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本当に人間ってあさはかな生き物だよね  作者: KEI
第13話 細くなったわけではない

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(二)やっぱり細い

◆ 毎日撫でている


うちの人間は、濡れたシジミの背中を洗い始めた。


指先で毛の間を丁寧になぞる。


「こんな細い体で、あんなに丸く見えるんだね」


こんな細い体ではない。


これが普通の体である。


普段は毛が広がっている。


それだけだ。


そもそも、うちの人間はいつもシジミを撫でている。


背中。


首。


脇腹。


腹。


何度も触っているのだから、毛の下にある体の形くらい分かりそうなものだ。


撫でているつもりで、毛の表面しか見ていないのだろうか。


人間は、よく触れていることと、よく理解していることを同じだと思っている。


毎日撫でている。


毎日名前を呼んでいる。


毎日一緒にいる。


だからシジミのことを分かっている。


そう考えているらしい。


実際には、毛の下の体の大きささえ、一週間ごとに驚いている。


◆ 毎週初めて知る


シジミはおとなしく洗われながら、うちの人間の手元を見た。


手つきは悪くない。


耳へ水が入らないようにしている。


目や鼻にもかけない。


強くこすりすぎることもない。


シジミが前足を動かせば、すぐに支え方を変える。


やっていることは丁寧である。


ただし、口から出てくる言葉だけが余計だった。


「脚も細いねえ」


元からである。


「首、こんなに細かったんだ」


元からである。


「顔、小さいね」


元からである。


うちの人間は、シジミの体を一つずつ発見しているような顔をしている。


毎週見ているはずなのに、毎週初めて知ったように驚く。


人間は新しいものを見つけるのが好きだ。


新しい店。


新しい服。


新しい食べ物。


新しい話。


だが、本当に新しいものがなくても、前に見たことを忘れれば、また新しく楽しめるらしい。


便利な頭である。


◆ 濡らしたのは人間


洗い終わると、うちの人間は湯を流した。


濡れた毛から泡がなくなる。


シジミは体を一度震わせた。


細かな水滴が周囲へ飛ぶ。


うちの人間が顔をそむける。


「わっ、ちょっと待って!」


待つ理由がない。


体についた水を飛ばしただけである。


人間は、自分で猫を濡らしておきながら、その猫が水を飛ばすと驚く。


濡れたまま何もしないと思っていたのだろうか。


シジミがもう一度体を震わせると、水滴がうちの人間の頬や髪へ飛んだ。


後ろでまとめていた髪の先にも、水がつく。


うちの人間は目を閉じ、口を少し尖らせた。


「もう、シジミ」


濡らしたのは、うちの人間である。


原因を作った者が、結果に文句を言っている。


人間はいつもそうだ。


猫を抱き上げて嫌がられる。


眠っている猫を撫でて離れられる。


狭い場所から出そうとして引っかかれる。


自分から何かをしておきながら、猫の反応だけを問題にする。


実に公平ではない。


◆ やっぱり細い


うちの人間は大きな布でシジミを包んだ。


黒い頭だけが外へ出る。


布の上から、両手で体を押さえる。


水分を吸わせているらしい。


この時間は悪くない。


柔らかい。


暖かい。


体が囲まれている。


シジミが動かなければ、うちの人間もあまり余計なことをしない。


ただし、顔を見るたびに笑う。


「やっぱり細い」


まだ言っている。


布に包まれているため、体はほとんど見えていない。


それでも細いと言う。


先ほどの印象だけで話しているらしい。


人間は一度何かを決めると、そのあと見えていなくても同じことを言い続ける。


猫は丸い。


濡れた猫は細い。


猫は魚が好き。


猫は気まぐれ。


猫は高いところが好き。


一つの考えを覚えると、目の前の猫を見ず、その考えへ猫を当てはめる。


シジミは布の中から前足を出した。


うちの人間の腕へ触れる。


いつまで包んでいるつもりなのか。


うちの人間は、それを甘えているのだと思ったらしい。


「寒いよね。もう少し拭こうね」


違う。


早く出せと伝えたのである。


だが、暖かいので、少しくらいならこのままでもよい。


人間の誤解が、必ず悪い結果になるとは限らない。


◆ 大きな音


布で水気を取ったあと、今度は大きな音の出る道具が運ばれてきた。


温かい風で毛を乾かすものだ。


シジミはこの音が好きではない。


風そのものはよい。


暖かい。


濡れた毛が早く乾く。


だが、音が大きすぎる。


人間は耳が鈍いから平気なのだろう。


うちの人間は、シジミから少し離れたところで風を出した。


「熱くない?」


熱くはない。


うるさい。


シジミが耳を伏せると、うちの人間は温度を下げた。


違う。


熱いのではない。


音が大きいのである。


うちの人間はシジミの表情を見ているつもりだが、原因までは分かっていない。


耳を伏せた。


嫌がっている。


温度が高いのだろう。


そこまでは考えた。


だが、道具の音が原因かもしれないとは思わなかった。


自分が気にならない音だから、猫も平気だと思っている。


シジミが毎日聞き分けている小さな音を、うちの人間はほとんど聞けない。


壁の中を走る足音。


庭の葉に止まった虫。


遠くで開いた扉。


近所の猫が塀へ飛び乗る音。


人間にとって静かな場所でも、猫には多くの音がある。


大きな音は、そのすべてを隠してしまう。


それを説明しても、うちの人間には、


「ドライヤー苦手だね」


くらいにしか伝わらないだろう。



※第13話「細くなったわけではない」は全三回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/humans-foolish-top

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