって、
なぜ人間がここを通るのか。
ここが人間の家だから。
では、なぜその家へ巣を作ったのか。
そこまでは考えない。
目の前の状況だけで判断する。
その点は、少し人間に似ている。
うちの人間も、自分で夜更かしをして朝眠くなれば、
「朝が来るの早すぎる」
と言う。
自分で物を買って部屋が狭くなれば、
「収納が少ない」
と言う。
自分でスズメへ食事を出して起こされるようになれば、
「朝からうるさい」
と言う。
自分が原因を作っていても、今困っていることだけを見る。
ムクドリも、巣を作った場所の問題ではなく、今通っている人間を問題にする。
◆ カラスより面倒
家へ戻るときも、同じだった。
うちの人間が玄関へ近づく。
屋根の上にムクドリがいる。
「ギャー!」
「はいはい。今入るから」
うちの人間は頭を少し低くし、急いで扉を開けた。
別に頭を低くする必要はない。
ムクドリがすぐ攻撃してくるとは限らない。
だが、声が神経に触るため、早く家へ入りたくなるのだろう。
扉を閉めたあと、うちの人間は大きく息を吐いた。
「カラスより面倒かも」
シジミも、そう思う。
カラスは大きい。
攻撃されれば危険である。
だが、巣の場所は分かりやすかった。
近づかなければよい。
警告にも順序があった。
まず鳴く。
それでも離れなければ、近くを飛ぶ。
人間が離れれば戻る。
ムクドリは体こそ小さいが、家そのものを巣にした。
朝から鳴く。
夜にも鳴く。
家の住人が通れば警戒する。
逃げ道を変えることもできない。
危険の大きさではカラスのほうが上かもしれない。
面倒の多さでは、ムクドリのほうが上である。
◆ 平和とは何も生きていない状態
翌朝も、早い時間から声が響いた。
「ギャー!」
うちの人間が布団の中で唸る。
「今日も……」
今日もである。
巣立ちまでは続くだろう。
子が育てば、鳴き声はさらに大きくなるかもしれない。
親が運ぶ食事の量も増える。
出入りする回数も増える。
うちの人間は、布団を頭までかぶった。
「カラスがいなくなって平和になると思ったのに」
平和とは、何も生きていない状態なのだろうか。
カラスがいれば警戒される。
スズメがいれば食事を要求される。
ムクドリがいれば早朝から鳴かれる。
人間は動物のいる景色を好む。
鳥の声を風情と呼ぶ。
親子を見れば、かわいいと言う。
巣作りを見れば、頑張っていると言う。
だが、自分の暮らしへ少しでも入り込まれると、すぐに困る。
庭で鳴くなら、のどか。
屋根で鳴けば、うるさい。
遠くの巣なら、子育てしていて偉い。
自分の家に巣を作れば、迷惑。
人間が動物を好むのは、自分に都合のよい距離にいるときだけらしい。
シジミは、その点については人間だけを責められない。
シジミも、ムクドリが遠くの木へ巣を作っていれば気にしなかった。
屋根で朝から鳴くから、うるさいと思っている。
距離は大切である。
近ければ、相手の事情だけでは済まなくなる。
ただし、シジミなら最初から距離を取る。
ムクドリの巣へ近づかない。
ムクドリにも近づいてほしくない。
互いに使う場所を分ける。
それが一番効率がよい。
人間は、巣を見つけたときに、
「しばらくだけならいいか」
と受け入れた。
そのあとで鳴き声へ文句を言う。
受け入れるなら、起きることも考えるべきである。
嫌なら、巣作りの早い段階で対処すべきだった。
子が生まれてからでは、簡単に動かせない。
人間は判断を先送りし、問題が大きくなったあとで困ることがある。
※第24話「ムクドリの巣」は全五回です。
続きます。
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