(二)もうこんなに減ってる
◆ 支払い
だが、次の日。
うちの人間は朝から、光る板を見つめて難しい顔をしていた。
昨日までの浮かれた様子はない。
画面には、たくさんの文字が並んでいる。
「家賃でしょ」
うちの人間が指を折る。
「電気代、水道代、通信費……」
次々と何かの名前を口にする。
「それから、カードの引き落とし」
言うたび、表情が暗くなる。
どうやら、給料として手に入れたものを、ほかの人間へ渡さなければならないらしい。
家を使うために渡す。
明かりをつけるために渡す。
水を出すために渡す。
絵の光る板を使うためにも渡す。
昨日買った物の分も渡す。
うちの人間は、自分が手に入れたものを、次から次へと知らない相手へ配っている。
猫なら、縄張りの場所代など払わない。
ここを使うと決めたら使う。
水は見つけた場所で飲む。
日なたに座るために、誰かへ何かを渡したりもしない。
人間は自分たちで複雑な決まりを作り、その決まりに従うために働いているようだった。
家に住むために外へ働きに出る。
外へ働きに出るために服を買う。
働いて疲れたから食べ物を買う。
働くために使ったものの代金を払うため、また働く。
ずいぶん同じ場所を回っている。
一体、どこへ向かっているのだろう。
◆ 紙を手に入れるために
うちの人間は財布を開いた。
中に入っている紙を数える。
一枚。
二枚。
三枚。
手に入れたばかりのはずなのに、それほど多くない。
うちの人間は、その紙を買い物のたびに誰かへ渡している。
店の人間へ渡す。
機械へ入れる。
別の紙や小さな金属になって戻ってくることもある。
だが、戻ってこないことのほうが多い。
せっかく手に入れた紙を、すぐ誰かに渡している。
本当に計画性がない。
シジミは、うちの人間の財布をのぞき込んだ。
人間は、この紙を手に入れるために毎日外へ出る。
朝早く起きる。
帰りが遅くなる。
疲れる。
嫌なこともあるらしい。
ときどき長椅子へ倒れ込み、
「もう仕事辞めたい」
と言う。
それでも翌朝になれば、また家を出ていく。
そうしてようやく手に入れた紙を、給料日から数日のうちに、次々とほかの者へ渡す。
それほど手放したい紙なら、最初から手に入れなければよい。
大切な紙なら、渡さず持っていればよい。
人間の行動には一貫性がない。
◆ もうこんなに減ってる
うちの人間は財布を閉じ、今度は光る板を見た。
画面には、給料日に見たものよりずっと小さな数字が並んでいる。
「うそ。もうこんなに減ってる」
減らしたのは、うちの人間である。
昨日、服を買った。
菓子を買った。
小さな容器を買った。
少し高い食べ物も買った。
自分で紙や数字を渡しておきながら、減ったことに驚いている。
猫が食事を食べたあと、皿が空になったことへ驚くだろうか。
食べれば減る。
使えばなくなる。
見れば分かる。
うちの人間は長椅子へ座り、頭を抱えた。
肩から落ちた栗色の髪が、顔を隠す。
「まだ給料日から三日しか経ってないのに」
三日もあれば、十分である。
うちの人間は、その三日間で何度も紙を渡した。
光る板を触るだけで数字を渡したこともある。
紙すら見えないため、渡している実感がなかったのかもしれない。
人間は、目に見えないものを軽く考える。
光る板へ指を触れただけなら、何も失っていないような気がするのだろう。
だが、画面の数字は確実に減っている。
うちの人間は、自分の手で何度も減らしている。
それなのに、減った数字だけを見て、
「どうして」
と考えている。
原因はすべて、自分が知っているはずだ。
◆ 買う前に考える
シジミは、うちの人間の隣へ座った。
うちの人間はため息をつきながら、昨日買った菓子の袋を開ける。
金がないと嘆きながら、金を使って買ったものを食べている。
しかも、袋を開けたあとで、
「これ、買わなくてもよかったかな」
と言う。
買う前に考えることである。
人間は何かを欲しがっているとき、それが必要かどうかを考えない。
手に入れたあとで考える。
そして、いらなかったかもしれないと気づく。
猫は、跳ぶ前に着地点を見る。
届くか。
安全か。
降りられるか。
必要がなければ跳ばない。
人間は、先に跳ぶ。
落ちたあとで、飛ぶ必要があったのか考える。
ずいぶん危険な生き方である。
うちの人間は菓子を一つ食べ、光る板を操作した。
何かを調べている。
画面には、別の服が表示された。
昨日買ったものとは違うが、よく似ている。
うちの人間はしばらく見つめたあと、小さくつぶやいた。
「これもかわいいなあ」
※第12話「紙を手に入れるために」は全三回です。
続きます。
作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。
※ネタバレ範囲にご注意ください。
https://www.simulationroom999.com/blog/humans-foolish-top




