第6話 王の素質
「……アラン、それが前世での俺のハンドルネームだ」
ボロボロの黒ローブをまとった骸骨――リッチに転生してしまった男は、地面にヘナヘナと座り込んだまま、観念したようにそう名乗った。
エルフのシルヴィとエルーナは、未だに信じられないものを見る目でアランを注視している。そりゃそうだ。
言葉を操るゴブリンエリートだけでも異常なのに、今度はそのゴブリンとアンデッドの上位種が、聞いたこともない「サーバー」だの「ハンドルネーム」だのという謎の言語で通じ合っているのだから。
「アランか。俺はシードだ。今は訳あってこの名で通している」
「──なぁシード、お前はゴブリンだけど……体つきを見る限り、もう結構レベル高いだろ? 俺なんて、見た目だけは強そうなリッチのくせに、中身はレベル5の紙耐久なんだよ。スキルも『死体操縦』しかなくて、この腐ったオークどもを動かすのが精一杯でさぁ……」
アランは骨の手で頭を抱え、カタカタと顎を鳴らして愚痴をこぼした。前世ではごく普通のエンジョイ勢プレイヤーだったらしい。
サービス終了の瞬間にログインしていたばかりに、ランダム転生の波に飲まれ、最悪なことに「人道から外れた最弱の不死族」として森の奥に放り出されたというわけだ。
「人間の街に行けば聖水か火魔法で一瞬で灰にされそうになるし、森を彷徨えば他の魔物に襲われる。どうしていいか分からなくて、ここで引きこもってたんだ……」
「なるほどな。アラン、お前さえ良ければ、しばらく俺たちの旅に同行するか? とはいえ、その姿で人間の街には入れない。エルフの郷の近くに、お前を一時的に匿える安全な場所を確保してやる」
俺の提案に、アランは眼窩の鬼火を輝かせた。
「マジで!? 助かる! 頼むから置いていかないでくれ、同じプレイヤーの仲間を見捨てないでくれよ〜!」
こうして、アランをエルフの郷の結界のすぐ外にある隠し洞窟へと匿うことになった。
シルヴィとエルーナには「この不死族は俺の監視下に置く。世界の真実を知るための重要参考人だ」と説明すると、二人は「シード様がそう仰るなら」と納得してくれた。
特にエルーナは、俺の言うことなら何でも正しいと信じ込んでいる節がある。
アランを安全圏に隔離し、情報交換を約束した俺たちは、再び辺境都市グランバレーを目指して森の未開拓領域へと進路を取った。
しかし、その先に待ち受けていたのは、試練の洞窟の比ではない『本物の激闘』だった。
◇◆◇
「――ッ! シード様、上です!」
シルヴィの鋭い警告の声と同時に、俺は【夜視】と【魔力操作】をフル展開して頭上を仰いだ。
生い茂る木々の隙間から、凄まじい風圧を伴って「影」が降ってきた。
「ルガァァァッ!!」
ドォォォン!!
地響きと共に地面が爆裂し、土煙が舞い上がる。そこに現れたのは、身の丈2メートルを優に超える、灰色の毛並みを持った巨大な狼獣人の戦士たちだった。
その数、およそ五頭。
いずれも手には身の丈ほどもある大斧や大剣を握り、その鋭い眼光は完全に俺たちを『獲物』としてロックオンしていた。
「魔物とエルフが連れ立って、我らの狩場を荒らすか! 叩き潰せ!」
(チッ、獣人の武闘派部族か……!)
エデクロの設定通りなら、この森の境界付近には、人間ともエルフとも相容れない狂暴な獣人一族が縄張りを張っている。
彼らの平均レベルは35〜40。今の俺のレベル18にとっては、格上の大集団だ。
「エルーナは下がってろ! シルヴィ、左右から来る三頭を受け持て! 中央の二頭は俺がやる!」
「御意!」
シルヴィが疾風のような速度で細剣を抜き、三頭の狼獣人を引きつける。
そして、俺の前には、ひときわ巨大な一頭の狼獣人が大斧を振り上げて迫ってきた。
「ゴブリン風情が、我が斧の錆となれ!」
「グッ……」
激しい風切り音。まともに喰らえば肉体が両断される。だが、今の俺には新スキル【混沌魔法】と【魔力操作】がある。
「【混沌魔法 ディザスター・ボルト】!」
俺の手のひらから、光と闇が混ざり合った斑の魔力弾が放たれた。それは狼獣人の大斧に直撃し、凄まじい爆発を起こす。
「なっ……魔術を使うゴブリンだと!?」
「それだけじゃねえよ!」
俺は爆煙を突き抜け、【輝きの聖剣】を抜き放った。黄金の閃光が森を照らす。
「ガアアアァッ!!」
ジャキィィィン!!
聖剣の鋭い斬撃が、狼獣人の胸元を深く切り裂いた。緑色の血ではなく、相手の鮮血が飛び散る。
ゴブリンエリートの肉体と、混沌の魔力の補正が乗った一撃は、格上の獣人の耐久力を強引に突破した。
「ガハッ……馬鹿な、この重さは……!」
崩れ落ちる狼獣人の巨体。
【経験値を獲得しました】
しかし、息をつく暇もなく、背後からもう一頭の狼獣人が、鋭い爪を突き立てて俺の首筋を狙ってきた。
「死ね、シードとか言ったな!」
(背後……! 間に合わねえ!)
その瞬間、俺の脳裏に前世の対人戦(PvP)での『カウンターの呼吸』が蘇った。
肉体の反応速度の限界を超え、システムコマンドを頭の中で強引に叩き込む。
「【不意打ち】――からの、【強奪】!」
俺はあえて避けるのをやめ、肉体を捻って肩口で相手の爪を受け止めた。ゴツン、と肉が裂ける激痛。だが、その痛みを無視して、俺の左手が獣人の顔面をガッチリと掴んだ。
固有スキル【強奪】が発動する。
「な、魔力が……力が、吸い取られる……!?」
「お前のステータス、一時的に貰い受ける!」
ズズズ、と獣人の身体からオーラのような力が俺の肉体へと流れ込んでくる。一時的なステータス大幅上昇。力が漲る。
「オラァァァッ!」
掴んだまま、獣人の巨体を地面へと叩きつけ、聖剣をその心臓へと突き立てた。
ドォォォン!!
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ターゲットの討伐を確認しました。
格上討伐ボーナスが適用されます。
レベルが 18 ───> 27 に上昇しました。
ステータスポイントを15獲得しました。
スキル【混沌魔法】がLv2に上昇しました。
スキル【威圧(Lv1)】を獲得しました。
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「ハァ、ハァ、ハァ……!」
凄まじいレベルアップの熱波が肉体を駆け巡る。身体がさらに引き締まり、ゴブリン特有の醜悪さが薄れ、どことなく禍々しくも圧倒的な「魔王の片鱗」を感じさせる風格へと変貌していく。
シルヴィの方を見ると、彼も満身創痍になりながらも、エルフ一の剣技で三頭の獣人を戦闘不能に追い込んでいた。
激闘は、俺たちの完全な勝利で幕を閉じた。
◇◆◇
「……見事な戦いぶりだ」
パチ、パチ、パチ、と静かな拍手の音が響いた。倒れた狼獣人たちの奥、大樹の影から、ゆっくりと一人の『少女』が姿を現した。
彼女は狼獣人ではない。頭部にあるのは、ふさふさとした黄金の耳。そしてお尻から伸びる、立派な獅子の尻尾。
身にまとっているのは、上質な高級毛皮と、数々の魔石で作られた装飾品。その容姿は気高く、息をのむほどに美しかったが、その身から放たれる野生のカリスマは、周囲の空気を支配していた。
「我が部族の精鋭たちを、よもやこれほど圧倒するとはな。特にそこのゴブリン……いや、シードと言ったか。お前の戦い、実に見事だったぞ」
シルヴィが警戒して俺の前に出ようとしたが、俺はそれを手で制した。
俺の【夜視】とゲーム知識が、彼女の正体を瞬時に割り出していたからだ。
(黄金の獅子耳……。始まりの森の西を統べる、獣人族の最大勢力『レオパルド部族』の長――獅子王の娘、ハーミルだ!)
ハーミルはレベル45を超える、このエリア最強クラスのキャラだ。
普通なら、ここで戦いになれば全滅必至。しかし、彼女の目は敵意に満ちてはいなかった。むしろ――。
「なぁ、シードとやら」
ハーミルはトコトコと俺の目の前まで歩み寄ってくると、ゴブリンである俺の顔をじっと見つめた。その距離、わずか数センチ。野性的な肉食獣の香りが鼻をくすぐる。
「お前、ゴブリンのくせに人間の言葉を話し、魔法を操り、おまけにその強靭な肉体……。私はな、強い男が大好きなんだ」
「……ん?」
ハーミルはニヤリと肉食獣特有の獰猛な、しかし魅力的な笑みを浮かべると、突如として俺の首にそのしなやかな両腕を絡ませてきた。
「決めたぞ。お前は今日から、私の『モノ』だ。私の婿になれ」
「はぁ!?」
「な、何をおっしゃるのですか、この泥棒猫――いえ、泥棒獅子!」
エルーナが悲鳴のような声を上げて俺とハーミルの間に割り込もうとするが、ハーミルはフンと鼻を鳴らし、俺の胸板にその豊かな胸を押し当てて、確固たる口調で囁いた。
「黙れ、エルフの小娘。このシードの強さは、我が一族の頂点に立つにふさわしい。シード、私はお前を溺愛してやる。お前が世界を敵に回すというなら、我がレオパルド部族の軍勢、丸ごと全部お前にくれてやってもいいぞ?」
(……マジかよ。好感度の初期値、いったいどうなってんだ?)
どうやら、俺の【混沌の魔力】と、格上を蹂躙した【強奪】の戦闘スタイルが、獣人族の「弱肉強食・強者崇拝」の遺伝子にクリティカルヒットしてしまったらしい。
エルフの郷に続き、まさかの獣人族の最大勢力の愛娘から、熱烈すぎる『溺愛』を受けることになったシード。
混沌の種子は、森の勢力を急速に巻き込みながら、巨大な嵐へと成長しようとしていた。




