第3話 出発の前に
「それじゃ、早速出発―――っと……そうだ、その前に」
出発の号令を途中で止めたリィドは懐をまさぐり―――その手に小さな『結晶体』を取り出した。
それを見たステラフィアが首を傾げながら口を開く。
「確かそれは……この前『下級ダンジョン』を攻略した時の?」
「うん、『ダンジョン・コア』だよ」
『星の宮殿』攻略に乗り出す前、2人の『力』の検証を行う為に赴いた『下級ダンジョン』。
リィドが取り出した『結晶体』はそのダンジョン攻略時に手に入れた『ダンジョン・コア』であった。
「『魔族領』に行く前にこれを『冒険者ギルド支部』で換金して、『ポーション』なんかの購入費にしておこうかなって思ってさ。
どうせこのまま持ってても使い道無いしね」
「ふむ……」
リィドの提案を聞いたステラフィアは少し考えた後、コクリと頷いた。
「そうだな……向こうで何があるか分からないし、出来る限りの備えはしておくに越したことはないか」
「決まりだね!
確か『冒険者ギルド支部』のある街がここから少し東に行った所にあるはずだから、まずはそこに向かおう!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
先ほどリィド達が居た場所から東部へ数十キロ。
徒歩であれば丸1日以上は掛かるであろう距離をステラフィアの『長槍』の力により数十分で移動した2人は街の外れの森の中にいた。
「ステラはここで待っててね。
すぐ済ませてくるからさ」
そう言いながらステラフィアの背から降りたリィドは、身に着けた外套に付いているフードを深く被った。
「なんだ、顔を隠すのか?」
「まあ、一応ね。
もし君と一緒に居る所を誰かに見られちゃったりしたら面倒だし、なるべく目立たないようにしないと。
僕も元『勇者パーティ』ってことでそれなりに顔を知られてるし。
それじゃ、行ってくる!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
《 アルヴァー大陸南東部 冒険者ギルド支部 》
「はい!
それではこちら、お預かりした『ダンジョン・コア』の換金額5万アルヴァルスとなります!」
元気のいい声と共に『人間領』で流通している通貨、『アルヴァルス金貨』5枚が換金担当の女性職員からリィドへと差し出された。
(5万アルヴァルスとなると……購入できるのは『ハイ・ポーション』2、3個程度か。
まあ、『下級ダンジョン』の『ダンジョン・コア』じゃそんなもんかな)
そんなことをぼんやりと考えながらリィドは金貨を受け取った。
「しかし、2人組でフリーのダンジョン攻略を行っているという話でしたが、どうせならこちらで『冒険者登録』を行いませんか?
ギルド所属の『冒険者』になれば換金額はもっと増えますし、ギルドと提携しているお店を使えば武器やアイテム購入額もずっとお安くなりますし、いい事尽くめですよ!
その相方をお連れして頂ければすぐにでもパーティ登録が出来ますし、如何でしょうか!」
「あはは、お気遣いありがとうございます。
でも、僕達は今の所フリーのままでやっていこうと決めてますので」
魔族――しかも元『魔王軍四天王』であるステラフィアをギルドに連れていくことなど出来るはずもなく、リィドはやんわりと断った。
「ほら、ギルド所属になると一定期間の内にモンスター素材や『ダンジョン・コア』を納入するノルマがあるんでしょう?
『冒険者ランク』が上がるたびに要求されるノルマも上がっていくって話ですし、僕達はのんびりとダンジョン探索を続けたいですから」
そんな返答を受け、「そうですか……下級とはいえダンジョンを攻略出来る程の『冒険者』を勧誘出来たら私の評価も上がってたんですけどねぇ……」と明け透けに語る女性職員に対し、リィドは思わず苦笑いしてしまうのだった。
(まあ『EX級』ランクの『勇者パーティ』には特別措置としてそんなノルマは一切課されてないんだけどね……
マリティアさんとかが律儀にノルマなんてこなそうはずもない……)
と、そんなことを考えながら用事も済んだことだしと、リィドはギルドを後にしようとしたが―――
「おい!!
本部からの指示はまだなのか!!」
「す、すみません!!
まだ向こうもかなり混乱してて―――!!」
「―――?」
受付の奥から聞こえてくる喧騒に、思わず足を止めた。
リィドとしては別にギルド内の揉め事に深く関わるつもりはないが―――なんとなく事情が気になり、受付女性へと話しかけた。
「あの……慌ただしい様子ですけど、何かあったんですか?」
「ああ、アレはですねぇ……」
受付女性が窓口の机から身を乗り出し、リィドに耳打ちをした。
「実はついさっき、ここから西の方にある『超上級ダンジョン』の『星の宮殿』が攻略されてしまったらしいんです」
ピクリ、とリィドの身体が一瞬揺れた。
「それも攻略したのは『勇者パーティ』ではなく『ダブル・バニッシュメント』という一切の素性が知れない謎のパーティなんですって」
「……へー」
「しかもですね、そのパーティってなんと5日前にも同じく『超上級ダンジョン』である『愚者の宮殿』を攻略していたらしいんですよ。
ちょっと信じられませんよねぇ」
「……そーですねー」
「それで、ただでさえ『愚者の宮殿』攻略の件で騒然としてたギルド本部が続けざまに今回の報告を聞いて、もう大大大混乱って感じのようで。
おかげでこっちもてんやわんやなんですよ」
「……大変ですねー」
「あ、それでですね。
私達ギルドは今、その『ダブル・バニッシュメント』とやらの正体を掴もうと必死になっているわけなのですが、実は『愚者の宮殿』が攻略される1週間ほど前に『勇者パーティ』から追放されたメンバーがいるようなんです。
もしかしたら彼が何か関係しているのではないか、という話が上がっていてですね。
現在彼の行方を捜索中なんです。
『リィド=アリアード』っていう名前の銀髪の少年なんですけど、貴方は見かけたことありませんか?」
「……いやぁ、見たことありませんねー」
「そうですか……もしその少年を見かけたら、すぐに近くのギルド職員に知らせてくださいね。
何が何でも捕えて、謎のパーティについての情報を持っているか洗いざらい聞き出せ! と本部からの通達ですので」
「……分かりましたー。
お話してくれてありがとうございますー。
それでは、僕はこの辺でー」
「あ、はい!
もし『冒険者登録』をしたくなりましたらいつでもお声がけくださいね!
それでは!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
《 街外れ 森林内 》
「という訳で!
顔を隠しておいたのは思いがけず正解だったみたいでした!
あ、それと『ハイ・ポーション』と一緒にアイテムを出し入れしやすいようにウエストバッグも買ったんだけど、どう? 似合うー?」
「いや軽いなお前!!!!」
腰に付けた小さなバッグを嬉しそうに見せながら報告するリィドへ、ステラフィアは大声でツッコんだ。
「なんか知らんがとんでもない事になってないか!?
なあ、もしかして『超上級ダンジョン』の攻略って人間達にとっては物凄い大事件だったりするんじゃないのか!?
このままダンジョン攻略を続けて本当に大丈夫なのか!?」
「んー、どうなんだろ。
『勇者パーティ』に居た頃はギルドへの報告とかは全部フィリオンさんに任せてたからそこら辺の事情はよく分かってないんだよね。
まあでも、大丈夫なんじゃない? 多分だけど」
ギルドの混乱などどこ吹く風といった様子のリィドに、ステラフィアは思わず頭を片手で押さえた。
「なんで人間側のお前がそんなに呑気で魔族側の私が頭を痛めねばならんのだ……」
思わずそんなことを呟いてしまうステラフィアであったが―――
「でもさステラ。
なら、ダンジョン攻略―――もう止めちゃう?」
「―――!」
そのリィドの言葉に、ステラフィアは反射的に口を開いた。
「止める訳、ないだろうが!」
そんな彼女に対して、リィドはニッと笑みを浮かべる。
「だよね。
僕の『夢』と、君の『約束』―――どんなことがあろうと、絶対に叶えよう!」
「……フン!
改めて言われるまでもない!」
リィドの言葉に乗せられ、つい大げさな反応をしてしまったことを恥じ、ステラフィアはプイッと顔を背けた。
そして―――
(……リィドの『夢』……か)
たった今聞いた言葉を頭の中で繰り返したステラフィアは―――
(そういえば、こうして共にダンジョン攻略を進めていながら……
私はこいつの『夢』について、何も知らないんだな……)
そんなことを、1人思うのだった。




