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最弱のゴブリンAに転生した俺、死亡フラグをへし折っていたら、いつの間にか最強の先導者にされていた件  作者: アルファベータ
第一章

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第3話 この世界に新たな種を。


「……あ、あ、――チェック、ワン、ツー」


 薄暗い始まりの森、その木漏れ日の下で、俺は自分の喉に手を当てていた。洞窟を脱出した後、進化の光を浴びた俺の肉体は激変していた。


 かつての、這いつくばるような前傾姿勢のゴブリンではない。身の丈は人間の大人ほどになり、筋肉は鎧のように引き締まり、緑色の皮膚はどこか鋼のような光沢を帯びている。


 ステータス上は『ゴブリンエリート』。


 最下級の雑魚から、中堅の戦士へとステージが上がった証拠だ。


何より変わったのは、喉の構造だった。


 これまでは粘つく蛙のような鳴き声しか出せなかったが、今は明確に「声帯」の存在を感じる。


「お、俺のは……神崎、悠斗。……よし、喋れるな」


 まだ舌が少しもつれるが、明確な人間の言語(この世界における共通語)を発することができた。


 エデクロの仕様において、通常のゴブリンは知能が低く、独自の粗野な言語(咆哮)しか使えない。


 だが、上位種に進化し、さらにプレイヤーとしての魂が定着したことで、システム側の制限を突破したらしい。


「言葉が通じるなら、交渉ができる。……この強固な肉体と、勇者から強奪した『輝きの聖剣』があれば、ソロでも当面は食っていけるが……」


 だが、俺の目的は単なる生存ではない。この世界を私物化し、何度もリセットを繰り返す「運営(神々)」への復讐だ。


 そのためには、いずれ組織が必要になる。まずは情報収集と、信頼できる味方の獲得。それが次のステップだ。


 俺は人間の街を目指して、森を歩き始めた。しかし、今の俺の見た目はどうあがいても「立派な魔物」だ。


 不用意に人間の街に近づけば、門番に一秒で蜂の巣にされるか、冒険者ギルドに討伐依頼を出されて終わりだろう。


「まずは、話の通じる『人間以外の知的種族』と接触すべきか……」


 そう考えながら、エデクロの記憶を頼りに森の古い獣道を辿っていた、その時だった。


 周囲の空気が、ピリリと張り詰めたような錯覚に陥る。微かに漂う、清廉な花の香りと、高密度の魔力、マナの気配。


(しまっ――このエリアの配置は……!)


気づいた時にはもう遅かった。


 木々の隙間から、突如として無数の人影が音もなく現れ、俺を完全に包囲していた。


 美しい、透き通るような白肌。尖った長い耳。そして、一様に冷徹な殺意を宿した美しい瞳。


「魔物が、聖なる郷の結界を破りおったか。醜悪な緑の皮め……ここで果てるがいい」


……エルフ族だ。


 しかも、ゲーム内では中期以降のエリアとして設定されていたはずの『エルフの隠れ郷』の境界線に、俺は知らず知らずのうちに足を踏み入れてしまっていた。


「待て! 俺に敵意はない!」


俺は咄嗟に両手を挙げ、大声で叫んだ。


 しかし、その言葉はエルフたちに届かない。正確には、届いているが「信じてもらえない」のだ。


 彼らにとって、ゴブリンが人間の言葉を模倣することなど、低級な精神干渉魔法か、あるいは単なる空耳の類に過ぎない。


「戯言を! 弓隊、放て!」


 隊長格と思われる、銀髪の引き締まった体躯のエルフが容赦なく手を振り下ろす。


ヒュン、ヒュン、ヒュン――!


 空気を切り裂く風の音が数十、同時に鳴り響く。放たれた矢は、ただの木製の矢ではなくエルフ特有の『風精霊の加護』を受けた、岩をも穿つ魔導矢だ。


「チッ……! 【不意打ち】――【ステップ】!」


 俺はレベル18となった肉体の敏捷性をフルに活用し、地面を爆発的に蹴った。ゴブリンエリートの脚力も伊達じゃない。


 残像を残すほどの速度で、左右の巨木の影へと滑り込む。


ドガガガガガッ!


 さっきまで俺がいた地面に、無数の矢が深く突き刺さり、土煙が激しく舞い上がった。


「バカな!? ゴブリンごときがあの速度だと!?」


「ひるむな、包囲を縮めよ! 近接班、前へ!」


 エルフの戦士たちが、細身の魔剣を抜いて一斉に距離を詰めてくる。彼らの動きは洗練されており、一切の無駄がない。レベルは推定で25〜30前後。


 今の俺のレベル(18)よりも少し格上だ。おまけに数で圧倒的に負けている。


(クソ、まともにやり合えば死ぬ……! だが、ここで『輝きの聖剣』を抜いてあいつらを殺せば、エルフ族とは永久に和解できなくなる!)


 待てよ……俺の目的は、味方を作ることだ。無用な犠牲は出したくない。


 だが、エルフたちの剣先は容赦なく俺の肉体を切り裂きにかかる。


「ハァァァッ!」


 一人の若い女エルフが、鋭い踏み込みから俺の首を狙って細剣を突き出してきた。俺はそれを、左腕の頑丈な皮膚で最低限受け流す。


 キィン、と肉と金属がぶつかり合う鈍い音が響き、緑色の血が薄く滲んだ。


「グッ……!」


「仕留めた――えっ!?」


 女エルフが勝ち誇ろうとした瞬間、俺はその細剣の腹を右手で掴み、強引に彼女の体を引き寄せた。


 驚愕に目を見開く彼女の背後に回り込み、その華奢な首筋に、あえて『古巨人の大腿骨』の柄を軽く突きつける。人質だ。


「全員、動きを止めろ! これ以上踏み込んでみろ、この娘の首をへし折るぞ!」


俺はドスの効いた声で叫んだ。


 包囲していたエルフたちの動きが、ピタリと止まる。皆、憎悪と動揺の入り混じった目で俺を睨みつけていた。


「卑劣な魔物め……。同胞を放せ!」


「放せば、お前たちは俺の言葉を聞く耳を持つか!?」


 俺の問いかけに、銀髪の隊長は冷酷に言い放った。


「持たぬ。魔物との対話など、我が一族の誇りが許さぬ。その娘を殺さば、お前をなぶり殺しにした後、お前の部族を文字通り根絶やしにしてくれよう」


──交渉決裂だ。


 エルフの頑固さはゲーム通りだ。彼らは誇りを重んじるあまり、魔物相手なら人質の犠牲すら辞さない覚悟を持っている。


(何か……何かこの状況を打開する『キーワード』はなかったか!?)


 俺は頭をフル回転させ、前世で読み漁ったエデクロの設定資料集、そしてエルフ族の隠しクエストの記憶を必死に手繰り寄せた。


 エルフの郷、始まりの森の派生イベント、彼らが絶対に逆らえない『絶対の誓い』……。


(……あった。ゲーム内では、エルフの好感度を強制的にMAXにするための、運営が仕込んだ悪趣味な隠しコマンド(イースターエッグ)!)


 それは、古代エルフ語で記された、彼らの始祖が交わした『神聖なる盟約』の第一句。


 運営が公式生放送で「これをゲーム内のチャット欄に打ち込むと、エルフNPCが全員平伏します(笑)」とか冗談めかして明かしていた、設定の穴だ。


 俺は人質にしていた女エルフの身体を、あえて優しく突き放した。そして、聖剣も大腿骨も地面に投げ捨て、無防備な姿で、エルフの隊長の目を真っ直ぐに見据えた。


「……何をする気だ?」


隊長が不審げに弓を構え直す。


 俺は、深く息を吸い込み、かつてゲームのイベントで流れたあの奇妙な発音を、ゴブリンの喉で正確に再現した。


「――『アル・カンティア・フェル・ノヴァ』」


 その瞬間、世界の時間が止まったかのような静寂が訪れた。


「……な、……何と……?」


 銀髪の隊長の顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。他のエルフたちも、持っていた弓や剣をガタガタと震わせ、信じられないものを見る目で俺を見つめていた。


「今、何と言った……? その言葉を、なぜ、お前のような魔物が……!」


『アル・カンティア・フェル・ノヴァ』。


 それは古代エルフ語で【我が魂は、原初の星の導きに従う】という意味を持つ。


 エデクロの設定では、この言葉を口にした者は、種族を問わず「エルフの始祖の血を引く聖なる代弁者」として扱われ、絶対に刃を向けてはならないという絶対遵守の呪縛コードが彼らの遺伝子に刻まれているのだ。


「俺は、世界の『真実』を知る者だ」


俺は静かに、しかし威厳を持って告げた。


「お前たちと戦うつもりはない。俺は、この世界を裏から操り、お前たちの郷をも弄ぶ神々に復讐を誓った者だ。そのために、お前たちの知恵と力が借りたい」



◇◆◇


 静寂の後、エルフの隊長はゆっくりと剣を収め、その場に片膝を突いた。他の戦士たちも、戸惑いながらもそれに倣う。


「……ゴブリンが、我が一族の最古の誓いを口にし、世界の理を語るなど……。未だ信じがたい。だが、その言葉の重さは本物だ。……貴殿は、一体何者なのだ?」


 隊長の声から、先ほどまでの刺すような殺意は消え失せていた。あるのは、人知を超えた存在に対する深い困惑と、畏怖だ。


「俺に、名前はない。ただの『ゴブリン』だった存在だ」


 俺は自嘲気味に笑った。だが、これからは英雄として成り上がるのだ。いつまでもモブの名前でいるわけにはいかない。


「だが、これからは――『シード(Seed)』と名乗る。この狂った世界に、新たな変革を植え付ける『種子』だ」


「シード、様……」


 その時、さっきまで俺が人質にしていた若い女エルフが、トコトコと俺の前に歩み寄ってきた。


 彼女の名前はエルーナ。薄緑色の髪をツインテールにした、エルフにしては少し幼さの残る少女だった。


「あなた、本当にゴブリンなの……? 背が高くて、筋肉もすごくて、それに……人間の言葉が、すっごく上手」


 エルーナは怯える様子もなく、俺の頑丈な緑色の腕を恐る恐る指先で突っついた。


「エルーナ! 無礼であるぞ、シード様に対して!」


 隊長が慌てて叱責するが、エルーナは「だって!」と膨れる。


「私、知ってるよ。ゴブリンって、もっと小さくて、汚くて、お話なんてできないって。でも、シード様は違う。さっき私を捕まえた時も、全然痛くしなかったし、何か守ってくれてるみたいだった……」


 エルーナの大きな瞳が、キラキラとした崇拝の光を帯びて俺を見上げる。どうやら、ピンチをチャンスに変えた結果、エルフの小娘に妙な懐かれ方をされてしまったらしい。


(まぁ、これも『エルフの好感度強制MAX』のキーワードの効果なのか……)


 俺は内心で苦笑しながらも、エルーナの頭を大きな緑色の手でぽんぽんと叩いた。


「怪我はなかったか、エルーナ」


「うん! 全然平気! シード様、すっごくかっこいい!」


 エルフの戦士たちが、ゴブリンに懐く同胞の姿を見て驚愕のあまり開いた口が塞がらない様子だったが、俺は隊長に向き直った。


「隊長。俺を、お前たちの郷へ案内してくれ。そこで、この世界に今起きている『異変』――そして、俺たち共通の敵について、じっくりと話をしたい」


「……御意に、シード様。我が郷の長も、貴殿の到来を拒みはしないでしょう」


 こうして俺は、死の運命を乗り越え、最強のエルフ族を最初の「味方」として従えることに成功したのだった。


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