(二)鳴る箱より効果がある
◆ 鳴けば出てくる
うちの人間は布団を頭までかぶった。
見えなくなれば、声も聞こえなくなると思ったのだろうか。
人間は、嫌なものがあると視界から隠す。
光る板に嫌な知らせが出れば、画面を伏せる。
片づけるべきものがあれば、棚の奥へ押し込む。
起きたくない朝には、布団を頭までかぶる。
見えないだけで、なくなったわけではない。
スズメの声も消えない。
「飯!」
「隠れたぞ!」
「でもいる!」
「鳴けば出てくる!」
スズメたちは正しい。
うちの人間は、ここにいる。
布団の中へ隠れただけだ。
シジミは寝台から降りた。
床へ着地すると、窓の外にいた一羽が気づいた。
「黒いのが起きた!」
「人間を起こせ!」
「飯を出させろ!」
なぜシジミが手伝わなければならないのか。
食事が欲しいのはスズメたちである。
自分たちで起こせばよい。
もっとも、すでに十分起こしている。
うちの人間は、布団の中で目を覚ましている。
ただ、起き上がりたくないだけだ。
スズメたちは、さらに鳴いた。
「黒いの!」
「人間を動かせ!」
「飯!」
シジミは窓辺へ上がった。
布越しに外を見る。
何羽かの影が動いている。
一羽が、こちらへ顔を向けた。
「飯、出させて!」
ずいぶん当然のように頼む。
以前、食事が出た。
だから今日も出る。
昨日出たなら、明日も出る。
一度でも続けば、いつものことになる。
人間にもよくある。
一度何かをしてやる。
次から、それが当然になる。
食事を分ける。
扉を開ける。
迎えに行く。
仕事を代わる。
最初は感謝する。
次は期待する。
その次には、まだなのかと催促する。
スズメも同じらしい。
食事を出すのは、うちの人間の役目になっている。
本人が決めたわけではない。
スズメたちが決めた。
◆ こっちだと早い
シジミは窓の外へ向かって、まだ寝ていると伝えた。
一羽が答える。
「だから起こしてる!」
見れば分かる。
別の一羽が言う。
「前はここで鳴いたら、すぐ出てきた!」
やはりそうだった。
寝床の位置を理解したわけではない。
この場所で騒ぐと反応が早いことを覚えただけらしい。
シジミが尋ねる。
なぜ、ここで鳴くようになった。
最初の一羽が胸を張った。
「庭の窓だと遅い!」
別の一羽が続ける。
「こっちだと早い!」
「一回やったら、すぐ動いた!」
「だからここ!」
実に単純である。
だが、正しい。
家の中の構造は分からない。
人間がどこで眠っているかも知らない。
ただ、この場所で鳴けば反応が早い。
その結果だけを覚えた。
それで十分なのだ。
人間は動物の知能を、自分たちの言葉や仕組みをどれだけ理解できるかで測る。
だが、動物にとって必要なのは、人間と同じように考えることではない。
食事を得る。
危険を避ける。
安全な場所を見つける。
そのために、どの行動が有効かを覚える。
スズメたちは、人間の寝床という言葉を知らない。
家の間取りも理解していない。
それでも、最も効率よく人間を起こせる位置を見つけた。
目的は達成している。
うちの人間より、朝の行動には無駄がない。
◆ 鳴る箱より効果がある
布団の中から、うちの人間の声が聞こえた。
「シジミ、スズメに返事してるの?」
少し違う。
状況を確認していた。
シジミが鳴くと、うちの人間は布団から顔を出した。
髪が頬へかかっている。
「お腹空いたの?」
また食事である。
シジミが何か言えば、食事を求めていると思う。
スズメが鳴いても、かわいい声だと思う。
人間には、動物の言葉がほとんど届いていない。
それでも、うちの人間は上半身を起こした。
窓の外を見る。
「今日も来てるなあ」
スズメたちが一斉に鳴く。
「起きた!」
「飯!」
「はよう飯!」
うちの人間は、少し笑った。
「朝から元気だねえ」
元気なのではない。
腹が減っている。
しかも、うちの人間が食事を出すまで帰るつもりがない。
うちの人間は寝台から足を下ろした。
床へ立つ。
スズメたちの声が、急に弾んだ。
「動いた!」
「出るぞ!」
「飯だ!」
実際に早い。
鳴る箱の音なら、うちの人間は何度も止める。
布団の中で、
「あと五分」
と言う。
だが、スズメが窓の前で騒ぐと、いつもより早く起きる。
鳴る箱は止めれば静かになる。
スズメは止まらない。
むしろ、反応があるほど騒ぐ。
うちの人間も、それを理解しているのだろう。
静かにするには、起きて食事を出すしかない。
スズメたちは、うちの人間を動かす方法を学んだ。
うちの人間は、スズメを静かにする方法を学んだ。
互いに相手を動かしているつもりである。
だが、先に目的を達成するのは、いつもスズメたちだ。
うちの人間は柔らかな上着を羽織り、髪を簡単に後ろでまとめた。
まだ眠そうな顔のまま、台所へ向かう。
シジミもあとを追った。
「ちょっとだけだからね」
誰へ言っているのだろう。
スズメには聞こえない。
聞こえたとしても、ちょっとの意味を守るとは思えない。
うちの人間は小さな器から食べ物を取り出した。
庭へ出るための窓へ向かう。
スズメたちは、寝床の近くから一斉に飛び立った。
先回りして庭へ移動する。
「来た!」
「飯!」
「早く!」
食事を出す場所は理解している。
起こす場所と、受け取る場所を使い分けている。
寝室側で騒ぐ。
人間が動いたら庭へ回る。
うちの人間が食事をまく。
食べる。
実に効率がよい。
※第19話「再びスズメ」は全三回です。
続きます。
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