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本当に人間ってあさはかな生き物だよね  作者: KEI
第6話 声が大きいだけ

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(一)遊ぼ!

◆ 匂いで見る散歩


シジミは散歩をしていた。


いつもの道である。


家を出て、角を二つ曲がり、低い塀の続く通りを歩く。


塀の向こうには、それぞれ違う庭がある。


花の多い庭。


木ばかりの庭。


人間が何に使っているのか分からない物を、いくつも積み上げている庭。


同じような家が並んでいても、庭の匂いは一つずつ違う。


どの人間が住んでいるのか。


犬がいるのか。


猫が通っているのか。


鳥が餌を探しに来ているのか。


鼻を使えば、見なくてもだいたい分かる。


うちの人間は、道を歩くとき、前しか見ていない。


たまに絵の光る板を見ながら歩いていることさえある。


その状態で、


「散歩すると、いろいろな発見があるね」


などと言う。


何を発見しているのだろう。


足元に落ちている食べ物にも気づかない。


塀の上から見ている猫にも気づかない。


昨日とは違う人間が通った匂いも分からない。


人間は目で見えるものしか見ていないのに、それで周囲を確認したつもりになっている。


シジミにとって、散歩は見回りでもある。


昨日までと変わったことはないか。


知らない猫が縄張りへ入っていないか。


危険な犬がつながれていないまま外へ出ていないか。


新しく食べ物をくれる人間が現れていないか。


確認すべきことは多い。


ただ歩いているわけではない。


その日も、シジミは塀の下に残された匂いを確かめながら歩いていた。


少し古い犬の匂いがする。


毎日のように、この庭の中を歩き回っているらしい。


それほど大きな犬ではない。


年も若い。


人間と暮らしている犬特有の匂いがする。


食べ物に困っておらず、雨にもあまり濡れず、定期的に体を洗われている犬の匂いである。


◆ 遊ぼ!


シジミはそのまま歩き続けた。


庭の中から、何かが駆けてくる音がした。


草を踏む音。


地面を蹴る音。


息を弾ませる音。


音は急速に近づいてくる。


次の瞬間、塀の切れ目から犬が飛び出してきた。


正確には、庭の中にある柵の前まで飛び出してきた。


「ワン! ワン!」


大きな声が辺りへ響く。


シジミは足を止めた。


犬は柵の向こうで前足を上げ、何度も跳びはねている。


「ワン! ワンワン!」


声だけを聞けば、ずいぶん興奮している。


人間なら、怒っていると思うかもしれない。


だが、犬が何を考えているかは、声の大きさだけでは分からない。


耳は立っている。


歯を見せてはいない。


背中の毛も逆立っていない。


重心は前へ出ているが、低く身構えているわけではない。


そして何より、尻尾が激しく左右へ振られている。


警戒している姿には見えない。


一応、シジミには犬の言葉もある程度分かる。


猫の言葉ほど細かくは聞き取れない。


犬の言葉は大きい。


単純である。


そして、一度に同じことを何度も繰り返す。


犬は、声だけではなく、全身で同じことを伝えようとする。


耳。


口。


前足。


背中。


尻尾。


そのすべてが、同時に動く。


猫の言葉が静かで細かいものだとすれば、犬の言葉は勢いがある。


分かりやすいが、近くで聞くと少しうるさい。


柵の向こうの犬は、シジミを見ながら叫んでいた。


「遊ぼ!」


「猫だ!」


「遊ぼ!」


「一緒に走ろ!」


「こっち来て!」


どうやら、威嚇ではない。


ただ遊びたいだけらしい。


シジミには、犬と遊ぶつもりはなかった。


まず、声が大きすぎる。


こちらは普通に道を歩いていただけである。


それなのに、突然庭から飛び出し、大声で誘ってくる。


人間であれば、道を歩いている者へ向かって、家の中から突然飛び出し、


「遊ぼう!」


と叫べば警戒されるはずだ。


犬は、それが普通だと思っている。


もう少し静かに近づくという考えはないらしい。


犬は柵へ前足をかけた。


「遊ぼ!」


「ねえ、遊ぼ!」


「走れる?」


「オレ、速いよ!」


聞いていないことまで説明し始めた。


犬は自分が走れることを伝えたくて仕方がないらしい。


シジミが答えずにいると、さらに声を大きくする。


「聞こえてる?」


「遊ぼ!」


「一回だけ!」


「いっぱい走ろ!」


一回なのか、いっぱいなのか。


話が合っていない。


おそらく犬自身も、そこまで考えていないのだろう。


遊べれば、何でもよいらしい。


シジミは犬を見上げた。


体格はシジミよりも大きい。


本気で走れば、かなり速いだろう。


ただし、動きに無駄が多い。


前足を上げる。


下ろす。


跳ぶ。


尻尾を振る。


左右へ動く。


また跳ぶ。


それだけ動けば、遊び始める前に疲れるのではないだろうか。


猫は必要なときに動く。


犬は必要がなくても動く。


シジミには、そう見えることがある。


犬がさらに声を上げた。


「こっち来て!」


「遊ぼ!」


「友達になろ!」


友達になるかどうかは、まず相手を知ってから決めるものである。


一度見ただけで友達になろうとするのは、少し早い。


名前も知らない。


どこに住んでいるのかも知らない。


食事の好みも知らない。


互いの距離の取り方も分からない。


それなのに、一緒に走れば友達になれると思っている。


犬は、人間に少し似ている。


人間も、同じ場所にいただけで、


「お友達だね」


と決めることがある。


子供同士を近くへ置き、


「ほら、お友達にこんにちはして」


などと言う。


相手が友達になりたいかどうかは確認しない。


人間にとって、近くにいる者は、すぐ友達になるらしい。


◆ 威嚇ではない


シジミがその場から離れようとしたとき、家の中から足音が聞こえた。


犬の声を聞きつけたのだろう。


戸が開き、一人の人間が庭へ出てきた。


「どうしたの?」


犬は人間のほうを一度だけ見た。


すぐにシジミへ向き直る。


「猫!」


「遊びたい!」


「友達!」


飼い主らしい人間は、シジミを見つけた。


犬とシジミを交互に見る。


そして、慌てた顔で犬へ駆け寄った。


「こら!」


犬が振り返る。


「なに?」


「こんな小さい猫に吠えて、威嚇するなんて!」


犬の動きが止まった。


耳が少し横へ向く。


尻尾はまだ動いているが、先ほどより遅い。


「威嚇?」


どうやら犬にも、言われた意味が分からないらしい。


人間は犬の首輪をつかんだ。


「駄目でしょ。怖がってるじゃない」


怖がってはいない。


うるさいとは思っている。


遊びたくもない。


だが、犬そのものを恐れているわけではない。


柵がある。


人間が首輪をつかんでいる。


犬の体にも、攻撃する気配はない。


それくらいは見れば分かる。


人間はシジミが足を止めているのを見て、怖くて動けなくなったと思ったらしい。


違う。


状況を確認していただけである。


相手が何を言っているのか聞いていた。


近づくつもりがあるのか。


柵を越えられるのか。


攻撃する気配があるのか。


それらを見ていただけだ。


危険かどうかを判断する前に走り出すほうが危険である。


猫は慎重なのだ。


人間は、動かない猫を見ると、すぐに怯えていると思う。


何かを考えている可能性を、なぜ考えないのだろう。



※第6話「声が大きいだけ」は全二回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/humans-foolish-top

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