第6話 バニッシュメントデイ・トゥ・ステラフィア
《 - 一週間前 - 》
《 アルヴァー大陸西側・魔族領 》
「『四天王』ステラフィア。
お前を我が『魔王軍』から追放する」
男性とも女性とも判別が付かない声色で、その言葉が告げられるのと同時―――窓から刺し込んだ雷光が薄暗い『魔王城』謁見の間を、そして玉座の前で4つ脚を跪かせるステラフィアの姿を照らし出す。
玉座に腰掛ける全身を漆黒の衣に包んだ魔族―――『魔王』エルヴィスはその黒衣から僅かに覗かれた紅く光る瞳で半人半馬の女魔族を見下ろしていた。
ステラフィアは頭を下げたままに口を開いた。
「……理由をお聞かせ願いますか、エルヴィス様」
「私が『不要』と判断した。
それ以上の説明が必要か?」
抗弁の余地など一切なかった。
『魔王』の判断は絶対であり、全ての者はただそれに従うのみ―――それがこの『魔王軍』の理であると、その短い返答が冷徹に告げていた。
ステラフィアはそれ以上は何も聞かず、口を引き結ぶ。
そんな彼女の後方には、ステラフィア以外の『四天王』の面々が立ち並んでおり―――
「あっひゃっひゃっ!
ま、理由なんて分かりきってるけどなぁ〜!
例の魔法、とうとう発動するだけでぶっ倒れるようになっちまったんだってぇ?
そんな役立たず、そりゃあ解雇だわなぁ〜!」
黒い鱗で全身を覆われた蜥蜴人の、心底愉快そうな嗤い声が―――
「静かにしろ……魔王様の御前だ……
それ以上耳障りな声を喚き散らしたらブチ殺すぞ……!」
3メートル以上の巨躯を持つ牛頭人身、ミノタウロスの厳めしい声が―――
「けんか、ダメ……
なかよく……みんな、なかよく……」
見た目は10歳ほどの人間の子供のように見える、頭髪がイバラで出来た植物人の今にも泣き出しそうな声が聞こえてくる。
ステラフィアの追放に関し、当然の如く彼らから反対意見が上がることは無い。
『魔王』の意思に逆らうことなどあってはならない。
それが『魔王軍』であり、『魔王軍四天王』であるのだ。
そんな彼らの会話をよそに、『魔王』はステラフィアへ淡々と最後の言葉を告げる。
「新たな『四天王』も既に選定済みだ。
心置きなく去るがよい。
『元四天王』ステラフィアよ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「じゃあな〜ステラフィアちゃ〜ん!!
これからは精々ひ〜っそり暮らせよぉ〜!
うっかり人間に見つかったりしたら馬刺しにされちまうだろうからなぁ!
ぎゃはは!!」
黒い蜥蜴人の嘲笑を背に受けながら、ステラフィアは『魔王城』を後にした。
「………………」
気が付けば『魔王城』の上空を覆っているぶ厚い雲からはぽつぽつと雫が落ち始め、『元四天王』の女魔族へと降り注いでいく。
雨に濡れながら無言のままに歩き続けたステラフィアは、『魔王城』が遥か彼方に見えるようになった所で、「ふぅ……」と一つ溜息をついた。
流石に気落ちしている気配はあれど―――彼女の表情にそれ程の悲壮感は見られなかった。
元々ステラフィアは『魔王軍』に愛着や忠誠心のようなものは特段持ってはいない。
『魔王軍』に所属する魔族は『魔王』の圧倒的な『力』やカリスマに惹かれた者、もしくは人間に対して強い恨みや嫌悪感を募らせる者が大半であるが―――ステラフィアはそのどちらでもなかった。
彼女が『魔王軍』に身を置き続けたのは、自身のある『目的』を果たすのに都合が良かったからでしかないのだ。
故に、その『目的』が遠のいてしまったことに対する落胆はあれど、『魔王』から自身の『力』が不要であると断じられたことに対しては、ショックと呼べる程の精神的動揺は受けていない。
受けてはいない、が―――
『素晴らしい力だ、ステラフィア。
お前は間違いなく我が軍にとって―――いや、『私』にとって必要な存在だ』
「………………フン」
脳裏に蘇る、かつてあの謁見の間で送られた賞賛の言葉。
その時に覚えた、確かな喜びの感情―――彼女はそれらを前髪から伝う雫と共に、頭を振って振り払う。
そうして余計な思考を追い出したステラフィアは、これからどうするべきかを考える。
自分が『四天王』を追放された事実はいずれ人間達にも伝わるだろう。
『魔王軍』の後ろ盾が無くなったと分かれば、今まで以上に『冒険者』に狙われることになるのは想像に難くない。
そして、次に『冒険者』と相対すれば―――今抱えている魔法の『欠点』も露呈することになる。
その瞬間、碌に動くことも出来ない自分は成すすべなく討伐されてしまうのだろう。
あの下品な蜥蜴人が言っていた通り、命が惜しければ今後は人間に見つからないように、どこか僻地にでも身を隠すのが一番賢い選択だ。
だが―――
「私のやるべきことは―――何も変わらん」
ステラフィアはその瞳にただ一つの『想い』を宿しながら、呟いた。
「『あのモンスター』を見つけ出し、『支配権』を得るまで―――ただダンジョンに挑み続けるのみだ。
あの『約束』を果たす……その時まで―――」
それが、彼女の『目的』。
ステラフィアが『魔王軍』に所属していたのも、その『目的』の為であった。
『魔王軍』はこの世界における最大の『人類敵対勢力』ではあるが―――現在『魔王』は積極的に人間達へ向けて攻勢を仕掛けている訳ではなかった。
『魔王』討伐という功名心に突き動かされ挑んでくる『冒険者』の迎撃や、人間に恨みを抱く一部の魔族による暴発といった局所的な衝突は起きてはいるが、『人類』対『魔王軍』の全面戦争という事態にまではまだ発展していない。
今の『魔王軍』の役割はいずれ来たる人類へ本格侵攻に備えての戦力の確保―――つまりはモンスターの『支配権』を会得する為のダンジョン攻略にあった。
ステラフィアは『あるモンスター』を見つけ出す為、『魔王軍』は戦力の確保の為という違いはあれど、ダンジョン攻略という目的は一致している。
だからこそステラフィアは『四天王』として『魔王軍』に組してきたのだ。
しかし―――もう『魔王軍』の力を借りることは出来ない。
それどころか、先に『魔王軍』に『目的のモンスター』を見つけられ、別の魔族に『支配権』を取られてしまう可能性すらある。
「させない……!
私は必ず……『あのモンスター』を……!
誰よりも先に……!」
拳を固く握りしめたステラフィアは、近々『魔王軍』が攻略を行う予定であるという『超上級ダンジョン』が存在する方角へ目を向けた。
『人間領』との境界上にあると言われている、その『宮殿』の方角へ―――




