(三)だから、つけない
◆ 猫はすべてにゃ
人間の考える猫らしさは、にゃ。
犬らしさは、わん。
鳴き声を一つ覚えただけで、その動物を表したつもりになっている。
人間同士の言葉には、語尾だけでも多くの違いがある。
話す相手によって変える。
場所によって変える。
年齢によって変える。
機嫌によっても変える。
それなのに、猫はすべてにゃ。
子猫もにゃ。
年を取った猫もにゃ。
怒っている猫もにゃ。
眠い猫もにゃ。
強い猫もにゃ。
おとなしい猫もにゃ。
話している内容より、最後ににゃがあることのほうが大切らしい。
そのあと、また猫動画へ戻った。
今度は、猫が人間の膝から降りていくところだった。
人間が、
「もう行っちゃうの?」
と尋ねる。
猫は振り返らない。
ただ床へ降り、少し離れた場所で座った。
暑くなった。
姿勢を変えたい。
一人で座りたい。
そのどれかだろう。
字幕には、
『嫌いになったわけじゃにゃいよ』
と表示された。
また「にゃい」である。
猫は何も言っていない。
人間を嫌いになったとも言っていない。
嫌いではないとも言っていない。
ただ膝から降りただけだ。
人間は猫が離れると、好かれていないのではないかと不安になる。
だから、猫の側へ、
「嫌いになったわけではない」
と言わせる。
しかも、にゃいという妙な言葉で。
猫の気持ちを表しているのではない。
動画を見る人間を安心させているのである。
猫は離れたかったから離れた。
それで十分だ。
嫌いかどうかまで考えていないかもしれない。
人間は、猫の一つ一つの行動を、自分への好意と結びつけたがる。
近づけば好き。
離れれば嫌い。
膝へ乗れば甘えている。
降りれば寂しくなかったのかと心配する。
猫には、猫の都合がある。
暑い。
眠い。
あちらのほうが柔らかい。
音がした。
匂いが気になる。
ただ移動したい。
人間とは関係のない理由も多い。
だが、人間は自分を中心に考える。
猫が動くたびに、自分への気持ちが変わったと思う。
うちの人間も、シジミが隣から離れると、
「もう行くの?」
と言うことがある。
行く。
それだけだ。
嫌いになったわけでもない。
嫌いではないと伝えるために離れるわけでもない。
別の場所へ行きたいから動く。
人間は、理由が自分にないと納得できないのだろうか。
◆ 一緒に猫動画見ようよ
シジミは長椅子の上で立ち上がった。
同じ姿勢でいるのに飽きた。
窓辺へ移動しようとしただけである。
うちの人間が画面から顔を上げる。
「シジミ、どこ行くの?」
窓辺である。
見れば分かる。
シジミは長椅子から降りた。
うちの人間が少し寂しそうな声を出す。
「一緒に猫動画見ようよ」
本物の猫を引き止めて、よその猫の動画を一緒に見ようとしている。
ずいぶん妙な話である。
シジミは窓辺へ向かった。
うちの人間は、その背中へ向かって言った。
「シジミも、そんな動画より私を見てほしいにゃ、って思ってるのかな」
思っていない。
しかも、シジミの言葉へ勝手ににゃをつけた。
動画の中だけでは足りず、目の前のシジミにまで妙な話し方をさせ始めている。
シジミは足を止め、振り返った。
うちの人間と目が合う。
ここは、はっきり伝えておく必要がある。
猫は語尾へにゃなどつけない。
「そんなことない」は、「そんなことない」である。
「そんにゃことにゃい」ではない。
犬も、走ろうわんなどとは言わない。
勝手に言葉を作り、猫や犬がそう話していることにしないでほしい。
シジミは、できるだけ明確に鳴いた。
うちの人間は、しばらくシジミを見つめた。
少しは伝わっただろうか。
やがて、うちの人間はうれしそうに笑った。
「返事してくれた。やっぱり一緒に見たいんだにゃ」
だから、つけない。
シジミはもう一度鳴いた。
うちの人間は、さらに笑う。
「そんにゃことにゃい、って?」
まるで伝わっていない。
むしろ、先ほどの動画で覚えた言葉を使いたいだけらしい。
◆ 分からないなら、分からないまま
人間は動物の言葉が分からない。
そのこと自体は仕方がない。
猫にも、人間の言葉がすべて分かるわけではない。
だが、分からないなら分からないままにしておけばよい。
なぜ勝手に言葉をつけるのだろう。
なぜ必ず、かわいらしく話していることにするのだろう。
なぜ猫なら、にゃをつけなければ気が済まないのだろう。
猫が何も言っていないところへ字幕を出す。
強い要求を甘えた言葉へ変える。
拒否を照れ隠しにする。
そして最後には、言葉の途中までにゃへ変える。
にゃへのこだわりが強すぎる。
シジミは窓辺へ移動し、外を眺めた。
背後では、次の猫動画が始まっている。
画面の猫が短く鳴く。
字幕が表示される。
『今日もかわいいぼくを見てほしいにゃ』
画面の猫は、ただ欠伸をしただけである。
うちの人間が楽しそうに笑う。
猫は何も言っていない。
犬も、語尾にわんとは言わない。
それでも人間は、動物が自分たちの考えた言葉で、自分たちに都合よく話していることにする。
シジミは猫語でつぶやく。
「本当に人間ってあさはかな生き物だよね」
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