第1話 約束
《???》
「うっ……うっ……ひっく……!」
とある魔族の集落。
その外れに位置する小高い丘の上で―――黒鹿毛の仔馬の胴体を持つ、幼いケンタウロスが声を押し殺して泣いていた。
「―――ステラ」
背後から聞こえた声に幼いケンタウロス――ステラフィアがハッと振り返る。
そこには―――
「もう、またここで泣いてたの?」
美しい白馬の胴体を持ち、その毛色と同じ真っ白な長髪を揺らす女ケンタウロスが立っていた。
「ルミナお姉ちゃん!」
その名は―――ルミナフィーナ。
ステラフィアの姉にして、彼女にとって唯一の家族であった。
数日間見ることが出来なかった姉の姿を目にした幼いステラフィアは、すぐさま彼女へと駆け寄り、ぎゅっと抱きついた。
「みんなが……みんながね……!
『ケンタウロスの癖にノロマ』って……!
『お前のその身体、馬じゃなくて亀なんじゃないのか』って……!」
「ったく、アイツら……私が出かける前にアレだけシメてやったってのに。
どうやらあの『超高速絶叫マシーンの刑』じゃ懲りてなかったようね。
次はギアをもう一段階上げてやらなきゃ」
ルミナフィーナは自身の胸に顔をうずめる妹の頭を優しく撫でつつ、妹を泣かせた魔族達への『ケジメ』を静かに思考するのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ねえ……お姉ちゃん……
どうして私……『こんな』なんだろう……
全然速く走れないし……すぐバテちゃうし……力も全然弱い……
魔族なのに……ケンタウロスなのに……」
姉の隣に座り込んだステラフィアは目の端に涙の粒を浮かばせ、自らの体質―――魔族としてはあり得ない程の低『ステータス』を嘆く。
「―――大丈夫よ、ステラ」
そんな妹の頭を優しく撫でながら、ルミナフィーナは告げる。
「貴女は将来、絶対に強くなるわ。
いつかはこの私より、ずっとね」
「えっ……!?」
その姉の言葉に、ステラフィアは困惑の声と共に顔を上げた。
「ま、まさか、そんなの……!
たった1人で、ダンジョンをいくつも攻略してきたお姉ちゃんより強くなんて……!
そんなこと……あ、あり得ないよ……!」
今日まで自身を守り育ててくれた最愛の姉。
その実力をどこの誰よりも知るステラフィアは即座にその言葉を否定するが―――
「あら、ステラは私の言うことを信じてくれないの……?
お姉ちゃん悲しいなぁ……ぐすん」
「えっ!?
あっ、う、嘘だよ! 信じる!!
私、絶対強くなるから!!」
とてもわざとらしく目元を握り手で覆うルミナフィーナを見て、ステラフィアは慌てて姉の言葉を肯定し―――「良かった! お姉ちゃん嬉しいわ!」と、即座に笑顔を見せた姉の姿にホッと胸を撫で下ろすのだった。
そして―――
「それでお姉ちゃん……今回は、どうだったの?」
ステラフィアは尋ねる。
「お姉ちゃんが探してるモンスターは……見つかったの?」
自身の姉が定期的にこの集落を空ける、その理由。
とある『モンスター探し』の成果を。
「んー、残念ながらいつも通りハズレ。
今回は『女王』の『上級ダンジョン』にまで行ってみたんだけどねー」
『上級ダンジョン』―――人間達の基準では『A級冒険者』や『S級冒険者』レベルでなければ攻略不可能とされる高難易度ダンジョンに―――それも先程のステラフィアの言葉によれば『たった1人』で行ってきたと、その白馬のケンタウロスは至極あっさりと述べた。
―――ちなみに、彼女の目的はあくまで『モンスター探し』である為、魔族によるダンジョン攻略時の特典――モンスターの『支配権』の会得に対しては特に関心は無いという事実は、人類側にとってこの上ない幸運だったと言えるだろう。
そんな姉に対して、ステラフィアは改めて確認した。
「お姉ちゃん……その『モンスター』って……
本当に『いる』んだよね?」
「ええ、それは間違いないわ」
迷いのない断言と共に、ルミナフィーナは懐からあるモノを取り出す。
「これがその『モンスター』が『いた』という、確かな証」
それは1枚の、手のひら大の『鱗』
とても色鮮やかな―――『極彩色の鱗』であった。
それを見つめながら、ルミナフィーナはぽつりと呟く。
「私はこの『モンスター』を絶対に見つけ出す。
それが―――お父さんとお母さんとの『約束』だから」
「……『約束』……」
ステラフィアが物心のつく前に亡くなった、2人の両親。
その『両親との約束』について、ステラフィアは詳しいことは知らなかった。
分かっているのは、その『約束』は自身が産まれる前に交わしたという事だけ。
『約束』とは一体何なのか、ステラフィアも気になってはいるが―――
『極彩色の鱗』をじっと見つめる姉の瞳には、言葉に出来ない『何か』が浮かんでおり―――
その瞳を見ていると、『それ』は自分が踏み込んではいけないことのような気がして、ステラフィアは結局何も聞けなくなってしまうのだった。
だから―――それとは別の疑問をステラフィアは口にした。
「ねえ、お姉ちゃん……そのモンスターって……高『レベル』のモンスターなんだよね?」
「多分ね。
少なくとも、そこらの魔族や人間の『冒険者』が攻略できるようなダンジョンにはいないのは確かよ」
「じゃあ……いつかは『あそこ』にも行くの……?
何人もの魔族や人間達が挑戦して……誰1人攻略出来なかったっていう……」
「ああ、『超上級ダンジョン』?
まあそうね……このまま『上級ダンジョン』を探して見つからなければいずれはそうなるんだろうけど……」
ルミナフィーナは「うーん」と思い悩む。
「あのダンジョンへの単独攻略は流石に気が引けるというか……
そんなことをする奴がいたらとんでもない大馬鹿野郎というか……
そんな大馬鹿野郎を育てた奴の顔が見てみたいというか……」
「……そうなんだ」
全く持って理由は不明だが、ステラフィアは目の前の姉に鏡を持ってきてあげたい気分になった。
「どうしてもあのダンジョンに挑戦することになったら、噂の『魔王軍』の力を借りることも考えなきゃいけないかなぁ……
でも人間達との対立やらなんやら、色々面倒くさそうなのよねぇ……
それにあの『魔王』もねぇ……なーんか怪しいのよねぇ……」
「………………」
腕組みをしながらうんうんと唸る姉の姿を見たステラフィアは―――
「ねえ……お姉ちゃん」
両掌をぐっと握りながら―――
「私も―――私も、お姉ちゃんと『約束』する!」
「え―――?」
その『決意』を、口にする。
「お姉ちゃんの『モンスター探し』に、誰かの力が必要な時が来たら……私、お姉ちゃんのこと、手伝う!
私のこと、いつも守ってくれるお姉ちゃんに―――恩返し、するから!!」
「――!」
いつも泣きべそばかりをかいていた妹からの力強い言葉に、ルミナフィーナは一瞬目を張った。
そして―――
「そう……ありがとう、ステラ」
ニコリと優しい笑みを浮かべ―――
「それなら――これだけは覚えておいてね」
「う、うん! なに?」
その『言い伝え』を告げる。
「お姉ちゃんが探しているそのモンスターはね―――『勇気を持った者』の前にしか現れないらしいの」
「『勇気を持った者』……?」
姉の言葉をぽつりと繰り返したステラフィアへ「そうよ」と、ルミナフィーナは続ける。
「どんなに恐ろしいモノが目の前に立ち塞がったとしても、決して逃げ出さずに立ち向かう『勇気』を持った者―――そんな『勇者』の前にしかそのモンスターは姿を見せない、なんて言われているのよ」
「………!
どんなに、恐ろしいモノ……」
ステラフィアは一瞬ぶるりと身体を震わせたが―――すぐに両掌を強く握り直す。
「わ、分かった………!
私……どんなモンスターが現れても……絶対、逃げたりしないから……!」
身体の震えを必死に抑えながらそう告げるステラフィアに―――
「あら、それは頼もしいわね―――」
ルミナフィーナは―――
「でもね、ステラ―――」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
《 『星の宮殿』近辺・野営地 》
―――チュン、チュン………
「………ん………」
朝が来たことを告げる小鳥の鳴き声に、ステラフィアは目を覚ます。
目の前には焚火の跡があり、それを挟んだ向こう側には毛布に包まったリィドがまだすやすやと寝ている姿が見えた。
「夢、か………」
ステラフィアは自身が被っていた毛布を外し、起き上がる。
そして―――未だ夢の余韻が抜けぬ頭で、ぽつりと独り言ちた。
「あの時―――お姉ちゃんは、何て言ってたんだっけ」
「―――お姉ちゃん?」
「―――はッ!?」
いつの間にか目を覚ましていたリィドは、ぽかんとした表情で思わずその単語を口に出していた。
「きッ、きさッ、貴様ぁッ!!!
盗み聞きなどっ!!!
何と破廉恥なああああああああッ!!!」
「いや勝手にそっちがポロッと言っただけじゃん!!
僕も目覚ましたらなんか耳に入って来ただけだし!!
完全に事故でしょおおおおおおおお!!」
少年と女魔族が織り成す大騒音に、周囲の小鳥達が一斉に飛び去って行く―――そんな『星の宮殿』攻略後の朝であった。




