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本当に人間ってあさはかな生き物だよね  作者: KEI
第16話 ラノベ

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(三)また別の最強

◆ 次はちょっと違うもの


うちの人間は本を閉じた。


読み終わったらしい。


「面白かった」


それならよい。


好きなものを読み、楽しんだ。


それ自体には何も問題はない。


シジミも、同じ場所で何度眠っても飽きない。


日なたは毎日同じように暖かい。


同じ食事でも、腹が減っていればおいしい。


好みに偏りがあることは悪くない。


だが、うちの人間は本をテーブルへ置くと、すぐに光る板を取り出した。


「次は、ちょっと違うのを読もうかな」


シジミは光る板を見た。


表紙に若い人間。


大きな武器。


後ろには何人かの人間。


題名には、最弱という言葉が入っている。


うちの人間が指で説明を読む。


「最弱の能力しかもらえなかった主人公が……」


最弱なら、今回は本当に弱いのかもしれない。


少しは違う話なのだろうか。


うちの人間が続きを読んだ。


「実は、その能力には誰も知らない使い方があって、世界最強に……」


やはり最強だった。


うちの人間は満足そうにうなずく。


「こういうの好きなんだよね」


知っている。


先ほど、違うものを読むと言っていたはずだ。


だが、主人公が最初から最強なのと、最弱だと思われていたが実は最強なのは、うちの人間にとって大きく違うらしい。


猫のシジミには、どちらも最後には最強としか見えない。


うちの人間は、その本を買った。


◆ 異世界でも今の暮らし


そして、新しい本を読み始める前に長椅子へ深く座り直した。


「私も異世界に転生したら、すごい能力もらえないかなあ」


異世界という場所がどこにあるのか、シジミは知らない。


だが、仮に行けたとしても、強い能力を必ずもらえるとは限らない。


何ももらえないかもしれない。


言葉が通じないかもしれない。


食べ物が合わないかもしれない。


眠る場所もないかもしれない。


うちの人間は、旅行へ行くだけでも多くの荷物を用意する。


服。


顔へ塗るもの。


髪を整えるもの。


飲み物。


光る板へ力を入れる道具。


忘れ物がないか何度も確認する。


それでも何か一つは忘れる。


そんな人間が、何も準備せず別の世界へ行って暮らせるのだろうか。


おそらく、最初の夜には、


「家に帰りたい」


と言う。


次の日には、


「お風呂に入りたい」


と言う。


三日目には、


「柔らかい寝床がない」


と嘆く。


どれほど強い能力があっても、髪を乾かす道具がなければ不満を言うだろう。


うちの人間が異世界で望むものは、最強の力ではない。


今の暮らしをそのまま持っていき、そのうえで周囲から褒められることではないだろうか。


それなら、異世界へ行く必要はない。


今の世界で努力すればよい。


だが、それは嫌らしい。


◆ 強さではなく安心


うちの人間は新しい本を開いた。


数頁読んだところで笑う。


「やっぱり、こういうのは安心して読めるなあ」


なるほど。


うちの人間が求めているのは、強さではなく安心なのかもしれない。


主人公は負けない。


周囲はやがて価値を認める。


悪く言った者は後悔する。


努力が報われないこともない。


頑張ったのに誰にも気づかれないこともない。


どこかで必ず、主人公のすごさが明らかになる。


現実の人間は、そうはいかないらしい。


毎日働いても、誰も驚かない。


難しいことをしても、それが仕事だと言われる。


頑張っても、すぐに結果が出るとは限らない。


周囲が価値に気づかないまま終わることもある。


だから、必ず認められる話を読む。


必ず勝つ者を見る。


最初から与えられた力でもよい。


偶然見つけた能力でもよい。


とにかく最後に、


「あなたはすごい」


と言われればよい。


そう考えると、少しだけ分からなくもない。


うちの人間も、毎日安全な家から出ていき、疲れて帰ってくる。


それでも、誰かが毎日、


「すごい」


と褒めてくれるわけではない。


自分で自分へご褒美を与えなければならない日もある。


物語の中くらい、努力せずに最強になり、周囲から褒められる者を見たいのだろう。


ただし、同情と理解は別である。


◆ 好みを遠回りして説明する


うちの人間は、


「いろいろな本を読むのが好き」


と言う。


だが、ラノベを選ぶときは、ほとんど最強になる話を選ぶ。


変わった話を読みたいと言い、別の方法で最強になる話を探す。


同じような話ばかりではないと言いながら、転生と転移の差を説明する。


主人公が努力せず力を得るとうらやましがり、自分については努力が大切だと言う。


そして、異世界へ行きたいと言いながら、家の暮らしは何一つ手放すつもりがない。


作品が悪いわけではない。


好きなものを読むことも悪くない。


ただ、うちの人間は、自分の好みをずいぶん遠回りして説明する。


最強の主人公が活躍して、皆から褒められる話が好き。


それだけで済む。


だが人間は、


「設定が面白くて」


「世界観が作り込まれていて」


「能力の使い方が独特で」


と、さまざまな理由を並べる。


もちろん、それらも本当なのだろう。


しかし、主人公が最後まで弱いままなら、おそらく読まない。


シジミには分かっている。


◆ また別の最強


うちの人間は頁をめくりながら、楽しそうに笑った。


本の中では、最弱だと思われていた主人公が、初めて力を使ったところだった。


周囲の人間が驚いている。


「そんな力、見たことがない」


うちの人間が得意そうにうなずく。


「ほらね」


何が、ほらね、なのだろう。


予想したのは本を書いた人間である。


力を使ったのは本の中の主人公である。


うちの人間は、最強になると書かれた説明を読んで、そのとおりになったことを確認しただけだ。


それでも、自分が主人公の価値を最初から見抜いていたような顔をする。


シジミは長椅子の上で体を丸めた。


これから主人公は、さらに強くなる。


敵を倒す。


周囲を驚かせる。


最初に見下していた者は後悔する。


うちの人間は満足する。


そして読み終われば、次こそ少し違う話を読もうと言う。


そのあと、また別の最強を探すのだろう。


シジミはいつものように猫語で言う。


「本当に人間ってあさはかな生き物だよね」



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/humans-foolish-top

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