第11話 破滅を及ぼす異端児
影王会の『指先』――グランバレーの路地裏で捕らえた末端の工作員から、俺たちはいくつかの情報を絞り出していた。
男は前世で一般プレイヤーだった転生者で、影王会のキリアという男に「家族を人質に取られている」と涙ながらに吐露した。
奴らが探しているのは、勇者ジークを消し去った『イレギュラーな存在』。
そして奴らの本拠地は、始まりの森のさらに奥、魔竜族のナワバリへと繋がる『暗黒の渓谷』。
「シ、シード様……あそこの路地裏からずっと、冷たくて、ドロドロした嫌なマナがついてきてる気がします……」
道中、エルーナが俺の漆黒の傭兵服の裾をぎゅっと握りしめ、青ざめた顔で怯えていた。
精霊の声を聴く彼女の鋭敏な感覚が、これから向かう場所にある「異常なまでの悪意」を察知しているのだ。
「大丈夫、大丈夫だ、エルーナ。俺のすぐ後ろにいろ。何があっても守ってやる」
俺はその大きな手で、彼女の細い肩を優しく抱き寄せた。アランは新しい魔導ローブのフードを深く被り、二十匹のアンデッド軍を完璧な【並列思考】で従えて森の影を進んでいる。
シルヴィは弓を構え、ハーミルは獰猛な野生の勘を研ぎ澄ませていた。
「禍々しい力を感じるわ……」
しかし、その『強敵』は、俺たちが渓谷の入り口に到達するよりも早く、突如として目の前に現れた。
「――あはっ、みーっけ! あーれー?これがボスの言ってた『バグちゃん』かなぁ?」
鬱蒼とした木々を割って、一人の少女が姿を現した。見た目は十代前半の、愛らしいゴスロリ風のドレスを着た人間の少女。
だが、その背中には、禍々しい紫色の魔力の翼が小さな陽炎のように揺らめいている。
「シード様、危険です……! この者、人間ではありません! 凄まじい、底の割れぬマナを秘めています!」
シルヴィが叫ぶと同時に、その少女が小さく指を弾いた。
「【極星・バースト】」
「全員、伏せろっ――!!」
俺が叫ぶのと、少女の手のひらから超高密度の紫色の魔力弾が放たれたのは同時だった。
弾丸のような速度で迫る光弾。俺は反射的に【輝きの聖剣】を抜き放ち、混沌の魔力を全開にして斜めに受け流そうとした。
──カッ
「が、あぁァッ!?」
激しい衝撃と、肉体が爆裂するような激痛。聖剣の刀身を直撃した魔力弾は、俺の【混沌魔法】の防御障壁を一瞬で食い破り、そのまま俺の右腕の神経を直撃した。
骨がみしりと軋み、凄まじい衝撃波が駆け抜ける。俺の屈強な右腕は、一瞬にして感覚を失い、だらりと力なく垂れ下がった。
これは麻痺だ。聖剣が手からこぼれ落ちそうになるのを、左手で辛うじて掴み取る。
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致命的な魔力汚染を検知。
右腕が『完全麻痺』状態に陥りました。
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(クソっ……なんだこの威力は!? レベル30や40の魔法じゃない……!)
「シード様っ!?」エルーナが悲鳴を上げる。
「シードに手を出したな、この小娘がぁぁぁ!!」
激昂したハーミルが地を蹴った。レオパルド部族の血が燃え上がり、彼女の肉体から黄金の闘気が噴き出す。
ハーミルは一瞬で少女の間合いに踏み込み、大剣のような威力を秘めた鋭い爪を振り下ろした。
ガギィィィン!!
少女は懐から取り出した一本の細い針のレイピアで、ハーミルの猛攻を紙一重で受け止める。
「おっ、獣人の割にいい反応じゃん! でもぉ、足りないよぉ!」
「ナメるな、このガキっ!!」
ハーミルの優れた攻防のセンスがここで爆発した。彼女は少女のカウンターを野性的な身のこなしで完全に予測し、大振りと見せかけたフェイントから、強烈な前蹴りを少女の腹部に叩き込む。
ドッ、と鈍い音がして、少女の身体が大きく後方へと吹き飛んだ。
「シード、今のうちに体制を整えろ! こいつは私が足止めする!」
ハーミルが鋭い牙を剥き出しにしながら、再び少女へと突撃していく。
「ハ、ハーミル……すまない」
俺は左手で聖剣を握り直し、急速に脳内の魔力回路を巡らせた。【強奪】スキルを右腕に集中させ、汚染された魔力を強引に吸い出して麻痺を解除しようとするが、回復にはまだ数十秒かかる。
その間にも、ハーミルと少女の激しい肉弾戦が続いていた。ハーミルの超一流の体術と防御のセンスのおかげで、少女は強力な魔法を放つ隙を与えられていない。だが、それも長くは持たなかった。
突如、少女が不気味に首をコキリと傾げた。
「……あーあ、めんどくさ。お姉ちゃん、代わって」
その言葉を境に、少女の雰囲気が、文字通り『一変』した。
◇◆◇
「――ふん。無様ね、ムル。この程度の雑魚に手こずるなんて」
冷酷で、氷のように冷え切った、大人の女性のような声。少女の顔からさっきまでの無邪気な狂気が消え失せ、冷徹な殺人鬼の眼差しへと変わっていた。
その瞬間、彼女の背中の紫色の翼が、漆黒の闇の炎へと姿を変える。
彼女の名は『リル・ムル』。
影王会の幹部であり、一つの肉体に二つの魂――無邪気な魔法狂いの妹「ムル」と、冷徹無比な暗殺者の姉「リル」が共存する、二重人格の怪物。
人格が切り替わることで、そのステータスと使用スキルも完全に変化する特殊個体だ。
「【影縫いの蛇】」
リルが低く呟くと、ハーミルの足元の影から無数の黒い蛇が這い出し、彼女の四肢を瞬時に縛り付けた。
「な、っ……動きが……!?」
「まずは、鬱陶しい獣の娘から処理するわ」
リルが音もなくハーミルの眼前に移動し、黒く染まったレイピアを彼女の喉元へと突き出す。
「させるかぁぁぁ!! 【死体突撃】!!」
アランが叫び、二十匹のオーク・ゾンビが一斉にリルの進路へと肉壁となって割り込んだ。シルヴィの放った三連の魔導矢が、リルの側面を正確に捉える。
チッ、とリルが忌々しそうに舌を打ち、一歩後退して矢を叩き落とした。その隙に、俺の右腕の麻痺が、ようやく【強奪】によって完全に解除される。
「全員、下がれ! こいつの相手は、俺がやる!」
俺は本来のゴブリンエリートの姿の全力を解き放ち、地面を爆発的に踏みしめてリルの前に立ちはだかった。
左手と右手の両方で【輝きの聖剣】を握りしめる。混沌の魔力が、聖剣の黄金の輝きと混ざり合い、刀身から禍々しいプラズマのような火花を散らしている。
「ほう……ゴブリンの分際で、ボスの言っていたイレギュラーとは貴方のことね」
リルが冷たい目で俺を値踏みする。
「お前たちが影王会か。他人の思い出を踏みにじり、この世界を自分たちの都合で間引きしようとする生ゴミどもめ」
「思い出? 世界? 何を言っているのかしら。これはただのデータ、優秀な者だけが生き残ればいい、効率的なゲームよ」
「──は?ゲームだと……?」
俺の胸の奥で、ドス黒い怒りが爆発した。
「ただのデータ」だと? あの十年間、俺たちが泣いて、笑って、仲間と過ごしたあのエデクロの世界を、こいつらは今なおそんな風に呼び捨てるのか。
「お前らだけは……絶対に許さねえ」
「言霊だけでは、私は殺せないわよ。――【冥府の門】」
リルの背後に、巨大な闇の亀裂が現れた。そこから放たれるのは、触れたものの生命力を全吸収する、暗黒の魔力波動。
俺は真っ直ぐに、その絶望の渦へと突っ込んでいった。
一歩間違えれば、今度こそ魂ごと消滅する。
だが、死亡フラグをへし折ってここまで来たんだ。こんな『運営の人形』ごときに、負けてたまるか!!




