(三)それでは褒美ではなく日常
◆ 欲望を立派な言葉で包む
だから、理由をつける。
褒美。
必要経費。
自己投資。
気分転換。
将来のため。
言葉を入れ替えれば、同じ買い物でも立派になると思っている。
菓子なら、ご褒美。
服なら、気分を上げるため。
顔へ塗るものなら、身だしなみ。
遊びに行くなら、心を休めるため。
欲しかった。
食べたかった。
遊びたかった。
そう言えば短く済む。
だが、人間は短い理由では安心できない。
自分の欲望を、立派な言葉で包まなければ受け取れないのだろう。
猫が獲物を捕まえるとき、
「これは狩猟能力を維持するための自己投資である」
とは言わない。
捕まえたいから捕まえる。
遊びたいから遊ぶ。
それでよい。
◆ 置く場所がない
うちの人間は、新しい鞄を棚へしまった。
似たような鞄が並んでいるため、置く場所がない。
中のものを動かす。
あまり使っていない鞄を奥へ押し込む。
一つ入れるために、三つを動かしている。
人間は物を増やすたび、置く場所に困る。
それでも、次に欲しいものを見つければ、また何か理由をつけて買うのだろう。
◆ また褒美になる
さらに数日後。
うちの人間は仕事から帰ると、長椅子へ倒れ込んだ。
髪をまとめていたものを外し、深く息を吐く。
「今日は疲れたあ」
シジミは隣に座っていた。
うちの人間は光る板を取り出した。
何かを見つける。
少し迷う。
そして、つぶやいた。
「今日は大変だったし、自分へのご褒美に頼んじゃおうかな」
今度は食事らしい。
家には食べるものがある。
朝、うちの人間自身がそう言っていた。
だが、作るのが面倒になったため、外から食べ物を運ばせるつもりらしい。
疲れているから楽をしたい。
それなら、そう言えばよい。
ところが、また褒美になる。
頑張ったから菓子を買う。
頑張ったから鞄を買う。
疲れたから食事を頼む。
人間は何かを欲しがるたび、自分へ賞を与えている。
これほど何度も褒美を受け取っているのなら、よほど立派なことをしているに違いない。
だが、シジミが見ているかぎり、うちの人間は毎日外へ出て、疲れて帰ってくるだけである。
人間にとっては、それだけでも褒めなければ続けられないほど大変なのかもしれない。
それなら、少し気の毒ではある。
◆ シジミにもご褒美
うちの人間は食事を頼み終えると、シジミを見た。
「シジミにも、ご褒美あげようか」
シジミは耳を立てた。
うちの人間が棚から、小さな袋を取り出す。
中には、シジミの好む食事が入っている。
「今日はお留守番、頑張ったもんね」
留守番を頑張ったわけではない。
家にいただけである。
窓辺で眠った。
庭を見た。
水を飲んだ。
長椅子の真ん中を使った。
必要なことをしていただけだ。
褒められるようなことは、特にしていない。
だが、食事が出るらしい。
シジミは袋の前へ座った。
うちの人間が笑う。
「ご褒美、うれしい?」
ご褒美かどうかは関係ない。
欲しい食事だから食べる。
言葉を飾る必要はない。
シジミはそう考えながら、差し出された食事を口にした。
うちの人間は満足そうにシジミを撫でる。
「頑張ったあとのご褒美は、特別だよね」
味は、いつもと同じである。
頑張ったから変わるわけではない。
ただし、理由もなく食事を増やせと言えば、うちの人間は出さないことがある。
お留守番を頑張ったご褒美と言えば、出す。
なるほど。
ご褒美という言葉は、欲しいものを手に入れるために、人間が自分を納得させる言葉らしい。
欲しいだけでは許せない。
頑張ったからなら許せる。
食べたいだけでは駄目。
ご褒美ならよい。
同じ物を。
同じ者が。
同じ紙や数字を使って手に入れる。
間に言葉を一つ入れただけで、罪悪感がなくなる。
◆ それでは褒美ではなく日常
うちの人間は、自分の分の食事が届くのを待ちながら、また光る板を見ていた。
画面には、新しい服が映っている。
「今週も頑張ったし、これくらいならご褒美に……」
先ほど鞄を買ったばかりではなかっただろうか。
褒美を与える回数が多すぎる。
それでは褒美ではなく、日常である。
シジミは食事をかみながら、うちの人間を見上げた。
欲しいものを欲しいと言えず。
買いたいものを買いたいと言えず。
自分で自分を褒め。
自分で自分へ許可を出し。
最後には、ただの欲望をご褒美という立派なものへ変える。
そこまでしなければ、自分の欲しいもの一つ手に入れられないらしい。
シジミは最後の一粒を食べ終えた。
「本当に人間ってあさはかな生き物だよね」
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