(三)来月こそ節約
◆ 見えなくてよい
先ほど金がないと言っていたばかりである。
もう忘れたのだろうか。
シジミは光る板の前へ移動し、画面を隠した。
うちの人間が顔を傾ける。
「シジミ、見えないよ」
見えなくてよい。
見れば、また欲しくなる。
欲しくなれば、また紙や数字を渡す。
そして数日後、金がないと嘆く。
同じことを繰り返すのは、賢い行動とは言えない。
シジミが動かずにいると、うちの人間は諦めて光る板を置いた。
それから、シジミの背中を撫でる。
「シジミはいいなあ。お金の心配がなくて」
何を言っているのだろう。
シジミは、必要のないものを買わない。
着るための毛皮は、すでに体にある。
眠る場所も、気に入ったところを使う。
遊び道具も、紙の玉や紐があれば十分である。
同じような服を何枚も買わない。
顔へ塗る小さな容器も必要ない。
人間のように、自分で欲しいものを増やし、そのせいで困ったりはしない。
うちの人間に金の心配があるのは、人間だからではない。
自分から心配の種を買っているからである。
◆ 何のために働いてるんだろう
うちの人間は長椅子へ深く座り、天井を見上げた。
「一体、何のために働いてるんだろう」
シジミも、まったく同じことを考えていた。
紙を手に入れるために働く。
手に入れた紙を、すぐ誰かへ渡す。
紙がなくなったから、また働く。
何日もかけて手に入れたものが、数日で消える。
そのうえ、紙と交換したものについても、あとから買わなくてよかったかもしれないと言う。
これでは、何のために毎日外へ出ているのか分からない。
食べ物を得るため。
安全な家を使うため。
それくらいなら、まだ分かる。
だが、同じような服や、なくても困らない菓子や、小さな色のついた容器まで必要なのだろうか。
人間は、生きるために必要なものを手に入れるだけでは満足できないらしい。
必要ではないものまで欲しがる。
手に入れる。
一時は喜ぶ。
その代わりに紙が減る。
そして、紙が減ったことを嘆く。
欲しいものを手に入れて困る。
手に入れなくても欲しくて困る。
どちらを選んでも困っている。
それなら、最初から欲しがらなければよい。
だが、人間にはそれが難しいのだろう。
うちの人間は、自分の膝へ乗せていた財布を開いた。
中をもう一度確認する。
先ほど見たときから増えているはずがない。
それでも、人間は何度も確認する。
見ていない間に、紙が増えていることを期待しているのだろうか。
猫の食事も、皿を何度見たところで勝手には増えない。
必要なら、人間へ出させるしかない。
紙も同じはずだ。
うちの人間は財布を閉じると、深くため息をついた。
「給料日、あんなにうれしかったのになあ」
うれしくなったため、使ったのだろう。
多く手に入れたと思い、気が大きくなった。
明日も十分に残っていると思った。
その次の日も残っていると思った。
そうして渡し続け、ようやく少ないことに気づいた。
人間は、目の前にたくさんあると、それがなくならないような気がするらしい。
食べ物でも同じだ。
大きな袋に入った菓子を開ける。
最初は少しずつ食べる。
まだたくさんあると言う。
そのうち、残りが少なくなる。
最後の一つを食べたあと、
「もうない」
と驚く。
食べたのだから、なくなるに決まっている。
紙も菓子も、人間が使えば減る。
それだけの話である。
◆ 来月こそ節約
うちの人間は、隣にいたシジミを抱き上げた。
シジミを膝へ乗せ、背中へ顔を寄せる。
「来月こそ節約しよう」
来月では遅い。
思い立った今から始めればよい。
だが、人間は何かを変えようとするとき、すぐ未来の自分へ任せる。
明日から早く起きる。
来週から運動する。
来月から節約する。
今日の自分は何も変えない。
未来の自分なら、今より賢くなっていると思っているらしい。
だが、来月のうちの人間も、おそらく同じ人間である。
給料日になれば喜ぶ。
何か少しくらい買ってもよいと考える。
欲しかった服を見る。
菓子を買う。
少しよい食事をする。
数日後、光る板の数字を見る。
そして、また金がないと嘆く。
シジミは膝の上から、うちの人間を見上げた。
うちの人間も、シジミを見下ろした。
しばらく見つめ合う。
うちの人間は、光る板に表示された残高をもう一度見た。
シジミは、机の上に置かれた財布を見た。
毎日働いて手に入れたものを、数日のうちに配り終えた人間。
その人間を見ながら、シジミは同じ結論にたどり着いていた。
うちの人間が、ため息交じりに口を開く。
シジミも、ほとんど同時に猫語でつぶやいた。
「本当に人間ってあさはかな生き物だよね」
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