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本当に人間ってあさはかな生き物だよね  作者: KEI
第33話 小説と先輩

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(三)知っていても読みたい

◆ 必要なときだけ使う


見回りで得た情報を、すべて使う必要はない。


あの塀には犬の匂いがある。


あの家の庭には子どもがいる。


この道は昼になると車が増える。


知っていれば判断に使える。


だが、毎回すべてを考える必要はない。


必要なときだけ使えばよい。


世界を作ることと、世界を説明することも違うのだろう。


◆ 一人いれば問題ない


うちの人間は先輩へ尋ねた。


「それで、読者は結構ついてるんですか?」


先輩は少し間を置いた。


「まあ、そんなについてるわけじゃないけど」


うちの人間の顔が曇った。


「モチベーション上がらなそう」


ずいぶん直接的である。


自分の小説には、まだ読者が一人もいない。


そもそも最後まで書いていない。


それでも、読者が少ない状態を先に心配する。


人間は、まだ起きていない成功より、成功したあとの評価を気にすることがある。


書き終えていない。


見せてもいない。


それでも、


読まれなかったらどうしよう。


反応がなかったらどうしよう。


先に不安になる。


先輩は特に傷ついた様子もなく答えた。


「好きで書いてるだけだしね」


「でも、誰にも読まれなかったら寂しくないですか?」


「読者がつかないって言っても、ゼロじゃないよ」


「何人くらいいるんですか?」


「作品による」


「一人しかいなかったら?」


「一人いれば問題ない」


うちの人間は目を丸くした。


「一人でいいんですか?」


「ゼロじゃなきゃいい」


「でも、もっと多いほうがうれしいですよね」


「多ければうれしいよ。でも、少ないから書く意味がないとは思わない」


◆ 自分だけは絶対読む


先輩は飲み物を一口飲んだ。


「最悪、一人の読者はいるし」


うちの人間が、少し身を乗り出す。


「ファンがいるんですか?」


先輩は首を横へ振った。


「うんにゃ。自分」


うちの人間が止まった。


「自分?」


「自分だけは絶対読むから」


先輩は、何でもないことのように言った。


「自分が読みたい話を書いてるんだから、完成すれば少なくとも一人には需要がある」


うちの人間は、すぐには返事をしなかった。


おそらく、それを読者として数えてよいのか迷っている。


自分で書く。


自分で読む。


自分で満足する。


ずいぶん狭い。


人間は、何かを作れば他人から認められたがる。


多くの者に見てほしい。


褒めてほしい。


続きが読みたいと言ってほしい。


自分の作ったものに価値があると、外から証明してほしい。


その気持ちは、先輩にもあるだろう。


読者が増えればうれしいと言っている。


反応があれば喜ぶ。


何も感じないわけではない。


だが、それを続けるための最低条件にはしていない。


自分が読む。


自分が気に入る。


だから書く。


なんとも人間らしいあさはかさである。


自分で作ったものを、自分で読者として数える。


自分の欲しい話を、自分で用意する。


他人から見れば、ずいぶん自己完結している。


だが、そのあさはかさが、ちょうどよいのかもしれない。


◆ 知っていても読みたい


少なくとも、この先輩は状況を把握している。


読者が多くない。


反応も毎回あるわけではない。


書いたからといって、急に有名になるわけでもない。


それを分かったうえで、続けると決めている。


自分の小説には大勢の読者がつくはずだと思っているわけではない。


才能があると信じ込んでいるわけでもない。


読者がいない現実を見ないふりもしていない。


少ない。


ならば、少ないまま書く。


最後に自分が読めればよい。


ずいぶん頑丈な考えである。


うちの人間は、まだ少し納得していなかった。


「でも、自分で書いた話って、展開を全部知ってますよね」


「知ってるよ」


「驚けなくないですか?」


「驚きはしないね」


「じゃあ、読む意味あるんですか?」


「驚くためだけに読むわけじゃないから」


先輩は答えた。


「この世界をもう一回見たいとか、この場面が好きとか、この人物の会話を読みたいとか。そういうのもあるでしょ」


うちの人間は少し考えた。


好きな小説を何度も読み返すことがある。


展開は知っている。


誰が勝つかも知っている。


誰が裏切るか。


誰と結ばれるか。


それでも読む。


知っていても読みたい場面がある。



※第33話「小説と先輩」は全五回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/humans-foolish-top

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