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最弱のゴブリンAに転生した俺、死亡フラグをへし折っていたら、いつの間にか最強の先導者にされていた件  作者: アルファベータ
第一章

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第9話 爆食の姫君


 仲間たちがそれぞれのベッドに入り、部屋が静まり返った後も、俺――シードの意識は冴え渡っていた。


 窓から差し込む月光が、認識阻害の魔法によって「人間」へと偽装された俺の大きな手を照らしている。


 だが、中身は筋骨隆々とした緑色の皮膚を持つゴブリンエリートであり、その魂はかつてこのゲームを狂おしいほどに愛した神崎悠斗だ。


(運営の防衛システムがいつ、どの規模で動くかは分からない。だが、ジークを消したことで確実に歯車は狂い始めている……。まずはこの一週間でアランを前線に立てるレベルまで引き上げ、情報網を広げなければ)


 数万人の転生プレイヤー。彼らの大半は、自分がゲーム世界に転生したことすら気づかず、あるいはこの世界の残酷な現実に絶望しているはずだ。


 元PKのジークのように暴走する奴もいれば、アランのように怯えて引きこもる奴もいる。


「俺が全員を救う、なんて聖人みたいなことは言えねえが……」


 だが、運営の『掃除リセット』に巻き込まれて、俺の愛した世界のデータごと連中が消し飛ばされるのは我慢ならない。 


 深く、深く息を吐き出しながら、俺は目を閉じた。ゴブリンの強靭な肉体は、数時間の短い睡眠でも完全に疲労を回復できる。次に目を覚ます時は、もう反撃の準備をさらに進める時間だ。


────────────────────

 ──────────────────


「おーいシード! 朝飯だ! 人間の街の料理というのは、見た目は上品だがいささか量が物足りないな!」


 翌朝、宿の食堂から運ばれてきた朝食のトレイを見て、ハーミルが不満そうに尻尾をブンブンと振っていた。


 トレイの上には、焼き立てのパン、肉厚なベーコン、卵焼き、そして温かいスープが人数分並んでいる。


 普通の人間ならこれだけで腹一杯になる量だが、野生の獣人族、それも最大勢力の姫君である彼女にとって、これは「前菜」にも満たないらしい。


「もぐもぐ……ふむ、この味付けは悪くない。だが、やはり肉が足りん! 肉が!」


 ハーミルは自分の分のベーコンを一瞬で平らげると、獰猛かつ物欲しそうな目で、俺のトレイにある特大のオーク肉のソテーを見つめてきた。


「シード、お前は人間の姿をしているがゴブリンなのだろう? あまり食べないのか? ならば、私がその肉を美味しく処理してやってもいいぞ?」


「……お前、さっきエルーナの分のパンも半分掠め取ってただろ」


「仕方がなかろう! 私は育ち盛りなのだ! 強い戦士を産むためには、今からたくさん栄養を蓄えておかねばならん!」


「誰が産むんだ、誰が」 


 俺が呆れながら自分の肉ソテーを半分切り分けてハーミルの皿に放り込んでやると、彼女は「おおっ! さすがは私の婿、気が利くな!」と黄金の耳を幸せそうにパタパタと寝かせ、ガツガツと肉に喰らいついた。


「むぅーっ! ハーミルさん、またシード様に甘えて! シード様、私のご飯も半分あげますから、ハーミルさんばかり贔屓しないでください!」


 エルーナが対抗心を燃やして自分のスープを差し出してくる。


「いや、エルーナ。お前はちゃんと全部食え。体が小さいんだから栄養を摂らないと魔法の出力が落ちるぞ」


「あ、は、はいっ! シード様がそう仰るなら、残さず食べますっ!」


 単純なエルフの小娘は、俺の何気ない気遣いに顔を上気させ、嬉しそうにスプーンを動かし始めた。


 その様子を横で見ながら、シルヴィは静かに紅茶をすすり、小さくため息をついていた。エルフ一の戦士の胃を痛めさせているようで、少しだけ申し訳ない。



◇◆◇


 朝食を終えた俺たちは、一週間の特訓の成果を確認し、アランと合流するために再び行動を開始した。


 だがその前に、俺にはどうしてもやっておきたいことがあった。


「シード様、そちらは……服飾店と、食材店ですか?」


 シルヴィが、俺の足取りを見て不思議そうに尋ねる。


「ああ。アランの奴、森の洞窟に引きこもりっぱなしだからな。中身は前世の人間だ、あの小汚いローブ一枚で骸骨のまま過ごすのは、精神的にかなりキツいはずだ」


 アランは「どうしても人間の街に入れない」と酷く落ち込んでいた。


 どれだけ見た目が上位不死族のリッチであっても、精神はただのネクロマンサー志望のエンジョイ勢プレイヤーだ。


 人間の娯楽や美味い飯が恋しくないはずがない。俺は露店を巡り、アランのためにいくつかのお土産を買い込むことにした。


 まずは、上質な黒い染料で仕立てられた、フード付きの「高級魔導ローブ」。これならリッチの骨の身体をすっぽりと隠せるし、魔法の伝導率も上がる。


 そして、街で一番人気のベーカリーで買った「ハニーバターブレッド」と、乾燥させた「極上燻製肉ジャーキー」。


「シード様、あの……アランさんはアンデッドですよね? 食べ物は消化できるのでしょうか……?」


エルーナが素朴な疑問を口にする。


「まあ、リッチは食事をする必要はない。だが、前世が人間のプレイヤーなら『味覚を味わう』という行為そのものが、精神の安定に繋がるんだよ。エデクロの仕様上、不死族でも高級な食品なら『魔力変換』の形で味を楽しめる隠し仕様がある」


「へぇ、……、なんだか不思議ですね!」


 エルーナを適当に納得させながら、俺たちは買い出しを終え、グランバレーの正門へと向かった。


 街の散策中も、俺は転生プレイヤーらしき不審な動きがないか目を光らせていたが、昨日見つけた『幾何学模様の刻印』以上の明確な手がかりは得られなかった。


 敵は潜伏している。だが、だからこそ、こちらが戦力を整えるための「一週間」の価値は跳ね上がる。



◇◆◇


 街を出て一時間ほど森を歩き、エルフの郷の結界付近にある隠し洞窟へと戻ってきた。


「おい、アラン。生きてるか? 骨だから死んではいないだろうが」


 認識阻害の魔法を解き、本来のゴブリンエリートの姿に戻った俺が洞窟に入ると、奥からカタカタと頼りない骨の音が響いてきた。


「シ、シードさん……! 待ってましたよぉ!」


 黒いボロローブをまとったアランが、泣きつくような勢いで這い出てきた。だが、その背後を見て、俺は思わず小さく口角を上げた。


 洞窟の壁際に、完全に直立不動の姿勢で整列している、二十匹以上のオーク・ゾンビと、森の狂暴なワイルドボアのスケルトンたち。

 

 それらの眼窩には、アランの魔力パスと完全に同調した青い鬼火が、一点の乱れもなく灯っていた。


「……ほう。本当にやりやがったな」 


「死ぬ気でやりましたよ! シードさんが言った通り、【感覚同調】を意識しながら、脳内で二十個のタイムラインを同時に走らせるようなイメージで……! ほら、見てください!」


 アランがドクロの杖を掲げると、二十匹のアンデッドたちが一斉に、右へ、左へと、まるで訓練された軍隊のように統率された動きを見せた。


「レベルも12まで上がりました。スキル【死体並列思考】もLv3です。これなら、不意打ちを喰らっても肉壁ゾンビを盾にして、自分は後ろから呪いを叩き込めます!」


「……合格だ、アラン。お前はもう、ただのエンジョイ勢じゃない。立派な『死霊術師ネクロマンサー』だ」


「へへ、あんたに褒められると、マジで死線をくぐり抜けた甲斐がありますよ」


 アランが骨の手で照れくさそうに頭を掻く。俺はそんな彼に、街で買ってきたお土産の包みをドサリと手渡した。


「ほら、お土産だ。新しい魔導ローブと、街で一番美味いハニーバターブレッド、それと極上ジャーキーだ。魔力変換を使って食ってみろ」


「えっ……!? 飯、ですか!? 俺、骨なのに……」


 アランは半信半疑のまま、ハニーバターブレッドを一切れ、骨の顎を動かして口の中へと放り込んだ。


 パンが口の中で魔力の粒子へと分解され、アランの魂に直接「甘み」と「バターの芳醇な香り」の情報が流れ込む。


「っ……!? う、美味い……! 美味いですよシードさん! ちゃんと味がする! 俺、本当に生きてる人間みたいだ……!」


 アランの眼窩の鬼火が、感動のあまり激しく瞬いた。ボロボロの涙は出ないが、その骨の身体全体から、深い感謝と歓喜の感情が溢れ出ているのが分かった。


「良かったな、アラン。お前が人間の街に入れない悩みは、俺がなんとかする。だが、そのためにはまず、この森を脅かす『敵』を排除しなきゃならない」


 俺の言葉に、アランは新しい高級ローブのフードを深く被り、ドクロの杖を強く握り直した。その立ち姿には、かつての弱気な面影はもうない。


「分かってます。俺のこの新しい力、シードさんのために使いますよ。糞運営の防衛システムだか何だか知らないが、俺たちの思い出の世界をこれ以上荒らされてたまるかってんだ」


エルフのシルヴィ、エルーナ。

獣人のハーミル。

そして、覚醒した死霊術師アラン。


 元・最弱のゴブリンAが率いる「反逆の軍勢」が、ついにここに集結した。


 一週間の猶予は間もなく終わる。世界の因果を賭けた初陣が、すぐそこまで迫っていた。


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