(一)どの道を通っても最強
◆ 軽い小説
うちの人間は、そこそこの読書家である。
長椅子に座って読む。
寝台へ寝転がって読む。
温かい飲み物を片手に読む。
風呂へ入る前に少しだけと言って読み始め、気づけば長い時間がたっていることもある。
本を読みながら眠り、本の角を頬へ当てたまま朝を迎えたこともあった。
紙に書かれた黒い模様を追うためだけに、ずいぶん不自然な姿勢を続けられるものだとシジミは思う。
人間は本を読んでいるあいだ、ほとんど動かない。
それなのに、読み終えると、
「疲れた」
と言う。
体を動かしていないのに疲れるらしい。
人間の頭は、ずいぶん燃費が悪い。
うちの人間が読む本には、いくつか種類がある。
誰かが悪いことをして、別の誰かが犯人を探す話。
昔の人間が争ったり、国を作ったり、滅ぼしたりする話。
人間同士が近づいたり離れたりして、そのたびに悩む話。
怖いものが出てきて、自分から読んだ人間が勝手に怯える話。
そして、ときどき読むのが、ラノベというものである。
ライトノベル。
人間の言葉に直せば、軽い小説ということだろう。
本そのものは、ほかの本とそれほど重さが変わらない。
厚いものもある。
何冊も続いているものは、まとめて持てばかなり重い。
以前、うちの人間は何冊も積み上げて運ぼうとし、途中で一冊を足の上へ落とした。
「痛い!」
と叫んでいた。
少なくとも、足へ落ちたときの痛さは軽くないらしい。
では、何が軽いのだろう。
紙か。
言葉か。
話か。
読む人間の気持ちか。
シジミには分からない。
ただ、うちの人間はラノベを読むとき、ほかの本よりも気楽そうな顔をしている。
難しい顔をしない。
登場する人間の名前を紙へ書き出したりもしない。
途中で前の頁へ戻り、何度も確認することも少ない。
肩へ落ちた栗色の髪を耳へかけ、柔らかな部屋着のまま長椅子へ座り、菓子を食べながら頁をめくっている。
ときどき笑う。
ときどき、
「そうはならないでしょ」
と言う。
だが、読むのをやめることはない。
そうはならないと思いながら、そうなる話を楽しんでいる。
人間は、自分が納得できないものにも金を払い、時間を使えるらしい。
◆ 題名の最初だけで選ぶ
その日のうちの人間も、ラノベを読んでいた。
表紙には若い人間が描かれている。
手には大きな剣。
その後ろには、さまざまな服を着た人間たちが並んでいる。
空には大きな生き物が飛んでいる。
題名は長い。
ずいぶん長い。
一冊の中身を読む前に、題名だけでだいたい何が起きるか分かりそうなくらい長い。
うちの人間は、光る板で本を探しているときも、題名を最後まで読まずに選んでいることがある。
最初のほうに、
転生。
最強。
追放。
チート。
無双。
そのあたりの言葉が入っていれば、続きを確認する必要はないらしい。
猫が食事の袋の最初の音だけで反応するのと似ている。
ただし、猫は匂いまで確認する。
人間は題名だけで買う。
どちらが慎重かは、考えるまでもない。
◆ どの道を通っても最強
うちの人間が好むものには、少し偏りがあった。
俺TUEEE系と呼ばれるものらしい。
シジミには、なぜ最後だけ人間の言葉ではないのか分からない。
強いなら、強いと言えばよい。
わざわざ文字の形まで変える必要があるのだろうか。
だが、人間は同じ意味でも、書き方を変えると別のものに感じるらしい。
強い。
最強。
無敵。
規格外。
チート。
人外。
すべて、ほかの者より圧倒的に強いという話である。
うちの人間が読む本では、主人公はたいてい強い。
最初から強いこともある。
転生したら強くなっていることもある。
神のような者から力を渡されることもある。
弱いと思われていた能力が、実は最強だったこともある。
追い出されたあとで、本当の価値が分かることもある。
どの道を通っても、最後には強い。
シジミは、そのこと自体を悪いとは思っていない。
強い者が活躍する話を読みたい者もいるだろう。
高いところへ跳ぶ猫を見たい者もいれば、日なたで眠る猫を見たい者もいる。
好みはそれぞれである。
作品は作品だ。
そこへ文句をつけるつもりはない。
問題は、うちの人間である。
うちの人間は本を選ぶとき、
「たまには違う感じのものを読もうかな」
と言う。
そのあと、転生した人間が最強になる本を選ぶ。
次に本を買うときも、
「今度は少し変わった話がいいな」
と言う。
今度は追放された人間が、実は最強だった本を選ぶ。
さらにその次は、
「同じようなのばかりだと飽きるんだよね」
と言いながら、最弱の職業だと思われていた人間が最強になる本を選ぶ。
本人は違うものを選んでいるつもりらしい。
転生の理由が違う。
能力の名前が違う。
武器が違う。
周囲にいる者が違う。
敵の姿が違う。
たしかに、細かなところは違う。
だが、最後には主人公が圧倒的に強い。
うちの人間は猫のことを、黒ければどれも同じように見る。
一方で、自分が読む本については、
「これは転生だけど、こっちは転移だから違う」
などと言う。
ずいぶん細かな違いである。
猫の耳の形や目の色は見分けないくせに、異世界へ行く方法の差は重要らしい。
※第16話「ラノベ」は全三回です。
続きます。
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