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本当に人間ってあさはかな生き物だよね  作者: KEI
第18話 精神年齢

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(一)起きたくない

◆ 三歳児なんだねえ


うちの人間が、光る板を見ながら言った。


「猫の知能って、人間の三歳児くらいなんだって」


長椅子で隣に座っていたシジミは、片方の耳を動かした。


うちの人間は画面に書かれていることを読み続ける。


「簡単な言葉を覚えたり、数を少し理解したりできるらしいよ」


それから、シジミの頭を撫でた。


「シジミは三歳児なんだねえ」


ずいぶんうれしそうである。


自分より年下だと思えることが、そんなに楽しいのだろうか。


もっとも、人間の知能と猫の知能を単純に比べるなら、三歳児くらいというのも、まったく見当違いではないのかもしれない。


シジミは、人間の言葉をすべて理解しているわけではない。


名前。


食事。


おやつ。


待て。


駄目。


おいで。


病院。


風呂。


そのほかにも、毎日の生活でよく使われる言葉なら分かる。


声の調子や、うちの人間が見ている方向、手に持っているものまで合わせれば、もう少し複雑なことも判断できる。


だが、人間が長々と話している文章を、一言一句正確に理解しているかと言えば、そうではない。


うちの人間が外から帰ってきて、


「今日は仕事でこんなことがあって、あの人がこう言って、それで私がこうしたんだけど」


と話し始めても、シジミに分かるのは、


仕事。


嫌な人間。


疲れた。


おそらく、その程度である。


細かな事情までは分からない。


そもそも、知らない人間の名前をいくつも出されても困る。


シジミは、その者たちの匂いを嗅いだこともなければ、姿を見たこともない。


それでも、うちの人間は、


「それでさ、ひどいと思わない?」


と同意を求めてくる。


何がひどいのかは分からない。


だが、うちの人間が不満を抱いていることは分かる。


そのようなときは、短く鳴いておけばよい。


うちの人間は、


「だよね」


と勝手に納得する。


人間の言葉を完全に理解できなくても、人間を扱うことはできる。


とはいえ、文字は読めない。


数字も、細かな計算まではできない。


昨日と今日の違いは分かるが、七日前と八日前を正確に言い分けることは難しい。


その意味では、うちの人間のほうが知能は高いのだろう。


うちの人間は文字を読む。


数字を計算する。


遠くの人間と話す。


見たことのない場所まで、一人で移動する。


毎日決まった仕事をし、その代わりに紙や数字を受け取る。


それらを使って、食事や服や家を手に入れる。


猫にはできないことを、いくつもできる。


年月だけで比べても、うちの人間のほうが長く生きている。


シジミよりも先に生まれ、シジミよりも多くの季節を見てきた。


知っていることも多い。


できることも多い。


そこは認めてよい。


だが、精神年齢は別である。


知能が高いからといって、精神まで大人とは限らない。


多くの言葉を知っていても、自分の気持ちを扱えるとは限らない。


計算ができても、欲しいものを我慢できるとは限らない。


長く生きていても、同じ失敗から学ぶとは限らない。


残念ながら、精神年齢については、シジミが生まれて一年ほどで、うちの人間を追い抜いてしまった。


◆ 起きたくない


その日の朝も、そうだった。


うちの人間の枕元で、鳴る箱が音を出した。


うちの人間は布団の中から腕だけを伸ばし、音を止める。


少しすると、また鳴る。


また止める。


三度目に鳴ったところで、布団の中から低い声が聞こえた。


「起きたくない……」


起きなければよい。


外へ行く必要があるなら、起きればよい。


選ぶべきことは、そのどちらかである。


だが、うちの人間は起きないまま、


「仕事行きたくない」


「でも休めない」


「あと五分だけ」


と、布団の中で何度も同じことを言う。


五分たてば、また五分を欲しがる。


時間を細かく分ければ、起きなくてもよくなると思っているらしい。


シジミは、食事の時間になれば起きる。


眠くても起きる。


食べ終わってまだ眠ければ、もう一度眠る。


簡単なことである。


眠いことと、起きる必要があることは、同時に存在できる。


眠いから起きられないわけではない。


眠いが、起きる。


それだけだ。


うちの人間は、それができない。


布団から出たくないという気持ちと、仕事へ行かなければならないという事実を前にして、毎朝長い話し合いを始める。


話し合っているのは、うちの人間一人である。


出たくない。


出なければならない。


眠い。


遅れる。


寒い。


あと少し。


どれだけ言葉を重ねても、最後には起きるしかない。


それなら、最初から起きればよい。


ようやく布団から出たうちの人間は、栗色の髪を乱したまま、洗面所へ向かった。


鏡を見て顔をしかめる。


「ひどい顔」


寝たのは、うちの人間である。


夜遅くまで光る板を見ていたのも、うちの人間である。


昨夜、


「これを見たら寝る」


と言ったあと、さらにいくつも見ていた。


眠る時間が遅くなれば、朝は眠い。


それは前の日から分かっていたはずだ。


だが、夜のうちの人間は、朝のうちの人間のことを考えない。


朝になると、昨夜の自分へ文句を言う。


同じ人間なのに、ずいぶん仲が悪い。


シジミが子猫だったころ、夜中に家の中を走り回ったことはある。


棚へ登った。


布を引っ張った。


床の上を転がるものを追いかけた。


だが、朝になって眠ければ、そのまま眠った。


自分で夜更かしをしておきながら、朝へ文句を言ったりはしない。


そもそも猫は、眠れるときに眠る。


人間のように、眠る時間を自分で削り、その結果へ不満を抱くことはない。


うちの人間は身支度を終え、家を出た。



※第18話「精神年齢」は全三回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/humans-foolish-top

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