(二)自分で押して、買っちゃった
◆ 鞄はうちの人間の頑張りを知らない
うちの人間は画面の鞄を拡大した。
「この色、かわいいんだよね」
欲しいなら、欲しいと言えばよい。
なぜ頑張った話を先にするのだろう。
鞄が、うちの人間の頑張りを知っているわけではない。
売っている店の人間も知らない。
画面の向こうにいる者は、うちの人間が今日何をしたかなど気にしていない。
数字を渡せば、鞄を送る。
頑張っていても。
頑張っていなくても。
朝から眠っていただけでも。
同じ数字を渡せば、同じ鞄が届く。
褒美かどうかは、買う側だけが勝手に決めているのである。
◆ 買う理由はいくらでもある
シジミは光る板の前へ座った。
うちの人間が画面を見るために体を傾ける。
「シジミ、見えないよ」
見なくてもよい。
先日も、給料が入ったからといって服や菓子を買っていた。
その数日後には、
「お金がない」
と嘆いていた。
今度は、今月頑張ったという理由で鞄を買おうとしている。
人間は紙や数字を使いたくなるたび、別の理由を探す。
給料日だから。
疲れたから。
頑張ったから。
嫌なことがあったから。
よいことがあったから。
記念だから。
限定だから。
今しか買えないから。
理由はいくらでもある。
買わない理由だけが、なかなか見つからない。
◆ 答えは出ている
うちの人間はシジミを抱き上げ、隣へ移した。
そして、また画面を見た。
「でも、ちょっと高いんだよね」
高いと思うなら、買わなければよい。
「今使ってる鞄も、まだ使えるし」
ならば必要ない。
「似たようなの持ってるんだよなあ」
それなら、さらに必要ない。
うちの人間は、正しいことをすべて自分で言っている。
もう答えは出ているはずだ。
ところが、しばらくすると、画面の下にある印へ指を近づけた。
「でも、今月ほんとに頑張ったし」
また出た。
頑張ったことと、鞄が必要かどうかは別の話である。
うちの人間が頑張った事実によって、今ある鞄へ穴が開くわけではない。
新しい荷物が増えるわけでもない。
持ち運ばなければならない物の大きさが変わるわけでもない。
必要性は何も変わっていない。
ただ、買うための言い訳が増えただけである。
シジミはうちの人間の指先を見た。
買うのだろう。
人間は、迷っているように見えても、すでに欲しいものを見つけた時点で答えを決めていることがある。
そのあとに考えているのは、買うか買わないかではない。
どうすれば自分を納得させて買えるかである。
◆ 自分で押して、買っちゃった
うちの人間の指が画面へ触れた。
「あ、買っちゃった」
自分で押した。
突然、鞄が勝手に買われたわけではない。
それなのに、
「買った」
ではなく、
「買っちゃった」
と言う。
自分のしたことなのに、少し事故のように言う。
人間は都合の悪い結果について、自分の意志を薄くしたがる。
食べた、ではなく、食べちゃった。
寝た、ではなく、寝ちゃった。
買った、ではなく、買っちゃった。
最後に小さな音をつけるだけで、仕方なくそうなったように聞こえる。
これも罪悪感を減らすための言葉なのだろうか。
◆ 返事をしない猫
うちの人間は、購入が終わった画面を見て笑った。
「まあ、ご褒美だからいいよね」
やはり、許可を出す者も自分だった。
欲しい。
高い。
似たものを持っている。
だが、頑張った。
だから、ご褒美として買う。
そして、買ったあとに、
「いいよね」
と確認する。
誰へ聞いているのだろう。
シジミは返事をしなかった。
同意したことにされては困る。
それでも、うちの人間はシジミの頭を撫でた。
「シジミもそう思うよね」
思わない。
むしろ、似たような鞄を持っているなら、必要ないと思っている。
だが人間は、返事をしない猫を、自分に同意する者として使うことがある。
反対されない。
だから賛成。
ずいぶん都合のよい判断である。
◆ 欲しいから買った
数日後、鞄が届いた。
うちの人間は箱を開け、うれしそうに中身を取り出した。
肩へかける。
鏡の前へ立つ。
髪を整える。
鞄の位置を少し変える。
横を向く。
反対側も見る。
「やっぱり買ってよかった」
満足しているなら、それでよい。
シジミも、欲しいものを手に入れること自体が悪いとは思っていない。
問題は、最初から欲しかっただけなのに、頑張った自分への褒美という話へ変えたことである。
欲しいから買った。
それで何がいけないのだろう。
人間は、自分の欲望をそのまま認めると、何か悪いことをしているように感じるらしい。
※第14話「自分へのご褒美」は全三回です。
続きます。
作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。
※ネタバレ範囲にご注意ください。
https://www.simulationroom999.com/blog/humans-foolish-top




