第2話 人類と魔族
「さて、それじゃあ今後の目標についてだけど―――」
朝の騒動からしばらく時間が経ち、お互いどうにか落ち着いた頃。
あの『お姉ちゃん』発言に関しては(色々な意味で気になってはいるが)触れないように気を付けながらリィドはステラフィアへと話しかけた。
「まずは残りの『超上級ダンジョン』について確認しておこうか」
そう言いながらリィドは懐から大きめの羊皮紙を取り出すと、ばさりと地面へ広げた。
それは今リィド達がいる『アルヴァー大陸』の大陸図であった。
その所々には○印が描かれており―――更にその内のいくつかには、上からチェックマークが付けられている。
「もしかして、この印が―――?」
「うん、この大陸で確認されている『超上級ダンジョン』と、既に攻略済みの『超上級ダンジョン』だよ」
リィドは地図を覗き込むステラフィアへと説明した。
○印がこの世界で21の存在が確認されている『超上級ダンジョン』の所在地。
チェックマークが付けられたものはそのダンジョンが既に攻略されていることの証である。
「ふむ……確か『勇者パーティ』は『超上級ダンジョン』を10回以上攻略していた、という話だったな」
「うん、正確には11回。
僕が『勇者パーティ』に加入してからの2年間―――あの人達と共に、攻略してきたんだよ」
そう告げるリィドの表情には、少しだけ影が差しているようにみえた。
それだけの時を共に過ごしてきた仲間を【勇者】は何の迷いもなく追放したという現実は、やはり少年にとって決して浅くない心の傷となっているのだろう。
そんなリィドの感傷にステラフィアは気付かないふりをし―――そんなステラフィアの心遣いを知ってか知らずか、リィドは話を続けた。
「それで、既に攻略された『超上級ダンジョン』の数は―――全部で『14』」
その内訳は、かつてリィドがステラフィアへ語ったとある『冒険者パーティ』によって初めて攻略されたもの―――『塔の宮殿』が1つ。
今しがたリィドが語った通り、『勇者パーティ』によって攻略されたもの―――『魔術師の宮殿』、『女教皇の宮殿』、『女帝の宮殿』、『皇帝の宮殿』、『教皇の宮殿』、『戦車の宮殿』、『力の宮殿』、『吊られ人の宮殿』、『節制の宮殿』、『悪魔の宮殿』、『月の宮殿』の11個。
そして―――リィドとステラフィアが攻略した『愚者の宮殿』、『星の宮殿』の2つである。
「残る『超上級ダンジョン』は7つ。
そして前にも言った通りこの大陸東側――『人間領』内に残っていた『超上級ダンジョン』は昨日攻略した『星の宮殿』が最後だ。
つまり、次に僕達が往くべき場所は大陸西側――『魔族領』ということになる訳だけど……」
その名を告げた直後、リィドは悩ましい表情を浮かべた。
「僕みたいな人間が表立ってうろつくのは危険だよねぇ……
何せ、あそこは人類に敵対する『魔王軍』が支配している場所なんだから」
腕組みをしながらそんな懸念をリィドが述べると―――
「いや、そうとも限らないぞ」
そんな返答がステラフィアから告げられ、思わず「え?」とリィドの口から呆けた声が漏れた。
「『魔王軍』は別に大陸西側全土を支配している訳でもないからな。
本拠地である『魔王城』から遠く離れた場所ではその影響力も小さい。
そして『魔王軍』所属の魔族でもなければ、人間を見かけたというだけで攻撃を仕掛けてくることはそうないだろう。
過去の『大戦』の影響でな」
「過去の『大戦』……それって―――」
リィドの呟きにコクリとステラフィアが頷いた。
「今より遥か昔―――この大陸では一度、人類と魔族との間で激しい争いが起きたことがある。
そして、それは双方に甚大な被害をもたらした」
「うん……僕も聞いたことあるよ。
人類と魔族、共に多くの命が失われて……更に森林、土壌破壊による食糧難も起きて……
両種族共々この大陸から絶滅してしまうのではないか……そんな状態にまで陥っていた、って話だよね」
人類と魔族。
この両種族がいつから敵対関係にあったのかは、もはや定かではない。
単純な外見の差異からか、生まれ持った『力』の差からか。
そんな確執の行き着く先―――絶滅戦争。
かつて、この大陸はその一歩手前にまで踏み込んでいたのだった。
「その危機をどうにか乗り越え、今日における『アルヴァー大陸』が在るわけだが―――両種族の確執は今も続いている。
人間は生まれながらに『力』を持つ魔族を恐れ、魔族は人間が討伐しに来たのではないかと疑う。
『魔王軍』などという人類敵対組織が勢力を広げていることからも、それは自明だな」
「…………」
元『魔王軍四天王』の口からそんなことをサラリと告げられ、リィドはどんな表情をすればいいのか分からなくなってしまうのだった。
「だが――その戦争以来、両種族は暗黙の内に大規模な衝突を避けるようになった。
それは『魔王軍』も同じだ。
『魔王』は現在『人類』に対して不用意な攻撃はするなと『魔王軍』所属の魔族に対して厳命している。
もっとも、向こうからの攻撃があった場合の反撃は許されているが」
「あ、それは人間側も同じだよ。
魔族側からの攻撃がない限り、こちらから『魔族領』に対して攻撃を仕掛けてはいけないって決まりがあるんだ」
リィドの言う通り『魔王軍』という人類に対する脅威が確認されておりながら、これまで人類側から大規模な争いが仕掛けられることはなかった。
ひとえに、過去の歴史をなぞってしまうことを恐れてのことである。
「ただ、魔族に恨みがあったり『魔王軍』を討伐して名声を得ようとする一部の『冒険者』なんかが決まりを無視して攻撃を仕掛けちゃう、ってのも少なくないんだけど……」
「まあ、それはこちらも似たようなものだ。
『魔王軍』に所属する全ての魔族が『魔王』の命令に従っているという訳でもないしな」
敵対関係はあれど互いに積極的な攻撃は行わず、一部の抑えの利かない者達による散発的な激突が起きている―――それがこの大陸の現時点における人類と魔族を取り巻く状況であった。
「で、人間が『魔族領』内をうろついていいのか、という話に戻ると―――今言った通り人間側から危害を加えられない限り、人間を見かけたというだけで『一般的な魔族』は攻撃を仕掛けてきたりはしないはずだ。
魔族がお前と行動を共にしている所を見れば、少なくともお前が『魔王軍』を討伐しに来た『冒険者』ではないということも分かるだろうしな」
「ああ、なるほど……ステラが傍に居れば僕が魔族に敵対する者じゃない、ってことが向こう側にもすぐ分かる訳か」
リィドは顎に手を当てながら納得の表情を浮かべた。
「ただ、やはり『魔王軍』には見つからないようにした方がよいだろう。
あそこに所属している魔族は大抵が人間に恨みを持つ者だからな。
それに―――」
ステラフィアはリィドの胸元に目をやった。
かつてステラフィアと初めて出会った時、とある紋章が付けられていた胸元を。
「お前が元『勇者パーティ』ということも、隠しておいた方が良いだろうな。
それが分かってしまえば例え『魔王軍』所属の魔族でなくても、間違いなく警戒心を抱かれてしまうだろう」
「……そう、だね」
『EX級』という他の『冒険者』とは一線を画すランクを与えられた者達―――『勇者パーティ』。
その最大の使命は、『魔王軍』の撃滅。
一般の『冒険者』には禁止されている魔族に対する攻撃も、彼らにだけは許可されている。
規格外の『力』を持つ彼らであれば、争いが大陸全土に影響を及ぼす前に決着を付けられるであろう―――そんな思惑の元に。
今更ながら、自分もかつてそのパーティに所属していながら、今は元『魔王軍四天王』とパーティを組んでいるという事実に複雑な思いを抱くリィドであった。
「とまあ、少し長くなったが大陸西側『魔族領』についてはこんな所だな」
「ふーむ……纏めると、ステラと一緒にいれば『魔族領』で魔族に見つかっても大事にはならないはず。
ただし『魔王軍』所属の魔族に見つかってしまうのは避けるべき。
そして、僕が元『勇者パーティ』ということに気付かれないように気を付ける……って所か」
そう口にしながら、リィドは再び地面に広げた大陸図へと目を向けた。
「それじゃあ、なるべく『魔王軍』の影響が及んでいない所――つまり『魔王城』から離れた所を通って『超上級ダンジョン』に向かった方がいい、ってことだよね。
確か『魔王城』がある場所って―――」
「大陸西側の中心から、少し北にいった所――ここら辺だな」
そう言いながらステラフィアは大陸図の北西部を指で示した。
「よし……だったら『魔族領』には南側から入ることにしようか。
丁度僕達が今居るここが大陸南側だし、大きく移動する必要もなくて好都合だ。
そして―――」
つつつ……とリィドは大陸図上の『人間領』から『魔族領』へと入るルートを指でなぞり―――
「このルートを通ってまず挑戦することになる『超上級ダンジョン』は―――」
ピタリ、と大陸図の南西部にある○印の上で指を止める。
「ここ―――『太陽の宮殿』ってことになるね」
明確な次の目的地が決まった瞬間―――少年と女魔族は、どちらからともなくニヤリと笑みを浮かべるのだった。




