第16話 アランの成長
「――あの、セレニア? 幾ら何でもくっつきすぎではないか?」
翌朝、リーズヘルテの白銀に輝く大食堂。
俺――シードは、目の前に並べられたハイエルフの精進料理を前にして、思わず頬を引きつらせていた。
なぜなら、この郷の誇り高き守備隊長であるはずのセレニアが、俺の右腕にこれでもかと自身の豊かな胸を押し当て、甲斐甲斐しくサラダを取り分けているからだ。
それも、完全にトロンとした、恋する乙女の目で俺を見つめながら。
「いいえ、シード様。昨日もお伝えした通り、私は貴方の旅路に命を捧げる覚悟です。なれば、これくらいの身の回りの世話など、当然の義務というもの。さあ、この『世界樹の若芽のソテー』をどうぞ、あーん……」
「い、いや、自分で食える」
俺がゴブリンとしての強靭な理性を総動員して拒絶しても、彼女は「まぁ、照れていらっしゃるのですね」と嬉しそうに白銀の髪を揺らすだけだ。
昨夜のテラスでの対話を経て、彼女のなかで何かが完全に吹っ切れてしまったらしい。
このあまりの変貌ぶりに、食堂にいた他のハイエルフの戦士や長老たちが、一斉にざわざわと色めき立ち始めた。
「お、おい……見ろよ、あのセレニア隊長を……」
「嘘だろ……? 郷の男たちには目もくれず、人間の男を『異端者』と切り捨てていた、あの鉄の処女・セレニアが……」
「まるで盛りのついた人間のメスではないか! 我が郷の誇りはどこへ行ったのだ!」
「しかも中身はゴブリンだと噂だぞ……? 隊長はついに、上位種としての理性を失われたのか……!?」
白銀の広間に、ハイエルフたちの困惑と絶望の囁き声が波のように広がっていく。
彼らにとって、セレニアはリーズヘルテの「気高き象徴」だったのだ。それが、出会って一日の異端のゴブリンにここまで骨抜きにされているのだから、世界崩壊レベルの衝撃だろう。
「あーあ、完全にやられちゃってるよ……。シードさんのカリスマ、マジで天才(天災)の領域だな」
離れた席でパンをかじっていたアランが、髑髏の頭をペシペシと叩きながら呆れ果てていた。
シルヴィはと言えば、「セレニア殿、シード様の右側は私の護衛位置です。少し離れていただけますか?」と、妙な対抗心を燃やして静かに細剣の柄に手をかけている。あまりにもカオスだ。
「ははは! 騒々しいのう、若者たちよ!」
そこへ、長い白髭を蓄えたリーズヘルテの最高権力者――大長『ルミナス』が、翡翠の杖を突きながら豪快に笑って現れた。
「長! ですが、セレニアのあの軟派ぶりは我が郷の規律に――」
長老の一人が抗議の声を上げるが、ルミナスはそれを手で制した。
「良いではないか。アルテアの親書にもあった通り、シード殿は世界の因果を背負う御方。セレニアがその覇王の器に惹かれるのは、ハイエルフとしての本能じゃ。セレニアよ、長としての許可を与える。遠慮なく、その御方について行き、世界の真実を見てくるが良い!」
「はいっ、大長! ありがとうございます!」
セレニアは満面の笑みで一礼し、さらに俺の腕を強く抱きしめてきた。
(……まぁ、防衛戦力が一人増えるのは悪くないが、これ、始まりの森に戻った時にハーミルやエルーナと鉢合わせしたらどうなるんだ?)
前世はただの非モテネトゲ廃人だった俺は、別の意味での生存危機(死亡フラグ)を感じ始めていた。
とはいえ、影王会に対抗するための戦力補強が最優先だ。大長ルミナスの計らいにより、俺たちは武具の調達と治療のため、もう数日このリーズヘルテに滞在し、郷を散策することになった。
ハイエルフの郷は、始まりの森とは比較にならないほど高度な魔導技術に溢れていた。
大樹の幹に組み込まれた自動エレベーター、触れるだけで魔力を充填できるクリスタル。そして何より、郷の最下層にある『精霊の鍛冶場』は圧巻だった。
カン、カン、と美しい金属音が響く鍛冶場で、俺たちの前にいくつかの武具が並べられた。
「シード様、お待たせいたしました。我が郷の国宝級の金属『ミスリル』を贅沢に使い、貴方の【混沌魔法】の伝導率を極限まで高めた大剣です」
セレニアが誇らしげに提示したのは、白銀に輝く大剣――【ミスリル・カオスブレイカー】。
ジークから奪った【輝きの聖剣】は強力だ が、勇者の属性(光)と俺の属性(混沌・闇)は相性が悪く、魔力のロスが大きかった。
だが、このミスリル大剣はあらゆる魔力を均等に増幅する。試しに左手で柄を握り、混沌の魔力を少し流すと、刀身が禍々しくも美しい紫色の光を放ち、周囲の大気がジリジリと震えた。
「素晴らしい。これなら、あの怪物の魔法とも正面から渡り合える」
「シルヴィ殿には、風の精霊の加護が宿る【ミスリルの魔導弓】を。これで貴方の『Sランクの敏捷』から放たれる矢は、音を置き去りにするでしょう」
「感謝します、セレニア殿」
シルヴィが恭しく弓を受け取る。その眼差しには、次こそは負けないという強い戦士の決意が宿っていた。
「――そして、アラン殿。貴方には、我が郷の忌むべき禁庫に封印されていた、この『遺物』を授けます」
セレニアが重々しい合図を送ると、二人のハイエルフの戦士が、何重もの魔力鎖で縛られた巨大な長持(箱)を運んできた。
鎖が解かれ、蓋が開けられた瞬間、鍛冶場全体の温度が急激に下がり、周囲のハイエルフたちが一斉に身震いした。
箱の中に収められていたのは、漆黒の金属で鍛え上げられた、身の丈を超えるほど巨大な大鎌。
刃の部分には、無数の死者の怨念が結晶化したような、不気味な紫色の魔力結晶が埋め込まれている。
「これは……【死神の鎌】」
アランが息を呑む。
「ええ。かつて数百年前、この森を滅ぼさんとした伝説の『死霊王』が用いていたとされる大鎌よ。我が郷の光のマナで封印していましたが、リッチである貴方のその莫大な魔力なら、この呪いの力を完全に制御し、むしろ味方にできるはずです」
アランはゆっくりと歩み寄り、骨の手をその漆黒の柄へと伸ばした。
彼が鎌に触れた瞬間、ボォォォッ!! と、アランの全身から溢れ出た黒い死霊魔力と、鎌の呪いが完全に同調し、激しい衝撃波が鍛冶場を駆け抜けた。
「……す、げえ……! 魔力の流れが、ゾンビたちだけじゃなくて、世界中の『死の概念』と繋がっていくみたいだ……!」
アランが【死神の鎌】を軽く一振りすると、彼の背後に、巨大な死神の幻影が一瞬だけ浮かび上がった。
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固有武器【死神の鎌】と同調しました。
アランのクラスが【リッチ・ネクロマンサー】から、【冥府の導き手】へと上位覚醒しました。
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「シードさん……俺、これならいけます。あのクソ生意気なガキが連れてくる影の化け物ども、この鎌で全員、魂ごと刈り取ってやりますよ!」
フードの奥の鬼火を激しく燃やすアラン。
つい、この間まで泣き言ばかり言っていた引きこもりプレイヤーが、今や俺の最強の「左腕(死霊将軍)」としての風格を完全に纏っていた。
「よし。武器の新調は終わった」
俺は【ミスリル・カオスブレイカー】を背中に背負い、大樹の窓から北西の果て――雲に覆われた険しい山脈を見据えた。
「傷は癒え、武器も揃った。セレニア、案内を頼む。伝説の魔法使いマールスの元へ向かうぞ。俺たちの因果を、これ以上あの影王会に弄ばせてたまるか」
「はい、我が主君! 喜んで!」
セレニアが嬉々として俺の左腕に再び抱きついてくる。
新調された神話級の武具を手に、シードたちはこの白銀の郷リーズヘルテから、いよいよ本格的に動き出す。




