(四)存在しない世界を作る
◆ 自分が読みたい場面を作る
ならば、自分で書いた話でも同じなのだろう。
「自分が読みたい場面を、自分で作るんですか」
「そう」
「大変じゃないですか?」
「大変だよ」
「それでも書くんですか?」
「読みたいから」
うちの人間は腕を組んだ。
「買ったほうが早くないですか?」
自分が欲しい話が売っていれば、そのほうが早い。
だが、完全に同じものはない。
主人公。
世界。
力。
結末。
すべてが自分の望む形の話は、他人が書くとは限らない。
だから、自分で書く。
食事に似ている。
誰かが作ったものを食べるほうが楽である。
だが、自分の好みに完全に合わせたければ、自分で作るしかない。
そして作り始めると、食べるだけでは見えなかった面倒が分かる。
材料。
順番。
時間。
失敗。
小説も同じらしい。
読むだけなら、次の文章を追えばよい。
書くなら、次に何を書くかを決めなければならない。
◆ 何が好きなのか
うちの人間は自分の小説を思い出したようだった。
「私、途中で止まってるんですよね」
「どこで?」
「主人公が異世界で転移能力を使って、お菓子を買ったところ」
先輩は少し笑った。
「平和だね」
「このあと何をさせればいいか分からなくて」
「何をさせたいの?」
「強いところを見せたいです」
「誰に?」
うちの人間が止まった。
「周りの人?」
「何のために?」
さらに止まる。
主人公が強い。
周囲が驚く。
そこまでは決まっている。
だが、なぜ見せるのか。
誰に見せるのか。
見せたあと、何が変わるのか。
そこは考えていない。
先輩は続けた。
「俺TUEEEが好きなら、それでいいと思うよ。ただ、何が好きなのかは考えたほうが書きやすいかも」
「何が好きか?」
「圧倒するところが好きなのか。馬鹿にした相手が後悔するところが好きなのか。強い力で困ってる人を助けるところが好きなのか。本人は普通にしてるのに周りが驚くところが好きなのか」
うちの人間は真剣に考え始めた。
同じ俺TUEEEでも、気持ちよい部分は違う。
敵を倒す。
認められる。
仕返しをする。
守る。
驚かせる。
静かに暮らしたいのに騒ぎになる。
強い力そのものより、その力で何が起きることを望むか。
そこが違う。
◆ 嫌な人を作る
うちの人間は小さく言った。
「私は、主人公を馬鹿にしてた人が驚くところが好きかも」
「じゃあ、そういう相手を作らないと」
「嫌な人を出すんですか?」
「馬鹿にする人がいないと、驚かせられないからね」
うちの人間は少し嫌そうな顔をした。
読むときには、主人公を馬鹿にする人物へ文句を言う。
「見る目がない」
「絶対あとで後悔する」
そう言いながら、後悔する場面を楽しみに待つ。
だが、自分で書くなら、その嫌な人物も自分で作らなければならない。
主人公を傷つける。
追い出す。
見下す。
そのあとで驚かせる。
気持ちよい場面だけを書くことはできない。
そこへ至る不快な場面も必要になる。
人間は結果を好む。
だが、結果を成立させるためには、その前がいる。
うちの人間は、少しだけ理解したようだった。
「好きな場面を書くために、その前を作るんですね」
「私はそうしてる」
「先輩は、好きな世界を見せるために登場人物を作る?」
「そうそう」
「私は、好きな反応をさせるために登場人物を作る?」
「たぶん」
◆ 存在しない世界を作る
うちの人間は、絵の光る板へ何かをメモし始めた。
先輩は菓子をもう一つ取る。
シジミは棚の上から二人を見ていた。
人間は同じ小説を書く者でも、見ている場所が違う。
世界から作る者。
人物から作る者。
場面から作る者。
結末から作る者。
何が正しいというわけではないらしい。
自分が作れるところから始める。
足りないところは考える。
それでも完成するとは限らない。
読者がつくとも限らない。
それでも書く。
ずいぶん効率の悪い行動である。
食事にもならない。
眠る場所も増えない。
敵から身を守れるわけでもない。
紙や画面に、存在しない世界を作る。
存在しない人間を悩ませる。
存在しない問題を起こす。
それを何時間もかけて文章へする。
そして、読まれないかもしれない。
※第33話「小説と先輩」は全五回です。
続きます。
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※ネタバレ範囲にご注意ください。
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